桜舞う狐娘の学園生活

助谷 遼

 

「うわあ、人が多いねぇ」

「そうね」


 私の隣で目を輝かせているのは私の友人で幼馴染のサクラ。そしてその横で相槌を打つのは私ことカトレアよ。サクラは桜色の髪のハーフエルフで私は狐の獣人なの。私達二人は住んでいる町が近いこともあって小さな頃からずっと一緒にいたわ。私にとって彼女は大切な友人なのよ。


 今はここ、ブルーム王国で一番の学園である七龍学園の入学式。七龍学園には国中の秀才や天才たちが集まってくる。それにしても国中から来るからか人がとても多いわね。


「カトレア見てみて。人がゴミのようだ! あたっ!」

「やめなさい」


 突然危ないことを言い出した友人を引っぱたく。サクラの発言を聞いた周りの人が引いて離れていった。


「? ちょっと空いたね! った!」

「サクラの発言に引いてるだけよ。なにも良くないわ」


 呑気な事を言ってるサクラを再度引っぱたく。ヤバいやつ認定されて学園生活がままならなくなったらどうする気よ。酷いと落ち込んだふりをしているサクラを無視して周囲に気を配る。


 チラチラとこっちを見てくる人も居るけどそこまで気にしてる人は少ないみたい。少しほっとするわ。


 サクラが尻尾をモフろうとしてくるのを躱していたら学園長が話を始めた。


 なんで学園長の話って長いのかしら? 年取ると話が長くなるってやつ? もっと簡潔に話して欲しいわね。なんて思考の渦にし巻き込まれている内に話の締めが近付いてくる。ん? 学園長がサクラの方を見てないかしら? 


「ねえねえカトレア、学園長は最後周辺視って言うの? 全員に目を合わせるやつやってた?」

「いや、思いっきりサクラを見てたわよ。さっきの発言で目を付けられたんじゃいかしら?」


 現実逃避してるサクラを現実に引き戻す。さすがにさっきの危ない発言を聞かれたわけではないと思うけど……。まあサクラだから知らない間に何かやらかしていても不思議じゃないわね。


 続いて殿下が話を始める。みんな平等にって簡単に言うけどサクラみたいな子はともかく普通は貴族や王族と平等に過ごせないわよ! 


 最後に不安な事を話が出て、その間サクラが何か緊張していたのが気になるわね。

 後で確認しないと。


 無事に入学式が終わった。途中でライアスという神霊様の愛し子に話しかけられてサクラがホイホイとついて行こうとする一件もあったけど無事に寮に帰ってきた。


 私達が入っている寮の二人部屋に帰った後、サクラに殿下の話の何に緊張してたのか聞いてみると魔王が復活ししたから魔物が活性化してると教えてくれた。

 話を聞いて小さい頃にサクラが魔王を倒しに行くって言ってた事を思い出す。当初から本気だとは知ってたけど現実味が帯びてきたわね……。


 私もついて行きたいけど、おそらくサクラは私を置いて一人で行く。幼馴染だから分かってしまう。私も足手まといになってしまうのは分かってるから我儘は言えないわね。でも……。


「絶対に無事に帰ってきてね」


 これくらいの我儘なら許されるわよね? 


 ―――


 授業が始まったと思ったら私達の通う魔法科の教授が殿下に丸投げして帰ったり、サクラが殿下とライアスさんと戦って叩きのめしたりと驚くことが起きたけど小さい頃からサクラに鍛えられてきた私は頭を抱えるくらいで済んだわ。……頭を抱えることは多かったけどね。仕返しにしばらくはサクラに付いた渾名で呼んでやるんだから! 


 そんなてんやわんやな生活を過ごした後、一年生と三年生で戦う親善試合が始まった。


 一年生の代表はサクラ、ライアス、殿下の三人で、三年生の代表は三龍生の三人だった。ちなみに三龍生は最上級生から選ばれる七龍学園のトップスリーのことよ。


 私は観戦席で見ているけど心配になるわね……。相手の格好を見たサクラのテンションが天元突破してる……。

 保険として影の適正と狐の獣人の特性を組み合わせて簡単な幻惑を観客席にかける。

 と言ってもサクラの印象を薄くするだけで害のあるものじゃないわ。安心してちょうだい。


 …………。心配が的中した。一撃で七龍学園のトップを倒すってどういうことよ! インパクト有りすぎよ! ほら、もっと気合い入れて立ち上がりなさい! 私の心の声も虚しくそのまま勝負が付いてしまった。


 部屋に戻ってからサクラに注意する。


「サクラ、ちょっとは苦戦しないと注目集まりすぎて苦労することになるわよ?」

「なんで?」


 なんで? って……。……なんでかしら? なんとなく私のサクラが離れて行ってしまうようで……。はっ。私は何を考えてるんだろう!? 


