冒走戦隊ヒガムンジャー
澁澤 初飴
第1話 見つけた!すごいパワー!
第1話 見つけた!すごいパワー!
ましかは鏡をぶち割りたくなった。
何がお似合いだ店員の野郎。ちっとも似合わないではないか。
私の名前は
しかし私は堅苦しく真面目なのではない。人との距離がはかれないので誰に対しても他人行儀になり、破っていい規則とそうでないものの区別ができないから決まりを破らないだけだ。
私の仕事は工場で木材の加工をすることだ。と言っても家具だの彫刻だのではなく、右から来たものを指定の数字の寸法で切るだけ。朝から晩までそれだけ。数字が大きくなったら重てえなと文句を言い、小さくなったら面倒くせえなと不平を垂れながら脳の皺がつるつるになりそうな作業を淡々と行うだけ。もちろん薄給、しかも腰が痛くなる。
その薄給から搾り出した五千円。
散々試したのは確かに私だが、思っていた出費の倍かかった。
新色の口紅は、それの色は華やかな赤で確かに気持ちが明るくなる。しかし、つけると顔色が暗くなり、私の気持ちが沈むのでは意味がない。
あのポスターの女優。年上なのに凛として美しい。あれほどにはなれはしないが、私は彼女より少しだけ年が若い分、夢を見られたらと思ったのに。私は夢遊病か何かで、夢を見ながら日々を過ごしているのだろうか。私の目には夢しか映らないのか。
否。目の前の鏡に映る、唇だけ不自然に赤く浮かび上がった、顔色の悪い不機嫌な顔の行かず後家は現実だ。
ここよここ。夢が見たいのはここだけなのよ!
人から実際どう見られようと、鏡の中の自分が美人なら人間強く生きていけるのではないだろうか。
鏡を見るのも苦痛になる不景気な顔。鏡に向かえないからますます顔の景気は悪くなり、もう何十年不況に喘いでいるかわからない。
私の鏡だろう、現実なんか映して何になるんだ。
ああ、こんなもの買わなければとんかつ食べに行けたのに。肉食べられたのに。
ましかは鏡をそっと閉じた。鏡は数百円の値段と後片付けの労力を惜しまれたおかげで無傷のままですんだ。ましかは鏡が大嫌いだ。
やっぱり職場の飲み会なんて断れば良かった。あんな職場、バカしかいない。もちろん私も例外ではない。地味でおとなしいバカを集めて飲み会、派手なバカならまだ何とか形になるだろうに。何の地獄の集まりなのか。
しかし私はいつも断って気まずくなるのを避けたいためにより傷を深くしてしまう。もちろんドタキャンもしない。嫌で嫌で、嫌で嫌で嫌で嫌で仕方ないことこの上ないが、断って気まずくなるのが苦手だ。飲み会だってもちろん苦手だが。私はコスパ計算もなってない。
週末は飲み会。会費はまず三千円、しかし千円札三枚握って出かける訳にもいかない。そして口紅は失敗した。ファンデは割れているが、本当は新しいのが欲しいのだが、もう仕方ない。家でつけていく分にはかまやしない。
あの地味なおじさんたちに媚びを売るためにこの出費。冷静に考えるほどはらわたが煮えくり返るが全て自分の蒔いた種だ。せめてもやしでも生えたらいいのに。
ましかは苛立ちを紛らわせようとテレビをつけた。美人が微笑み、家族が美味しそうなカレーを囲み、ビールはうまそうで、新しい車には可愛らしい女優が、素敵な家には若いカップルと可愛い子供が。
恋のドラマは大きな瞳の美しい髪の若い女の子が、スマートで不器用だという設定の針金みたいな男性とバカみたいな理由で恋に落ちていた。男よ、それはぶっきらぼうではなくて棒読みだ。しかし顔だけはのっぺりと見事に化粧して、ああこれが世にいうイケメンか、気色悪い。惚れる女も株が下がる。
苛立ちを増幅させただけだった。世界は何と夢に満ち溢れているのだろう。
みんな死んだらいい。世界は滅んだらいい。私がこの布団で1日のうちで1番穏やかな心持ちでいるうちに。
ましかは世界を呪いながら眠りについた。
「——素晴らしいパワーの持ち主を見つけたンゴ!」
移動要塞ヒガムーンの中でヒガミンゴが叫んだ。
「ぼくの冠毛が弾け飛ぶ勢いンゴ!」
地球でいうフラミンゴを縦に押し潰して丸く整えたような形のヒガミンゴは、頭のピンクの飾り毛をちりちりにして叫んだ。
ヒガミンゴの冠毛はヒガミパワーの強さに反応するようになっている。正義の味方の幽霊族の髪の毛の、あの仕組みだ。いつもならすっと立ち上がるだけの冠毛が、それでは済まずに反応した力を逃し切れないでいる。
「本当に、すごい力だ」
真っ赤なスーツをスマートに着こなした年配の男性が落ち着いた声で答える。彼の髪がちりちりなのはパワーに反応しているからではない。
「この時間なら殆どの人間が眠っているはずだ。それなのに、これほどとは」
「
「待て、ヒガミンゴ!」
山間田の制止は間に合わなかった。ヒガミンゴはヒガムーンを飛び出し、暗い夜空に飛び立った。
冠毛の反応する方へヒガミンゴは飛んだ。体中がびりびりする。こんな島国に、こんな力を持った人間がいたとは。
山間田タカオ長官の慧眼のおかげだ。こんな島国にこそ、世界を救う程の力の持ち主が眠っているものだとアドバイスしてくれたから出会えた力。
世界を救う
この窓の向こうだ。
ヒガミンゴはヒガミンエンスを駆使して鍵の掛かった窓を突破した。ヒガミン星の科学の力だ。
「こんばんは、はじめまして、ぼくヒガミンゴだンゴ——」
ヒガミンゴを出迎えたのは手荒い歓迎。文字通り顔面に炸裂した平手だった。
へぶしっ、とヒガミンゴは畳に叩きつけられバウンドし、ピンクの羽を撒き散らした。
「乙女の部屋に深夜侵入するとは何ごとか!」
仁王立ちのましかは中学時代バレーで鍛えた手首のスナップを存分に発揮し、叫んだ。侵入したのが白馬の王子様であれば眠れる布団の年増を気取っても良かったのだが、謎のピンクのぬいぐるみを被ったドローンとは、どれだけマニアックか。
「……お、乙女じゃ、ないンゴ」
しかもしゃべる。気に食わないことを。
ましかは迷わずぬいぐるみを壁に向けて蹴り上げた。ぐふぉ、と生き物っぽい音を立ててぬいぐるみが更に壁を3Dビリヤードのように物理に従い弾け飛んで行く。感触はまるっきり機械なのでましかは油断しない。
「年増でも同じよ。女性の部屋に約束もなく忍び込んで無事に帰れるのは恋人でなかったら手練れの空き巣かサンタクロースよ。でも、私には全てお呼びじゃないわ」
「待ってほしいンゴ、話を、話を聞いてンゴふ」
私は裸足でぬいぐるみを畳に踏みつけた。今2時。明日も6時半に起きて、7時半には家を出なければ行けないのに。
ヒガミンゴの冠毛がびりびりと反応する。最早防御服なしで側にいるのが危険なレベルのパワーだ。
しかし世界のため、ヒガミンゴは自らをかえりみず叫んだ。
「お願いンゴ、その力で地球を救ってほしいンゴォォォ!」
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