第2話

 誰かが放置しているボロボロの山小屋に到着すると、とりあえずギシギシ音が鳴る壊れかけた椅子に座った。数日間、ここで我慢して暮らしていればソフィアが心配して、オーウェンと一緒に山へと入ってくれる。そうなったら魔物に襲われたところを俺が助ければハッピーエンドを迎えられるだろう。


「さて──」と俺は立ち上がり、ここで暮らす準備を始めた。


 それから数日──そろそろ助けに来るはずだと山小屋の周りをウロウロしているが、ソフィアの叫び声が聞こえてこない。


「どうも、おかしい……」


 俺は一旦、山小屋に戻る──そして以前、買っておいた皮のグローブと顔全体を覆う白い仮面、そして全身真っ黒のフード付きローブを纏い、とりあえずオーウェンの屋敷に向かった。


 ──オーウェンの屋敷に到着すると、メイドとソフィアが楽しそうに笑顔を浮かべて話しているのを見かける。俺はソッと聞き耳を立て、様子を見た。


「ソフィア様、もうすぐ結婚式ですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 え……!? ちょっと待て! どういう事だ? 物語のソフィアはオーウェンの性格を嫌っていた。だからラストシーンで、何があろうと結婚の道はないとまで言っていた。だけど、どうだ? 嫌な顔どころか嬉しそうにしているじゃないか……。


 今すぐ駆け寄って事情を聞いてみたい所だが、どうしようか……? ──いや、止めておこう。俺はこんな姿だ。何かあって変な方向に物語が進んでも困る。一旦、山小屋に帰って、これからどうするか考えるとしよう。


 ──俺は大人しく山小屋に戻ると、とりあえず座り、醜い魔法使いと幼馴染の少女の内容を頭の中で振り返った。


 ──なぜソフィアは助けに来なかった? アニメ通りに順調に進んでいたはずだ。俺はボロいテーブルに両肘を置き、頭を抱える。


 俺が本当のアルウィンではないから? 誰か違う人物が干渉すると物語が変わるのか? 分からねぇ……このまま考えていても答えは出なさそうだ。少し休んでおくか。

 

 眠りについたのか、しばらくして景色は真っ暗になる……フェードインするかの様に明るくなったかと思えば、俺は中学校へと続く並木道を歩いていた。


 またあの夢か……? 俺はこの後に何が起こるのか想像がついたけど、イチイチ目を覚ますのが面倒で、そのまま見守ることにした。


「おはよう」

「おはよう」


 学校へと向かう生徒達が、挨拶を交わしながら通り過ぎていく。俺が一人で歩いていると、「──おはよぉ」と、後ろから聞き覚えのある女子の声がした。


 俺はきっと誰か違う人に挨拶したのだと思い、そのまま歩き続ける──すると誰かが俺の横に並び、歩き始めるのに気づいた。気になった俺はチラッとそちらに視線を向ける。


 艶々のセミロングの黒髪、目は鋭く釣り目だから怖い印象はあるものの、アニメのヒロインの様な整った顔立ちをして、相変わらず男子を惹き込む妖艶な容姿をしていた。


「もう……おはようって言ったじゃん。無視しないでよ」と、女子は不機嫌そうに俺に話しかけてくる。


「ごめん、他の人に挨拶したんだと思って」

「そういう事? うーん……だったら仕方ないかぁ」

 

 ──そこで会話が途切れ、気まずい空気のまま、歩き続ける。そのとき俺はある事を思い出したが、そのまま続きを見る事にした。


「ねぇ、突然だけどさ。君はいま付き合ってる人とかいる?」

「え……本当に突然だな。居ないけど、それがどうかしたの?」

「そう。じゃあさ、私と付き合ってよ」

「え……?」


 告白って、こんなに突然来るものなの? それにこんな所で? もっと静かな所じゃないの? この時の俺は恋愛経験0で、突然の状況に混乱していた。だけど、人気者の女子と付き合えるなんて、こんなチャンスは滅多にない! そう思って直ぐに返事をした。


