第7話
それから数日が経つ。エマ王女はあれから時間を見つけては俺の部屋へ訪れてくれるようになっていた。知れば知る程、エマ王女は気さくの方だと分かり、話していると凄く落ち着いた。俺はそんな彼女に心をどんどん許していた。
でも周りは俺に対して不信感を抱き始めていた。そりゃそうだ。傷を治せる魔法を持っているのに、何日間も居座り続け、どんなに新しい洋服を用意されようとも仮面とローブのままで過ごし、部屋から出ようともしない。そんな怪しい奴、噂をされてしまっても、おかしくはない。
「そろそろ潮時かもしれないな……」
俺がそう諦めの言葉を漏らすと、コンコンと優しくドアをノックする音が聞こえてくる。この感じはエマ王女かな?
「はい」
「エマです。入っても宜しいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「失礼します」と、エマ王女は軽くお辞儀をして、ゆっくり俺の方へと近づいてくる。
「どうかされましたか?」
「え?」
「表情が暗いですよ」と、エマ王女は言って、椅子に座っている俺の前で立ち止まる。
「表情がって……俺は仮面を着けているじゃないですか」
「えぇ、でも何となく雰囲気で分かるんです」
「そうですか……」
もしかしたら、城の人達が話している悪い噂がエマ王女にも入っているのかもしれない。だからきっと、気を遣ってくれているんだ。だったら──。
「あの、エマ王女。俺……そろそろ、城を出ようと思っています」
「え……」と、エマ王女は声を漏らし、眉を顰めて悲しそうな表情を浮かべる。
「王女も聞いているんでしょ? 俺の悪い噂……これ以上、ここに居たら俺は皆に迷惑を掛けてしまう! 特に優しく接してくれるあなたに……」
エマ王女は苦笑いを浮かべながら「そんなの気にしなくて良いのよ」と言ってくれる。俺はそんな優しいエマ王女の顔を見ていられなくて、俯くと「いや、そんなの無理です!」
だって俺は……俺は胸が苦しくなる程、あなたの事が好きだから……俺がそう思っているとエマ王女がしゃがみ込み、俺の顔をジッと下から見つめる。
「どうかされましたか?」
「アルウィン様、私の前では仮面を外してください。あなたとは素顔をみて話したいの」
「あ、はい」
俺は仮面を外すとテーブルに置く。するとエマ王女はスッと立ち上がり、白くて綺麗な片手を伸ばし俺の頬に優しく触れた。スベスベで柔らかくて温かい感触が、妙に落ち着く。
「呪いの方はまだ難しいのですか?」
「はい」
俺は返事をして、ローブのポケットから魔法石を取り出す。
ピエールを倒したことで魔力を高める事は出来たし、ここ数日間、何もしてこなかった訳ではない。戦いの経験は無かったけど、魔力に関わる集中力を高める瞑想やイメージトレーニングは欠かさず行ってきた。
でも、最上位魔法を自力で唱えられるほど、魔力が高まった気はしなかった。だから──。
「この魔法石が使えるようにならないと、難しいです」
「そう……どうやったら使えるようになるのかしら?」
エマ王女はそう言って首を傾げ、何か考え事を始めたのか、人差し指でホッペを軽く叩き始めた。──少しして指が止まり、王女はポンっと両手を合わせる。
「あ、例えば……キスをするとか!?」
「え!?」
「ほら、おとぎ話でよくあるでしょ?」
「あぁ……」
確かに醜い魔法使いにもキスシーンはある。だけどそれは魔法石が力を取り戻した後の話だ。
「えっと……残念ながら、それでは戻らないかと」
「そう? それは本当に残念ね」
残念? 戻らないことに対する残念だと分かっていても、心のどこかで別の事を期待してしまう。俺がそう思っていると、エマ王女は魔法石を握っている俺の手を包み込むようにギュッと握った。
ドキドキがエマ王女に伝わらないか心配になる程、心臓が高鳴っていく。
「ねぇ、1つ聞いて良いですか?」
「あ、はい」
「アルウィン様は本当に城を出ていきたいのですか? あなたの素直な気持ちを聞かせてください」
綺麗な瞳で真剣に俺を見つめるエマ王女……そんな姿をみて、俺は本当の気持ちを伝えたいと思う。
