第3話 変身だ!


「それで、私は何をすればいいの?」


 ヒガミンゴは殴り飛ばされてまた部屋中を3Dピンボールした後、体を引きずってましかの前に座り直した。ましかはその間にお茶を入れ直していた。

「ぼくも、お茶……」

「十万円」

「……おそらく地球では今後、ホプフルタントのエリート住民、ゼンニンが活動を始めるに違いないンゴ。それをぼくたちで防ぐンゴ!」


 ヒガミンゴは突然うぉえェェと嘔吐するような音を出した。ましかは思わず飛び退いた。

 ヒガミンゴの口からぼとり、と何かが落ちる。

「汚いわね!」

「汚くないンゴ、ぼくのお腹はポッケにもなるンゴ、消化液はポッケとは違う方だンゴ」

 消化液はあんのかよ、と思いながらましかはいやいやテーブルの上を見た。

「ふざけんな今からパーティーでもする気か」

 拳を固めるとヒガミンゴは違うンゴ、と悲鳴をあげた。

 テーブルの上にはやけにごついクラッカーが落ちている。円錐形で紐がついており、パーティーなどでその紐を引いてぱーんっと鳴らしてはしゃぐあれだ。

「これは強い気持ちを込めて紐を引くとヒガムンジャーに変身できる、ヒネクラッカーというアイテムンゴ!」


「ヒガムンジャー?」


「ヒガミンエンスの粋を集めた技術を身につけて戦う、スーパーヒーローのことンゴ。ましかの力ならリーダーになれるンゴ!」

「と言うことは、何人かいるの?」

「ヒガムンジャーは戦隊ンゴ。紐を引けば、ふさわしい色のスーツが自動的に選ばれて変身できるンゴ!さあ、やってみるンゴ」

 ましかは時計を見た。四時。

「やってもいいけど、私明日も仕事なんだけど」

「それは任せるンゴ」

 ヒガミンゴはまたごぉうぇぇ、といやな音をたてて腹のポッケから小さな藁人形を出した。

「どれだけ入ってんのよ。そしてまた嫌なもの出すわね」

「これは代理人形ンゴ。これを頭から刺せば」

 ヒガミンゴは五寸釘も数本吐き出した。

「釘1本で約1時間、人形に刺した人の代わりになって動くンゴ。だから、休みたかったらこの藁人形に釘を、余裕を持って十本くらい打ち込めばいいンゴ!」

 嫌なシステムだが便利そうだ。

「わかった。じゃ、私これから寝るから、6時半になったら私の手でこれに釘を十二本打ち込んで。忘れたら殺す」

「え、ぼくはこれから戻って報告を」

「6時半に。しなければ殺す。それから、時間前にこっちに来ても殺す」

 お茶は勝手に飲んでいいわよ、とましかは武士の情けを残して襖を閉めた。

 ヒガミンゴは涙と共にようやく熱いお茶にありついた。血と涙の味がした。


 平日にのんびり寝坊できるなんて最高、と思いながら寝たのに、8時半に起こされた。


 爆音のもとはちゃっかり布団に乗っかって、タオルにくるまって口を開けて寝ているヒガミンゴだった。

 やっぱり機械は電子音のいびきをかくのか、永遠に止めてくれようかと思った瞬間にヒガミンゴは飛び起きた。

 殺気が伝わってしまったのかとましかが面白くない気持ちでいると、ヒガミンゴは腹のポッケから腕時計のようなものを吐き出した。音の原因はそれだった。

「朝から吐くんじゃないわよ。うるさいわね、止めてよ」

「ましか、大変ンゴ!これはヒガミンブレス、この音はゼンニンが現れたというお知らせンゴ!」

「何ですって!……私は研修もまだだし、他をあたってよ。他にもいるんでしょう」

「いるけど、ゼンニンはきっとみんなで力を合わせないと勝てないンゴ。今までは一般住民アタエルンしか来てなかったから、まだ時間があると思っていたンゴ……」

 ヒガミンゴが長くはない足をがくりと折る。鳥型なので人の膝とは逆に前ではなく後ろに折れる。

「ましかならきっと戦えるンゴ。変身して、ましか!」

 その前にヒガミンブレスを腕につけてほしいと言われて、ましかはいやいやヒガミンブレスを装着した。数年前まで毎年甥っ子に買ってあげていたおもちゃと酷似しており、ましかはもう悲しいような気持ちになった。


 甥っ子の卒業した遊びに、伯母の私が参戦とは。

 男性にブレスレットを贈られたこともないのに。言ったらアクセサリー自体もらったことがない。贈ったことはある。あの当時は贈り物をしたらせめて同額程度のお返しがあると思っていた。あの時の男は、ゴツい銀の指輪を欲しがり、値段もゴツかったから結構無理して贈ったのだが、奴は私の誕生日にチューリップの花束とキスをプレゼントにしやがった。確かにチューリップは好きだ。しかし欲しかったのは子供みたいな赤白黄色ではなく、優しいピンク。私の話を聞いてねえだろ。そもそも値段が釣り合わねえだろ。そんなお前からのキスは、もう拷問だ。

 それでもまだましかはその男と別れていない。先の見えたこの年で、なかなか独りになる決意ができない。いるだけマシなのか、いない方がマシなのか、会うたびに思うのだが。


 電子アラームが鬼のように緊急事態を告げる中、ましかは黄昏れた。ヒガミンゴは急かしていいものかどうか慎重にましかの顔色を伺った。数時間前の痛みは教訓としてヒガミンゴの体に刻み込まれている。

「……ましか」

 ばしん、と腹に響く音がましかの胸の前から発せられた。ヒガミンブレスを装着したましかの左手に、右の拳が打ちつけられた音だ。


 気に入らない。爆音も、あからさまに顔色を伺うピンクのいかれたぬいぐるみも、ろくに稼がない男も、もちろん今の自分も。


「わかったわよ。やるわよ、やってやるわよ!」

 最早暴れ出したい気持ちになって、ましかはヒネクラッカーを手にした。

「ましか、強い気持ちで紐を引いて!それがスーツの力になるンゴ!」

「うおおお!」

 全ての恨みを込め、ましかはちぎれんばかりに紐を引いた。



 


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