第十一話 いきさつ
***
「
茶屋の老年の店主がにこやかに尋ねる。
「美味い」
薄紫色の波打った髪が椅子の下にまでこぼれ、袖のない長衣から現れている褐色の腕が、丁寧に茶杯を、テーブルにある木箱——
「雲南省の特産『
「はい、左様にございます。今お召し上がりになったこちらの『雲南紅茶』の茶葉は、南西部で栽培された紅茶専用の
「
一番弟子の
「
店主が満面の笑みになり、腰まで曲げて何度もお辞儀をした。
弟子たちは、店主と従業員が大量の茶葉を包んだものを、背負うための籠の中に詰めていく。
「もしや、貴方様は
腕を組んで立っていた煙のような薄紫髪のラプサン・スーチョンに、恭しく礼をした、みすぼらしい身なりの初老の男が、驚きを隠せない様子で問いかけた。
「いかにも」
「やはり! 福建の真仙さまでいらしたのですね! こちらのお店で時々お見かけしていたもので、もしやと思い」
男はひざまずき、片方の拳を手で包み込み、顔の前まで持ち上げ、中華人が頼み事をする格好をした。
「お願いです! 助けてください!」
「何があった?」
「息子がきのこを九龍城砦のお客さまへお届けしてから行方不明になり、一ヶ月が経ちます。もしかしたら、……もう生きている望みは薄いのかも知れませんが……。警察にはとっくに届を出してるのに、九龍城砦と言っただけで取り合ってもらえず」
「どんなきのこだ?」
商人は、まばたきをした。
「はい? きのこですか? ああ、こちらになります」
ラプサン・スーチョンは手にしたきのこを見回した。
大きさ、触感、香りなどを確かめると、初老の商人に視線を戻した。
「見事だ。焼いて
「あ、ありがとうございます! 今、手持ちはこのくらいしかありませんが、家には原木もありまして、もうすぐ収穫できそうなものから二年以上経たないと生えないものなどもあります」
「香港は蒸し暑いだろう」
「はい。ですので、適温に保ったり、日照時間も工夫したりしております」
商人の話を興味深げに聞きながら、感心したように大きくうなずいたりしている。
青い衣を着た、頭上に団子にした髪型の一番弟子・
「……あれ?
「おや、先ほど、香港から来た商人と話してらっしゃいましたが……」
店主も「おかしいな」と首を傾げながら、店の外まで見にいく。
弟子たちが探している間、ラプサン・スーチョンはみすぼらしい商人の男を背負い、走っていた。
「あわわわ! 真仙さま、お、お待ちを……!」
馬車や牛車を次々に追い越していき、尋常ではない速さだ。
背負われている男は目を回し、途中から目を瞑っていた。
「こんなところに……!」
店の外の上空には、雲のような煙で形作られた文字に、
『POP OUT』
『GO HOME』
「これはいったい……?」
弟子たちは
「漢字では形が複雑だからな。この方が便利だとおっしゃって、
メッセージの浮かぶ空を見上げながら、
「そうだったのですね!」
「それで、
「イギリスの言葉で、ちょっと出かけるって意味だ。その下は、帰っていろ、と」
読み上げてしばらくすると、浮かんでいた煙の文字は徐々に薄れていった。
「あれから二年八ヶ月ですよ。てっきり、すぐ帰るものとばかり思っていたのに」
東方美人を前に、
「いくらあの方が気まぐれを起こしたとしても、この
両手を組んでテーブルに肘をつき、その上に額を乗せると、ほとほと困り果てた様子で再びため息をつく。
「イギリス租界にいらしたキームン坊ちゃんの目撃情報も始めの二、三年でパッタリとなくなってしまったので、探しようもなく」
その後はキームンがフランス租界に越し、煙で女装して女として過ごしていたのは東方美人しか知らない。
「
茶杯を置き、気分を害したようでもなく、東方美人は口を開いた。
「状況は理解したわ。
「本当ですか!?」
ガバッと
額には赤い跡がついている。
「ただし、もしもだけど、この件に妖魔が関わっているとしたら——」
視線を落としてから、東方美人は続けた。
「正山小種……ラプサン・スーチョンと別れてから、キームンが妖魔のたぐいと対峙するのは初めてになるわ」
「そ、そう……でしたか」
「だから、期待はしないで。せめて、誰か精霊をサポートに付けてあげて」
「もちろんです!」
東方美人がその話を聞いた二年八ヶ月前、雲南の茶屋で弟子たちを残していった後、香港にある九龍城砦に着いたラプサン・スーチョンは、背負っていた商人の初老の男に外で待っているよう言い、一人で城砦の中へと乗り込んでいった。
城砦の中にある香港マフィアのアジトへ着き、商人の息子と対面した。
「あなたは……! 福建で見かけたことのある……真仙……!?」
きのこを売るのとは比べ物にならないほど儲かるアヘンの売人に、息子は成り果てていた。
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