「うん、良いよ」

「やったぁ」


 いま思えば彼女の魅力は容姿だけじゃなく、行動力と大胆さが含まれていたのかもしれない。俺はこの後、グイグイと彼女の魅力にのめり込んでいった。そんなある日──。


「ねぇ、今度の夏祭り一緒に行かない?」

「うん、いいよ」


 俺は彼女に夏祭りに誘われ、迷うことなく返事をする。だが──当日になって、ドタキャンされてしまう事になる。親に無理を言ってまで浴衣を揃えて楽しみにしていただけにショックだったけど……急用だからと言われ、仕方ないと無理矢理、不満を心の奥に押し込んだ。


 その次の日──学校の廊下を歩いていると、俺はクラスメイトの男子に呼び止められる。


「なに?」

「えっとさ……言うべきか迷ったんだけど、俺なら言って欲しいと思ったから言うんだけど……」


 この雰囲気はきっと悪い話だ……悪いと分かっていても俺はその先を知りたくなって「大丈夫、教えて」とクラスメイトを後押しした。


「分かった。昨日さ、見ちゃったんだよね。君の彼女と元彼氏が花火大会に居るところ……」

「え……それ間違えだよ、だって彼女は急用が出来たって夏祭りに行ってないはずだもん……」

「でも見たんだ。白い花のヘアピンをつけた君の彼女が、君と付き合ってるのは、その……本気じゃないと、元彼氏に話している所……」


 この時は信じられなかった。でもその日、俺は振られることになり、それが事実だったと知ることになった。


 ──俺は目を覚まし、ムクっとベッドから立ち上がるとテーブルの方へと向かう。


「相変わらず嫌な夢だぜ、まったく……こっちに来て、それなりに時間が経っていたから忘れていたけど、思い出した……ソフィアがつけていたヘアピン……あれは俺を振った尻軽女のやつに似ている」


 思い返してみれば、ソフィアに挨拶をした日。サラッと流してしまったが、アニメに沿っていれば、あそこで昔を振り返りながら楽しく会話を交わすシーンがあったはずだった。

 もしかしたら、そのイベントがソフィアにとっては心を決める大切なものだったのかもしれない。


 それがなかったということは……挨拶は聞こえていたがソフィアは意図的に避けた? だとすると──。


「ソフィアには尻軽女が入っている?」


 俺がこうしてアルウィンになっているんだ。可能性としては有り得る。──もしそうなら、あいつ……俺を心配する重要なイベントをすっぽかして、オーウェンと結ばれる道を選びやがったな。


 俺は机に拳をドンッと叩きつけると「面白れぇ……そっちがその気なら、俺は遠慮なく裏ルートを突き進んでやる!」


 ※※※


 正規ルートだと、俺を心配して山に入ったソフィアは魔物に囲まれてしまって、オーウェンと一緒に応戦するが、オーウェンは身の危険を感じ、ソフィアを置いて逃げてしまう。


 そこへ俺が駆け付け、残っていた魔法石の力を使って魔物を一掃する。だが魔法石の力をすべて使い切ってしまうことになる。


 最後はソフィアのお蔭で魔法石の力が復活して、元に戻って幸せに暮らすとなる訳だが……貧しい暮らしは変わらず、世間ではオーウェンと暮らした方がソフィアは幸せだったんじゃない? という意見がチラホラ出てきた。


 それを修正したかったのか、後に誰かの手によって二次制作され、アルウィンはオーウェンより上の立場までのし上る。それが裏ルートだ。


 二次制作されたものだから、俺は興味を持たず、のし上った過程を知らない。アルウィンと結ばれるイベントを選ばなかった事を考えると、きっと今のソフィアも、その存在自体を知らないのだと思う。


「ここから先は完全、俺のオリジナルストーリー……結果が分かっていても、そうなるとは限らない。だけど──」


 俺は椅子からスッと立ち上がり、机の上にあった仮面とグローブを身に着ける。椅子に掛けておいた黒ローブを纏うと「ぜってぇ、お前の悔しがる姿を見てやるからな!」と決意をした。

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