第9話


 深い森を抜け、俺はリーマインに向かって、草原を走っていた。すると正面から村人と思われる中年男性が息を切らせながら走ってきた。


「お、お前さん。どこに向かおうとしているんだ?」


 中年男性は俺の事を心配してくれている様で、わざわざ足を止め話しかけてくれた。俺も足を止め「リーマインです」


「や、やめときなさい! いまリーマインは魔物がウジャウジャいて大変危険なんだ!」

「なんだって……師匠──モーリエ師匠はどうしたんです?」

「骸骨の様な容姿をした人間の言葉を話す魔物にやられて、ルフレイフ家の地下にある牢屋に閉じ込められてしまったよ!」

「なんて事だ……ルフレイフ家は?」

「あいつ等は俺たち使用人を囮にして、真っ先に逃げやがったよ!!」


 心配していた通りになってしまった……これは急がないとッ!


「ありがとうございます」

「お、おいッ! 忠告したのに行くのか!?」

「はい!」


 俺は中年男性を置いて駆けだす──。


「どうなっても知らないぞ!」と、中年男性の声が聞こえたが、足を止める事なんて出来ない。


 師匠は俺が両親を亡くした時からずっと、俺の面倒を見てくれたお爺ちゃんの様な存在! 見過ごす事なんて出来ないッ!


 ※※※


 村に着くと、真っ先にルフレイフ家の屋敷に向かった。屋敷の前にはオークが二匹、見張りをしている。俺は見つからないように少し離れた位置で様子を見る事にした──。


 数十分、様子を見ていると、たまに見張り以外のオークが出入りするだけだった。見張りに合言葉を言う様子はなく、出入りしているのをみると、厳重に管理している様には見えなかった。


 それだったらあの作戦がいけるかも……俺は小声で詠唱を始める。


「神より与えられし姿を捨て、禁忌を犯して一時の間、望む姿へと変化を遂げる──メタルフォーゼ!」


 メタルフォーゼはエターナル・メタルフォーゼと違い、30分の間だけ望む姿へと変化することが出来る。


 上級魔法ではあるが、いまの俺なら魔法石が無くても、ギリギリ使いこなすことが出来る。


 ──俺はオークの姿になると、慌てずゆっくり屋敷の入り口へと向かう。会話を交わすことなく、屋敷の中に入ると、地下に下りる階段を探した。


「くそ……無駄に広い屋敷を作りやがって……」


 数分、歩き回ったがなかなか階段が見つからない。敵の数は、数える程しかいないけど、多分、俺の魔力はほとんど残っていない。早く見つけないと致命的になる。


 ──調理場に入り、奥へと進む。すると地下へと続く階段を見つけた。


「なんでこんなところに……」


 一番予想していない所だけあって、無駄に歩き回ってしまった。多分、あれから20分ぐらいは経過している。俺は急いで階段を駆け下りる。


「ゴルダウガ?」


 階段を下り終わった所で直ぐに、見張りのオークが俺に話しかけてくる。全く何を言っているか分からない。


 さて、どうする? 魔法で焼き払いたいけど、フレイムどころかファイアボールも多分、打てない。使えるとしたら……眠らせる魔法ぐらいか?


 でも状態異常系の魔法は下級魔法でさえ詠唱に時間が掛かるし、相手に耐性があると効かない事もある。


「ヴウ、ブジィズベダァヨ」


 またオークが俺に話しかけてくる……状態異常系の魔法にはデメリットがあるが、いまは良い案が浮かばない。怪しまれる前に試してみるしかない。


 俺はオークの横に立ち、壁の方を向きながら聞き取れないぐらい小さな声で詠唱を始める。


 人間の言葉を話せないから知性は低い方の魔物だと思うけど……ブツブツと言いながら横に立っている事を怪しんでいたりしないだろうか……? それにこうしている間に、もう一匹来たら厄介だ。早く終わらせたい!


 緊張しながらも俺は詠唱を続け「──スイート・パフューム」と、オークに向けて、霧状の魔法を吹きかける。


「ンゴッ!」


 オークは──効果抜群だったようで一瞬で眠りに入り、倒れこんだ。


「ふぅー……」


 溜め息をついて緊張を解きつつ俺はオークの首に掛かった牢屋のカギを手に入れ、牢屋の中に師匠が居る事を確認すると、「師匠、俺です。アルウィンです。助けに来ました」と小声で話しかけながら、カギを開ける。


「アルウィン、お前が何でここに……?」

「実は──」

 

 俺は師匠に事情を説明する──。


「なるほど、そいつは助かった……」

「早く出ましょう」


 俺がそう言った瞬間、オークが目を覚まし、ムクっと起き上がる。


「しまった!」

「大丈夫じゃよ」


 師匠はすかさずオークに向かって腕を突き出し「フレイム」と魔法を繰り出す。魔法はオークへとヒットし、あっという間に燃え上がる。


「師匠……魔法を使えたんですか?」

「あぁ、捕まったのは昨日。とっくに魔力は回復しておるよ」

「じゃあ何で逃げ出さなかったんですか?」

「そりゃ、外の様子が分からなかったからじゃよ。むやみやたらに魔法を使って脱出しても、また捕まってしまうかもしれないじゃろ?」

「あぁ……さすがです。師匠」

「うむ」


 師匠は緑のローブのポケットからマジックウォーターを取り出すと、俺の方へと差し出してくる。


「ほれ、メタルフォーゼを使って消耗しておるじゃろ? 飲んでおけ」

「ありがとうございます! 王都でも滅多に手に入らない貴重なものなので助かります」

「うむ。マジックウォーターには大気中に漂う魔素を急速に体内に取り入れる成分が入っているからのぅ、危険だから魔法使いの間でしか流通しておらんから仕方ない」


 俺は師匠からマジックウォーターを受け取り、飲み干す──。


「ところで師匠ほどの実力者が何故、捕まってしまったのです?」

「村を襲っている魔物のボスが魔法を使うのが上手いボスでのぅ……魔力が尽きた所で捕まってしまったのだ」

「そうでしたか……村人は全て逃げたのでしょうか?」


 師匠は首を横に振ると「分からぬ、それを把握する前に捕まってしまった。おそらくじゃが、ボスは酒が好きなようじゃったから、酒場の人間は逃がしてくれていないかもしれん」


「だったら様子を見に行ってきます」

「ボスはリッチのように骸骨の姿で、ボロボロの赤いローブを羽織っていてベゼッセンハイトと名乗っておった。あいつは只者ではない……わしは応援を呼んでくるから、それまで無理はするんでないぞ」

「師匠を捕まえる程の魔物です。重々に承知しています」

「うむ」

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