第11話
「皆、上手に避けてよッ!」
酒場の二階に居るフィアーナさんそう言って、天井に向かって腕を振り上げる。きっと何かの魔法を放つつもりだ。俺は警戒しつつ、逃げ遅れた村人を助けていく。そこでようやくメタルフォーゼが解けた。
「アルウィン!」
俺に気付いたソフィアが名前を呼びながら近づいてくるが、俺は「さっさと逃げろ!」と突き放す。
「あ……う、うん……」
「──漆黒の闇より、我が魔力によって生まれし光よ! 天上に輝く流星群の如く降り注ぐ光の矢となれ……シューティング・アロー!!」
フィアーナさんは詠唱が終わると、勢いよく腕を振り下ろす。すると、無数の光の矢が降り注いできた。雑魚の敵はバッタバッタと倒れていき──
ベゼッセンハイトはというと、フィアーナさんの魔力に気付いた様で頭上にマジックシールドを張って防いでいた。
「小賢しい奴等がッ!!!」
ベゼッセンハイトが怒りを露わにし叫んだ瞬間、金髪の戦士らしき男性がベゼッセンハイトの腕を切り落とす!
それをみたベゼッセンハイトは「グォォォォォォ!!!!」と、天井に向かって
ヤバい!! 一気に風の流れが変わり、危険だとヒシヒシと伝わってくる。
「大いなる力を纏った風よ。我が魔力を吸い上げ、全てを破壊する存在となれ……エアリアル・ブラストッ!!!」
俺はベゼッセンハイトの詠唱が終わる前に両手を上げて、味方の周りに小さなドーム型の結界を張る魔法の詠唱を始めていた。
「魂を喰らう闇のものから身を守るため、我が魔力を犠牲にして、あらゆる攻撃を退ける至高の防壁を作り上げる……マルス・エクスクルード!!」
ベゼッセンハイトが唱えた魔法で酒場が吹き飛びそうなぐらい強力な竜巻が巻き上がっている──が、俺達はまったくの無傷で済んでいる。
マジック・シールドは魔力が少ない代わりに一部しか防ぐことが出来ない。その点、マルス・エクスクルードは魔力の消費が激しいが、離れた味方さえ全体的に覆うことが出来る優れた防御魔法だ。
「ナイスアシストだ」
勇者の様な風貌の好青年はそう言って、まるで俺がサポートをするのを読んでいた様に落ち着き払い、両手をベゼッセンハイトに向けて突き出し詠唱を始める。
「我が魔力によって地獄より召喚せし暴れ狂う炎よ! 光の精霊の力を借りて、闇を焼き尽くす力となれ……ホーリー・インフェルノ!!」
酒場の天井を勢いよく突き破る程の巨大な火柱が、ベゼッセンハイトを襲う! ──ベゼッセンハイトは大きな魔法を繰り出した後で、反応すら出来ずに骨すら残らず灰となった。
俺はその魔法をみて呆然と立ち尽くす。光と炎魔法を同時にだと……好青年は勇者だ……間違いない!
俺達、魔法使いは二つの属性以上の魔法を同時に放つことは出来ない。それが許されるのは神より授かった聖なる肉体を持つ勇者しかあり得ないんだ。スゲェー……本当に居たんだ……。
俺は勇者が両手を下ろしたところで駆け寄り「あの……ありがとうございます。助かりました」と声を掛ける。勇者はニコッと微笑み「こちらこそ」
「あなたは、勇者様ですよね? どうしてここに?」
勇者は照れ臭そうに髪を撫でながら「世間ではそう言われているが勇者様なんて照れ臭いなぁ……俺の名前はルーカス、ここに優秀な魔法使いが居るって聞いて来たんだよ」
「それって、モーリエ様の事ですか?」
「いや、君の事だよ。アルウィン君」
「え……どうして俺の名前を?」
「王都エマーブルを救った英雄の名前を知らない訳ないだろ?」
「英雄だなんてそんな……」
さっきルーカスさんが照れくさくて髪を撫でていた気持ちが良く分かる。俺も照れくさくて髪を触らずにはいられなかった。
「──それにしても、良く俺の事が分かりましたね」
「オークの姿の時からずっと君から不思議な魔力を感じたからね」
「あー……なるほど……」
ピエールもそうだったから、魔物のボスクラスになると、勘みたいなもので魔力を感じ取ることが出来るのかと気にはしていなかったけど、勇者ともなると人でも魔力を感じ取ることが出来るんだ……凄いなぁ……。
俺が感心していると、ルーカスさんの後ろに金髪の戦士とフィアーナさんが集まる。
ルーカスさんは後ろを振り返り二人の方に手を向けると「話を進める前に、俺のパーティを紹介するよ。金髪の戦士の方がガイ。ピンクの髪の少女がフィアーナだ」
「宜しくお願いします」
俺が軽く頭を下げると、二人は頷き「こちらこそ、よろしく」
「さっきの話に戻すと俺達は最後の戦いの前に戦力を強化したくて君を勧誘に来たんだ」
「勧誘って……俺をパーティに入れてくれるんですか?」
「そう、さっきの戦いで申し分ない事が分かった。是非、入って欲しい」
信じられない……勇者の御一行様だぞ? そこへ俺が……?
「どうだ?」
俺が一旦、城に戻らせて欲しいと言う前に、ルーカスさんが口を開く。
「おっと! その前に、君の後ろに居る女の子が話をしたいようだ。俺達は酒場を出て待ってる。ゆっくりで良いから後で来てくれ」
ルーカスさんはそう言って、二人と一緒に出口の方へと歩いて行った。俺が後ろを振り返ると、そこにはソフィアが何かを言いたそうにモジモジしながら立っていた。
「アルウィン、助けに来てくれたんだ……ありがとう」
「──たまたまだよ」
「それでも嬉しい……」
ソフィアは俯き加減でそう言って──黙り込む。
「言いたかったのはそれだけか? 人を待たせてるんだ。何も無いなら、もう行くぞ」
「ちょっと待って。知ってると思うけど、私……オーウェンと結婚したの」
「あー……そう」
「でも……後悔してる。あいつ、私を置いて真っ先に逃げたのよ」
「へぇー……」
ソフィアは急に俺に近づき、右手をギュッと握る。
「だから私……あいつと別れる! 別れてあなたと──」
ソフィアがそう言い掛けたところで俺は遮るように「ソフィア、そのヘアピン、似合ってるな」
「え? あ、うん。お気に入りなの、そう言ってくれて嬉しいよ」
「男に告白する時にいつも着けていたもんな」
俺がそういった瞬間、ソフィアはこれ以上開かないほど大きく目を見開き、驚きの表情を見せる。
「あなた、まさか……」
その一言で、やはりソフィアには現実世界で俺を振った女が入っていることが分かる。俺はソフィアの手を振り解くと、ソフィアに背を向ける。
「残念だったな、ソフィア。お前が別れようとも俺にはもう関係ない事だ。俺はお前より素敵な王女と結ばれたからな」
俺がそう言うと、ソフィアはギリっと奥歯を噛み、苦虫を噛み潰した顔を浮かべる。俺はその表情だけ見て、直ぐにソフィアに背を向けて歩き出す。
「──覚えてなさいよ……」
ソフィアの捨て台詞が微かに聞こえてきたが、俺は何も気にせず酒場を後にした。
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