「人気が出すぎて見られるようになると魔王討伐のための特訓とかしにくくなると思うからよ」


 ちょっと頬が赤くなっちゃった気がするけど誤魔化せたかしら? ちらりとサクラを見ると抱き着いてきた。避けそこねてモフられてしまう。うぅ、ちょっと気持ちいいのが悔しい。


「やめなさい!」


 なんとかサクラをひっぺがして心を落ち着かせる。ちぇーって口を尖らせてる友人を見て思う。もうちょっとだけモフらせてあげても良かったかしら? 


 ―――


 親善試合も終わり、しばらくは特に変哲もない日々を過ごした。

 サクラと一緒に冒険者ギルドに寄ったりルアード商会っていう王都でも有名な商会を冷やかしに行ったり。サクラと一緒に遊んだりしたわ。


 私は魔法科の他にも商学科に入学している。サクラは魔法科と魔道具科だから商学科の授業は必然的に一人で受けることになる。……うすうす感じてたけど私の友達ってサクラ経由の人しか居ないのよね。神霊の愛し子やら殿下やら三龍生やら、豪華なメンバーと仲良くなったけどそれは私がサクラと仲良かったからってだけよね? もしや私ボッチってやつ? 


 数日が経った。授業に関してはサクラに基礎やら速い計算の仕方を聞いたから問題ないわ。だけど、相変わらず商学科ではボッチで過ごしている。授業中や合間の休憩時間にちらちら見てくる視線があるのが気づいているのよ? でも私が視線を感じる方を向くとみんな視線をずらすの……。もしかして嫌われてる? 

 でも、フワッフワに仕上げた自慢の尻尾は今日もサクラに褒められたし、サクラと違って奇行をしたこともないから注目されるとも思わないのよね……。も、もしかして匂うのかしら……。……いつものシャンプーの匂いに少しサクラの匂いが混じってるわね。特に変な匂いがしてるわけでもなさそう。

 あ! 分かったわ! 殿下や神霊の愛し子みたいなビッグネームと仲良くしてるからみんな敬遠してるのね! それなら私から声をかければ解決じゃない。誰に声をかけようかしら。


 うーん。あっちの子達は既にグループが出来上がっていて話かけにくいし、向こうのグループは上流階級の人達で私からは話かけにくいわね。そしたら、あの子達がいいかな? 



 数日が経った。授業の難易度も少し上がってきたけど私には問題ないわね。偶に当てられるけど毎回間違えること無く答えることが出来ているのよ! 


 ……。友達はどうしたって? いいじゃない。授業についていけるもの……。私にはサクラがいるし……。ぐすん。

 目星をつけた子達に私から話しかけに言ったのよ? そしたら私の周りのビッグネームに気が引けるらしく緊張してたのよ! 私は殿下達と違って上流階級の人間じゃないから緊張しなくて良いって言ったら余計に気を使わせちゃって……。申し訳なくなったから私から話かけに行くのをやめたわ。


 そういえばサクラは魔道具科の授業をどうしてるのかしら? あの子は変人だけどお喋りも上手だし友達も沢山いそうね! こっそりとサクラの魔道具科での生活を見て私も友達を作ってやるわ! 


 ―――


 ……どうしてこうなった? 今の私はやっとできた友達にモフられている。うぅ。可愛い可愛いってサクラじゃないんだからそんなこと言わないでよ! 恥ずかしくなって自分の尻尾にしがみつく。途端に勢いが増して髪がボサボサになるまでもみくちゃにされてしまった。サクラ助けて! 


「はー。カトレアはんがこんなに可愛い子なんて思わんかったわ」

「そうだねー。いつも凛としててカッコカワイイ! 綺麗なお姉さん! って感じだったもんね!」

「せやな。勝手なイメージで気後れしてもうてすまんなぁ」

「や、やめなさい!」


 はっ! 我慢してたのについサクラと同じようにひっぺがしてしまった。

 せっかく仲良くしようとしてくれたのにやっぱ友達やめようってなったらどうしよう。

 不安になって耳がペタンとしてしまう。恐る恐る二人を見るとなんだか悶えていた。……どうしたのかしら? なんだかサクラみたいよ? 


 ―――

<ミーヤ視点>


 うちは鹿の獣人のミーヤ。七龍学園の魔道具科と商学科に所属している一年生や。

 なんでこの二つの科を選んだかって? そんなの決まっとるやろ! 自分で魔道具作って自分で売ればがっぽり儲けることができるって思ったからや! 


 うちの事はこれくらいでええな? 


