俺と結ばれる道をすっぽかした幼馴染の悔しがる顔が見たいので、俺は魔法石を使って、遠慮なく別の道を突き進む。どうだ、お前より素敵な王女と結ばれたぞ! (長編版)

若葉結実(わかば ゆいみ)

第1話

 中学二年の春。俺は不慮の事故で命を失った。だが目が覚めたら、醜い魔法使いと幼馴染の少女というタイトルのアニメに出てくる主人公になっていた。名前はアルウィン、冴えない魔法使いという設定だ。


 俺は埃まみれの小さくボロい木造の家に住んでいて、今は一人で寂しく朝食を食べ終わったところだ。


「さて──」

 

 今日は待ちに待った日だ。俺は木の椅子から立ち上がり、玄関へ向かう──外を出ると、買い物カゴを持って歩いている幼馴染のソフィアを見かけた。


 金髪おさげにエメラルドグリーンの綺麗な目、そして整った顔立ち。幼さはまだ残っているものの、相変わらず誰もが羨む程、綺麗な顔をしている。


 ──ん? ソフィアがしている白い花をモチーフにしたヘアピン。どこかで見たことがあるような……まぁそんな事いいか。それより──。


 俺はソフィアに近づき「ソフィア、おはよう」と、挨拶をする──が、ソフィアは立ち止まることなく、行ってしまった。


 聞こえなかったのかな? まぁいいや。ここで会話がなくても、物語に影響はない? だろう。


 俺はこの物語の結末を知っている。生きていた世界でアニメを観ているからだ。幼い頃にアルウィンは両親を魔物に殺され、冴えない故に貧しい暮らしをしているが、最終的には幼馴染のソフィアと結ばれる事になっている。俺はそれを楽しみにして生きていた。そのためにはイベントを進めないと……俺はソフィアとは反対の方へと歩き出した──。


 見上げるほど大きな屋敷の前を通るとメイドが掃き掃除をしながら、喋っている声が聞こえてくる。俺は聞き耳を立てながら、ゆっくりと歩いた。


「ねぇ、聞いた? オーウェン様、ラングレー家のソフィアさんと結婚する話があがっているらしいわよ」

「聞いた、聞いた。よく旦那様、許したわね」

「次男だから好きにさせてくれってお願いしたらしいわよ」

「あー、なるほどね」


 オーウェンはこの屋敷のお坊ちゃま。眉目秀麗で金持ちだから、アルウィンはこれを聞いて焦りだす。ソフィアの事を小さい頃からずっと好きだったからだ。だけど自分は冴えない男、敵う筈もないと思ったアルウィンは何とかする方法はないかと、魔法を教えてくれている師匠のもとへと向かうことになっている。さて、俺も物語に沿って師匠の家へと向かうか──。


 師匠の家は村の外れにある小さくボロい木造の一軒家。師匠はそこで一人暮らしをしている。俺は師匠の家に着くと、ドアの前で立ち止まり、ノックをした。──よし、返事がない。


 念のため「師匠。居ますか?」と小声で声を掛けてみるものの──返事は無かった。良かった。ここで師匠が家にいると、物語が崩れてしまう。


 俺は家事を任されている代わりに魔法を教えて貰っている。だから合鍵を持っているので、師匠が居なくても何も問題は無い。俺はカギを使って師匠の家へと入ると、本棚の方へと向かった──。


「確か……」


 ここでアルウィンは、ある魔導書に変化の魔法が載っている事を思い出す。


「──よし、あった」


 俺はその魔導書を見つけると手に取った。


「次は──」


 変化の魔法は上級魔法。その中でも永遠に変わっていられる変化の魔法は最上級魔法とされている。だから下級魔法しか扱えないアルウィンは自分じゃ使えない事に頭を抱える。


 だけど──何かを思い出した様で、ハッとした表情で頭から手を離すと、机の上にあるボロボロの小さな宝箱に視線を向ける。アルウィンはここで、その中に入っているものが使えると、気が付いたのだ。


 俺は机に近づくと、宝箱を手に取る。すると宝箱は光を放ち、パカッと勝手に開いた。この宝箱はただの宝箱ではなく、師匠が俺にしか開けられない様にプロテクトの魔法を掛けていたのだ。


 なぜ俺なのか? その時、疑問に思って聞いてみたら、身近な人間で信頼できる俺にした方が、安心だからと言っていた。


 俺は宝箱から手のひらサイズのルビーのように綺麗な赤い石を取り出すと、「──よし、順調だぞ」


 この石は魔力を増幅させる貴重な石だ。この世に一つしかないらしい。アルウィンはこの石を使って、永遠に変わっていられる変化の魔法を使いハンサムになろうと決めるが「──さて、上手くいくかな」


 俺は魔導書を机に置き、ゴクリと固唾を飲む。物語通り魔法石をギュッと握りしめ、上に向かって腕を突き出し、呪文を唱え始めた。


「神より与えられし姿を捨て、禁忌を犯して望む姿へと変化を遂げる──エターナル・メタルフォーゼ!」


 すると高音と共に、魔法で出来た白色のリングが頭上に出来、俺の体を通って下へと抜けていった。次第に髪の毛が抜け落ち、肉が腐り落ちていく。俺は鏡の前に立ち、自分がゾンビのような姿になっていることを確認した。


 そのタイミングで「アルウィン? 居るのか?」と、後ろから声がして、俺は振り返る。そこには白髪で髭の長い老人が、立っていた。


 師匠は俺の姿を見て、化け物が家に侵入してきたと思ったようで大きく目を見開くと、直ぐに木の杖を構えた。


「師匠! 俺です! アルウィンです!!」

「なんだと……確かにその声はアルウィンだが……なぜそんな姿になっているんだ?」

「それは……魔法石を使って変化の魔法を使ってしまったからです」


 そう……アルウィンの魔力はまだ未熟で、魔法石の力を借りたとしても、変化の魔法を成功させるだけの魔力に至らなかったのだ。その反動でアルウィンは醜い化け物の姿になってしまったという訳だ。


 師匠は杖を下ろすと眉間にシワを寄せ、呆れたような表情で「何と愚かな……」


 師匠はゆっくり歩き出し、机の前で立ち止まると魔導書を手にした。そして強張った表情で勢いよく俺の方へと投げつけると「貴重な魔法石を使いおって……せめてもの情けだ。その魔導書と魔法石はくれてやるから、二度と顔を見せるなッ!!」と怒鳴り散らした。


「すみません……」


 俺は魔導書を拾い上げ、上着のポケットに魔法石をしまう。深々と師匠に向かって頭を下げると「今までお世話になりました」


 師匠はそれをみて、何もしゃべらずプイっとソッポを向く。相当、ご立腹のようだ。でもこれで問題ない。さて、次は人里離れた山小屋へと向かうか。

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