「──その質問を答える前に一つ良いでしょうか?」
「えぇ、どうしたのですか?」
「俺……エマ王女に嘘をついている事がありまして……」
「嘘? なんですの?」
そう言ったエマ王女の声は普段と変わらないが、嘘をつかれたことに不安がある様で、微かに表情が曇っている様にも見える。
この先の言葉を口にする事で、今の関係は崩れてしまうかもしれない……でも、後になればなる程、辛いことになりそうで怖い……大丈夫、エマ王女ならきっと分かってくれる。
俺は大きく深呼吸して「それは──エマーブルを襲った敵に呪いなんて受けてないって事です」と、打ち明ける。
「呪いを受けていない? じゃあ、どうしてそんな御姿に?」
「恥ずかしい話ですが……エマーブルが襲われるより前、俺は好きだった人に振り向いて欲しくて、その……ハンサムになれる魔法を使ったんです。でも失敗してこんな姿に……」
「まぁ……そうだったのですね。それで、その方とは?」
「その方? 好きだった人ですか?」
「はい」
「振られましたよ。はは……情けないですよね?」
エマ王女は大きく首を横に振ると、優しく微笑む。
「いいえ、そんなこと無いですわ。誰だって、好きな人に良く見て貰いたい気持ちはありますもの。共感出来ますわ」
「エマ王女……ありがとうございます」
「いえ、本音を言ったまでです」
エマ王女を信じて話してよかった……安心した俺は一歩前に進むため、握ってくれているエマ王女の手を握り返す。
「さっきの答えですが……城を出たいだなんて、そんな訳がないです。ここにはあなたが居る。俺……ぶつかってしまったあの時から、ずっとあなたの事が好きでした。出来る事なら、ずっとあなたと暮らしたいです」
エマ王女はそれを聞いてニコッと微笑むと「私も……私も手を差し伸べてくれたあの時から、あなたの事をお慕いしていました。あなたが望むなら、どこへでも付いて行きます。だから一緒に居させてください」
お互いの本音を言い合った瞬間。魔法石が急に熱くなり突然、眩いばかりの光を放つ。これは──光が止んで目を開けると、俺の体に何か変わった様子は無かった。だけど俺は何が変わったのか分かっている。
「な、なんだったのでしょう?」
「ふふ。エマ王女様、せーので手を退かして頂けないでしょうか?」
「え、良いですけど……」
「じゃあ……せーの!」と俺が声を掛けると、エマ王女は手を退かす。俺の手には赤く輝く魔法石が入っていた。エマ王女はそれをみて、両手で口を覆うと「まぁ! なんて綺麗な赤色なんでしょう……」と驚く。
「これで俺は元に戻れると思います」
「え……本当ですか!?」
「はい! じゃあ──行きます。神より与えられし姿を捨て、禁忌を犯した罪を我が魔力をもって償う。逆転の時計の針を動かし、過去の姿へと再び戻る。リバース・リターン!」
俺は詠唱を済ませ下に向かって右腕を突き出す。すると高音と共に白い魔法のリングが下に出来、俺の体を通って上へと抜けていった。俺はグローブを脱ぎ、自分の肌を確認する。爛れた肌は次第に元に戻っていった──。
俺は完全に戻ったことを確認すると「どうですか? おかしい所はないですか?」と、エマ王女に聞いてみる。
「はい、大丈夫ですよ」
「良かった……」と、俺は答え、自分の髪を撫でながら「あの、すみません。俺、ハンサムじゃなくて」
エマ王女は右手を伸ばし、俺の頬に触れると、ニッコリと微笑む。
「鋭い目つきにスッと通った鼻筋……ふふ、長い間、手入れが出来なかったのかしら? 髪の毛はボサボサでちょっと長めだけど、黒猫みたいに撫でたくなるような綺麗な黒髪……十分、私にはハンサムに見えますよ」
「ありがとうございます……」
エマ王女は腕を下ろすと「元に戻ったお祝いをあげなきゃですね」と言って、照れ臭そうな表情で顔を上げ、ソッと目を閉じる。
それが何を意図しているのか分かった俺は、ローブに魔法石をしまい、右腕を伸ばしてエマ王女の頬に優しく触れ──ソッと口づけを交わした。
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