 そんで商学科には目立つ子が一人おるんよ。名前はカトレアはん。珍しい狐っ娘な上に綺麗な見た目ってだけでも周りから注目を集めるっちゅうのに、なんと! あのサクラはんの一番の親友なんや! 殿下やライアスはんみたいに有名な人とも知り合いさかい、おのずと注目も集まるってもんや。


 カトレアはんはあれやな。クーデレってやつや。商学科の授業では背筋がピンと伸びた綺麗な姿勢で受け取るし、教授に当てられても悩むこと無く発言できるくらい頭もええ。見ただけでフワッフワだって分かる立派な尻尾に女のうちでさえ惚れ惚れするような容姿。そんでな、たまらんのがサクラはんと一緒にいる時の表情なんや! いつも凛としてるカトレアはんがニッコニコで生き生きしとってな。見てるだけで幸せそうなんよ! 普段とのギャップもあってコロッと落ちちまうな! 実際に商学科の八割の生徒がカトレアはんのことを視線でおっとるし。


 親善試合が終わってから数日間、友達のチコとお話ししながらカトレアはんを見守ってたらな、なんと! 目が合ったんや! すぐに目を逸らしたんやけど見てたのバレてへんやろか? ちなみにチコはドワーフのチビちゃんや。コロッコロしとって可愛い子なんやけどカトレアはんのようにカッコイイお姉さんになるのが目標らしい。


 今日も今日とてカトレアはんを見守ってたんやけど、な、な、な、なんと! カトレアはんが声をかけてくれたんよ! めっちゃ緊張してもうて八割がた何の話したかも覚えてへんけどこれだけは言える。容姿も所作もめっちゃキレイ! いつまでも見てられる! 絶対フワッフワのモッフモフや! 


 ただな、次の日に魔道具科の授業に出てたサクラはんに突撃したんよ! 昨日、カトレアはんと話す時にずっと上の空になってもうたから失礼なことしたな思ったんよ。そしたらな、サクラはんに謝られたんや。心当たりがなかったからなんで謝ったのか聞いてみたらカトレアはんがうちらに気を使わせちゃったって反省してたって! なんやて!? うちらのせいでカトレアはんにショックを与えてしもうたんか……。そこでうちらはサクラはんに宣言したんよ! 


「よっしゃ! 今度はうちらからカトレアはんに突撃するで!」


 ってな! そしたらな、サクラはんが突然笑いだしてどうしたんか聞いてみたらうちらの後ろを指さしたんよ。んで、後ろ振り向くと驚いて耳と尻尾をピンと立てたカトレアはんがおってん。うちらもうびっくりしてもうて、そのまま固まってると段々とカトレアはんの顔が赤くなっていって最後には真っ赤っかなリンゴみたいになったんよ! 可愛いすぎか! 


 そんな姿を見たら緊張なんて吹っ飛んでいってカトレアはんと仲良くなれたんよ! それにしても……あのシュンとしつつチラチラ見てくる時の可愛さの暴力はやばかったわ。


 ―――

<カトレア視点>


 なんとか商学科でもボッチを避けることができたわ! ただ、不思議なことに授業の合間に商学科のみんながお菓子をくれるようになったのよね。ミーヤやチコと分け合って食べてるんだけどどうしてかしら? 


「そんなん決まってるやろ。みんなカトレアはんに貢ぎたいんや!」

「み、貢ぐ?」

「カトレアちゃんがお菓子を食べてる姿が可愛いからね! みんな見たいんだよ!」

「せやせや! いつもは凛としとるカトレアはんがお菓子をモグモグとしとる姿がみんな見たいんや!」


 二人ともサクラみたいなこと言ってるわね……。私がお菓子を食べてる姿なんて面白味も無いでしょうに。


 数日後、今日はサクラと一日遊び倒す日だからいつも以上に入念に尻尾を梳く。どうせ今日もモフられるもの。フワフワの状態に仕上げないとね! 

 ……? なにか違和感があるわね? 何かしら? 

 尻尾を梳いているけどしっくりとこない。フワフワに仕上がりはしたのだけど……。


 案の定出会い頭にモフられた。するとサクラが一言。


「カトレアはシャンプー変えた?」

「変えてないわよ?」


 サクラは気のせいだったかと言って歩きだした。少し気になって尻尾の匂いを嗅ぐ。


「っ!?」

「どうしたの?」

「な、なんでもないわ」


 思わず尻尾と耳がピンと立ってしまった。サクラが振り向いて心配してくれたけどなんとか誤魔化す。

 いつものシャンプーの匂いの他にミーヤとチコの匂いが少し。それと……商学科で貰ったお菓子の混ざった匂い……。うぅ、早くサクラの匂いで上書きして貰わないと……。でも私からモフってくれとは言い難いわね……。どうせ何度も抱き着いて来るんだから少しだけ避ける頻度を減らしてあげよう。……バレないわよね? 


 寮に帰ってから再度匂いを確認する。……いつものシャンプーの匂いと少しのサクラの匂いに戻ったわ! 良かった! 


