第2話 地球を救って!
「……何ですって?」
ヒガミンゴは荒い息をつきながら目の前でようやく止まった拳を見た。
拳を引き、ましかがヒガミンゴに向き直る。
「地球を、救う?私が?」
ヒガミンゴはうなずいた。
「あなたにはすごい力があるンゴ。その力で、地球の危機を」
ヒガミンゴの体が浮いた。そこまで長くない首をましかが遠慮なく握り、持ち上げる。クチバシが天井を向いた。
「その前に私の生活の危機を何とかしてくれたらね。明日も仕事だよ、寝かせろよ。地球の危機は私より地球を自分のために使ってる奴らに救わせろ。待機電力を節約するタップを使ってる私に頼るな、奴らから先に死ね」
「やめてンゴ、パワーが暴走してるンゴー!」
ヒガミンゴの全身の羽毛が毛羽立ち、煙が出てきた。
「協力、してくれたら、給料が、出る、ンゴ……」
ヒガミンゴの首を締め上げるましかの手が、ほんの少しゆるんだ。ヒガミンゴはここぞとばかりにたたみ込んだ。
「時給換算で、地球時間で1時間に十万ジェラ」
ましかは冷たい目でヒガミンゴを見下ろした。
「日本円にすると?」
「……千と、五円くらいだンゴむふ」
もう用はないとばかりに締め上げるましかに、ヒガミンゴは羽と足をばたつかせて断末魔の抵抗を示した。
「リーダーになると五万ジェラ上がるンゴ、移動時間も時給に含むンゴ、2キロ毎に交通費も出るし危険手当他特別手当や福利厚生も充実してるンゴ!どうか、どうか地球を、守っ、て……」
ぼとり、とヒガミンゴが畳に落ちた。その5センチ隣は布団なのに、そこに落としてはもらえなかった。
ましかは腰に手を当ててそれを見下ろし考えた。
時給千五百円ならまあまあか。少しでも生活の足しになるならありがたい。
「……まずは説明だけ聞きましょうか。もちろん、あなたがここに入ってきた時から、時給は発生してるわね?当然深夜割り増しもあるわね?」
詰め寄られるが、現場担当のヒガミンゴにはわからなかった。しかし、正直に言えば殺される。
「……出ます、出します、出させますンゴ!」
ヒガミンゴはパチンコ屋の店員のように叫んだ。
ことの起こりは、しばらく前のことだった。
地球から遠く離れた銀河系にぽつりと、その宝石のように美しい星はあった。
水の星ホプフルタント。平和的で優しい人々が住むその星の中で、最も愛に富み、慈悲深いのが彼女、ホプフルタントの女王たるマリアージョである。
美しい人であった。しかしその眼差しは今、深い憂いに満ちている。
いつもは慈愛に満ちた、見た者全てを幸福にする微笑みをたたえているのに、何が彼女をそこまで悲しませているのだろうか。
「まだ、争いという悲しいことがなくなっていない星があるなんて……」
柔らかく波打つ長い銀髪が、彼女が嘆くたびに慰めるように輝き、彼女を包む。
「同じ水の星同士仲良くしたいけれど、これではとても国民を行かせることはできません。何とか彼らに争いをやめるよう、話すことはできないでしょうか」
マリアージョの悲しみは我が悲しみ。それを振り払うためならどんな危険をもいとわない彼女の側近たちは、女王の憂いを解消すべく立ち上がった。
「では陛下、扉の使用の許可を。選りすぐった者たちを派遣して地球の文化を学習し、彼らと対話を試みます」
女王の顔が驚きと不安に揺れる。
「そんな、争いのある危険な場所へあなたたちを、私の国民を?できません、そんな恐ろしいこと。違う方法を考えましょう」
側近は自分たちに向けられた女王の慈愛に心の中で涙し、しかし毅然として女王に意見した。
「陛下、お心遣い痛み入ります。しかし、危険を避けてばかりでは友好は広がりません。きっと向こうも水の星の住人、顔を見て話せば通じることも多いでしょう。扉を使えばここから地球へ一瞬で行くことができます。女王、どうかご決断を」
「しかし扉は一旦開いてしまえば長い間閉じることができず、また閉じたら長い間開くことができなくなります。それでもあなたたちは行くと言うのですか、地球へ」
側近たちの決意は固かった。
女王は宇宙の平和と友好のため、扉を開くことを決断した。
「そんな訳で今地球は狙われてるンゴ!ピンチだンゴ!」
ましかは冷めた目でお茶を飲んだ。ヒガミンゴの前には何もない。
「話過ぎて疲れたンゴ、ぼくもお茶がほしいンゴ」
「1杯十万円」
ヒガミンゴは我慢することにした。
「でも、何だか聞いている限りじゃ、その女王様とかいい人そうじゃない?仲良くするくらいならしたらいいじゃない」
「そういう訳にはいかないンゴ!」
ヒガミンゴはテーブルをばんとたたいた。ましかがものすごい目でにらむ。ヒガミンゴは即座に平身低頭全身全霊で謝罪し、もうしませんよ、ほら、テーブルにも謝ったしもう仲直りしましたよ、とでも言うかのようにテーブルを撫でた。ましかの殺気が若干おさまる。
「それでは地球が大変なことになるンゴ。ホプフルタントは希望に満ちた星だけど、みんな真面目で頑張り屋で思いやり深いンゴ」
「いいじゃない」
「地球もそうなってしまうンゴ!」
ヒガミンゴはまたにらまれて声のボリュームを落とした。
「ぼくたちの星も初めはみんないいことだと思ったンゴ。だから友好を結んだけど、ずっと真面目にして頑張って人を思いやりながら生きるのは、めちゃくちゃ大変ンゴ」
「そうかもしれないわね」
「でも、やめたいって言いづらいンゴ。一旦いいことを始めたら、やめると犯罪者みたいになるンゴ」
ましかは確かに、と思った。そんな隣人ができて日夜励まされたら、ましかの大好きな日曜の朝からお酒を飲んでお風呂に入って二度寝して、起きたら食べてまた飲んで寝る、がしづらくなる。
「ホプフルタントの女王様はサボっても決して怒らないし、怒らせないンゴ。でも、悲しい顔をするンゴ。ずっと期待に応え続けるのはしんどいものンゴ」
ヒガミンゴはお腹の羽毛を開いた。中にはモニターがあって、微笑む美しい女性が映っていた。
「何であなたが敵の女王様の映像を持ってんのよ」
「この画像はフリー素材ンゴ。宇宙で1番ダウンロードされている画像ンゴ」
ふうん、とましかは画像を見た。若く、美しいだけでいけすかないのに、女王様。
「彼女は宇宙中から敬意をこめて
更に敬意を持たれ、聖なる花嫁ですって?
ましかの心に熱いものが灯った。
「面白いわね。そのいけすかない聖女ヅラ、ボコボコに殴って宇宙中にその真っ黒な腹の中をぶちまけてみたくなったわ」
「さすがましか、考えることがエグいンゴ!」
ましかはとりあえずヒガミンゴにその情熱の炎の欠片を分け与えた。
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