第十二話 真仙術
「なにぃ?」
「真仙だとぉ?」
「仙人……なのか?」
胡散臭いと言わんばかりに、中華服を着たマフィアたちは、あたりをじっくりと見渡しているラプサン・スーチョンをじろじろと見た。
「そのなり、どっちかっつうと妖怪なんじゃねぇの?」
そう言ってゲラゲラと笑い出したマフィアのボスに続いて仲間も笑うが、構わず、ラプサン・スーチョンはきのこ農家で商人の息子に、冷静な口調で語りかける。
「ここは気が
途端に、ボスを筆頭に、またしてもマフィアたちが嘲笑した。
「おやおや! どうやら仙人さまは下界の常識には疎いようだ!」
「お金がねぇと人間は生活出来ないんですぜ?」
「いいよなぁ! 崇め奉られてるお方は明日の生活を心配することもないんだろうよ!」
きのこ商人の息子は下を向いたまま、呟くように言った。
「父さんには悪いとは思ってる。けど、……もう後戻りは出来ないんだ」
「そういうことだぜ。そいつを含め、ここにいる野郎どもは、この俺に忠誠を誓ってるんだ。あんたが仙人だかなんだかは知らねえが——」
マフィアのボスとその手下たちが、人相の悪い顔にさらに品のない笑いを浮かべる。
「ここは、あんたが来ていいようなところじゃねぇ。さっさと帰んな」
「それとも、本当に仙人なのか?」
ラプサン・スーチョンの金色の瞳がギラッと光ると、下っ端のマフィアたちは身震いした。
中堅以上とわかる者たちは薄笑いをやめ、にらみ返す。
「ほう、こんな大勢に一人で歯向かおうってのか?」
「仙人さまはさぞお強いらしい!」
「いつの時代も、中華人というものはケンカをしたがるものだな」
「なにぃ!?」
中華服の男たちが周囲を取り囲んだと同時に、白い煙がふわあっとラプサン・スーチョンを包む。
足元には、いつの間にか、金色のくびれのある、シーシャとも呼ばれる水煙草のボトルが、手にはボトルとつながるパイプが乗っていた。
ゲホッゲホッと、マフィアたちがむせた。
「なんだ! この焦げたような、葉だか
煙は部屋全体に広がっていき、視界が遮られた。
ギャッ!
うげっ!
男たちの悲痛な叫びや
煙が消えていくと、彼はラプサン・スーチョンに手首を掴まれ、隣に立たされていた。
床には二、三十人のマフィアが、うずくまっている。
「き、貴様……! なにをしやがっ——!」
ボスがそう言い終わらないうちに、一瞬姿が消え、引き締まった腕を突き出し、素早く頬を殴りつけた。
ボスの身体は吹っ飛ばされ、数人の部下もろとも壁にたたきつけられた。
すかさず向かっていく部下たちも、スッと素早い直線的な動きで床を滑るようにして移動していく彼に弾かれたように殴り飛ばされ、蹴り飛ばされていく。
「カ、カンフーの達人!?」
「ただの真仙だ。だが、
冷静に返すと、震えている下っ端には目もくれず、中堅以上の男たちを人間の動きを超えた、目で追うことは不可能な速さで薙ぎ倒していった。
「てめえっ!」
銃を手にした部下たちが撃ち始めたが、そこに透明な壁でもあるかのように、彼には届く前に空中で止まり、弾丸はバラバラと床に落ちた。
「久しぶりに遊んでやるか」
そう言いながらも笑うことなく、ラプサン・スーチョンの身体が浮かび、彼らを見下ろす。
「う、浮かんでるぞ!」
「なんだ、あれは!」
彼の頭上には、白い半透明の煙が彼の真上に集まり、蛇のように長い胴体をくねらせ、枝のような角を二本生やした鱗に覆われた霊獣へと形が定まっていったのだった。
「煙で出来た龍!?」
腰を抜かす者もいた。
悲鳴を上げるマフィアたちの頭上から、ラプサン・スーチョンはよく通る低い声で言い渡した。
「そこの元きのこ商人の青年を追い出さなければ、今ここでこの龍を解放する。俺が『久しぶりに遊んでやる』といったのは、この
煙でできた珠を前足で掴んだ
マフィアたちに追い出された青年を連れてラプサン・スーチョンが外に出ると、待っていた初老の父親が驚き、息子の無事を喜んだ。
何度も深く頭を下げ、礼を言う。
「息子が無事で、しかも戻ってきてくれたとは!」
父親が
「なんと申し上げて良いやら! このお礼を是非ともさせてください! 今、手元にはこれしかないのですが」
背負っていた籠の中から、市場で売られているものより二回りも大きく、肉厚なきのこと、まだ何も生えていない原木を取り出した。
「家に戻れば、小さいですが祖母の形見の
「いや、これで十分だ」
「へ?」
マフィアのアジト付近にあるアヘン窟を潰して壁をぶち抜き、奥にきのこ栽培用の場所を見つけた。
もらった原木を置くと、後から商人が運び込んだ原木とも一緒に組み直した。
商人の説明では、その原木からきのこが収穫出来るようになるには二年ほどかかる。その代わり、肉厚で芳しい、上等なきのこが育つということだった。
ラプサン・スーチョンは栽培に熱心だった。
マフィアを早朝に叩き起こし、管理の仕方を教える。
夜に活動を活発にするマフィアたちは、始めのうちは早朝に起きることが出来なかったが、健全な生活へと変わっていった。はずであったが——
***
空中に浮かぶ書斎机の上で、キームンは緑がかった透明の液体を拭い、獰猛な牙を剥き出す牛の妖魔を見据える。
妖魔の身体は通常の牛より一回り大きい程度になっていた。
「さっきより小さくなってる? 術が効いてきたのか」
幼い頃にラプサン・スーチョンから教えられた呪文は覚えていた。
術の使い方も合っていたようだとキームンはホッとしたが、すぐに顔を引き締めた。
「このまま邪気を払えば正体がわかるはず。『陣』を書く時間はないから、少しでも邪気を払うのに味方してくれそうなものをかき集めて……」
書斎机から壁寄りにある、赤唐辛子が連なって吊るされている魔除けの飾りが目に付く。中華人の風習で飾られているものだ。
宝箱には宝石も見えた。
あの中に水晶があれば……!
そして、ラプさんが妖魔を閉じ込めていた赤いランタン。
それから——
「これをやる」
いきなり、ラプサン・スーチョンの声が聞こえて振り返ると、シュッ! と投げたものをキームンが片手でキャッチした。
「紹興酒で蒸した上海蟹、美味かった」
苛立ちは多少でもおさまったように見える。
投げたのは、樽から取り出したもので、食べかけではなかった。
「サンキュー、ラプさん! 酒と塩は邪気を払う、赤いものも!」
にっこり笑ってウインクすると、キームンは机から宝箱へと飛び移った。
開きかけて宝飾品をはみ出させている宝箱の蓋を開ける。ペンダント、指輪、石の塊のままなど、天然石が詰められている。
「水晶、
黒い縦縞模様のある黄色い石タイガーアイの飾りは、腰に結んでいた紐に結びつけ、水晶類は石の状態のまま、自分の周りに煙管の煙で浮かせた。
「こんなに宝があったのに、宝の持ち腐れだったね!」
浮かび上がった黒水晶の塊が、妖魔と彼の間まで進み出ていく。
「聖域!」
すべてのものが止まった、無臭、無音の状態だった。
そこだけ球体の透明な空間が包んだような、妖魔は荒々しく暴れることなく、ぽかんとし、足も伸ばし切った状態で浮かんでいた。
そこには、妖魔と彼、浮かんでいる石の他は何もない。
キームンが小さくため息をつく。
「ふう、宝箱の石は本物で良かった! やっと自由に歩ける。それじゃ、邪気を払わせてもらうよ」
ゆらゆら浮かんでいるアメジストの塊を掴み、黒水晶を挟んで正面に浮かぶ妖魔に近づいていく。
キームンの側から見えるアメジストの平らな面から通して見る妖魔は、針のような毛をした凶暴な牛の姿ではなく、ぼやぼやと、一人の中華人の姿を映し出していった。
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