 次の日の朝、サクラと一緒に寮を出て校舎に向かう。


「そういえば昨日はいっぱいモフらせてくれてありがとう!」

「な、なんのことかしら?」


 バレてた! 一応誤魔化したけどその生暖かい目は止めなさい! 

 今日は私が商学科、サクラが魔道具科の授業を受けるため校舎で分かれる。教室に入るとミーヤとチコがお話をしていた。


「おはよう」

「「おはよう!」」


 二人の席の近くに座る。


「なんや良いことあったんか?」

「秘密よ?」


 ミーヤとチコが男でも出来たのか? って突っ込んでくるけどそんなわけ無いじゃない。私にはサクラがいるもの! 


「そや、カトレアはんは文化祭なにか出店するんか?」


 男じゃないんかと詰まらなさそうな顔をしていたミーヤだったけどそわそわしつつ聞いてきた。チコもそわそわしてるのが分かる。


「ええ、サクラと一緒にする予定よ」


 七龍学園に入学することを決めた時にサクラと約束したことだ。七龍学園は国内一の学園だけあって文化祭の規模もとても大きいの。それも基本生徒会が主導してかつ、出店側が完全に有志だと言うのに凄いわよね。でも、サクラは私との約束覚えているかしら? 


「そうよなー! 相手がサクラはんならしゃーなしや」

「せっかく誘ってくれたのにごめんなさいね」

「いいよいいよ! 二人がイチャイチャ……じゃなくててぇてえ……でもなくて仲良くしてる所を見るの好きだから!」

「ちょっと! イチャイチャなんてしてないわよ!」


 顔が赤くなってるのが分かる。でも友達として普通の事しかしてないと思うの! だからその顔やめてくれないかしら!? 


 結局、サクラと二人きりではなくて三龍生の内の二人とも一緒に出店することになった。ミーヤとチコの二人も誘えば良かったかしら? そう思って二人に声をかけると断られた。私とサクラだけならともかく三龍生と一緒とかムリ! だそうだ。



 喫茶店をやるって言ってるのに刀を見せるだか忍んで隠れるだか訳の分からない事を言う三龍生の二人を働くように誘導したり、巫女服を着させようとしてくるサクラをいなしたり、サクラさんのためなら! と注文以上に気合いを入れるルアード商会の人達をほどほどにしなさいと叱りつけたら余計やる気を出し始めたり……。一ヶ月間忙しく文化祭の準備をしながら深く実感したわ。才能ある人達って変人ばかりなのね……。ミーヤとチコを巻き込めば良かったわ。


 やっと来た文化祭当日。今日も今日とて忙しく準備する中、私の声が響き渡る。


「そこの忍者! 忍んでないで準備を手伝いなさい!」

「サクラ! 他の人達の邪魔をしない! さっさとこっちを手伝いなさい!」

「そこの侍は刀を振るわないで! 飾り付けが外れるでしょう!? というかなんで抜刀してるのよ!」

「あんたたちも早く来たのなら手伝って頂戴。料理の仕込みが終わってるのバレてるんだからね」


 喫茶店だけど料理は業者に任せているため私達がやるのは会場の準備とそれぞれが衣装に着替えることだけのはずなのにこんなにも忙しいのはなんでなのよ!? 


 文化祭が始まる一時間前にやっと準備が終わった時には私はもうヘトヘトだった……。


「うへへ。カトレアをモフり放題だ」

「や、やめなさい……」


 一人ぐったりしてるとサクラがモフりにやってきた。私にはもう嫌がる素振りすら見せる気力がない。サクラのモフモフの気持ちよさに身を委ねるのであった……。


 ―――


「狐の嬢ちゃんコーヒーちょうだい」

「こっちはミルクティーで!」


「あれがサクラさんか。遠くで見た時より可愛いな」

「アタックしてみるか? 世間知らずっぽいし行けんじゃね?」


「わぁー! 忍びだ忍び! 影分身やって! 手裏剣投げて! 手のひらで丸い螺旋状の球作ってってばよ!」

「ふむふむ。あの刀、相当な業物でごさるな!? あれを使いこなすとは……」


 思ってた以上に人が多すぎるわ……。接客って大変なのね……。とりあえず馬鹿なこと言ってる男達には熱々のコーヒーにタバスコでも入れてから出しておこう。


 昼の時間が過ぎ、少しづつ客の数が減り始める。少し休憩しようかしら? と考えていると突然扉が開いた。


「ミーヤちゃんが来たでー! さあさあもてなしたまえカトレア君!」

「カトレアちゃん、遊びに来たよー!」


 ……休めなくなったじゃない。とりあえずミーヤは引っぱたこうかしら。


「いらっしゃい。席はあそこよ。ごゆっくりどうぞ」


 とりあえずミーヤを引っぱたいたら席に案内する。


「カトレアちゃん可愛いね!」

「うちの為になにか祈ってや! あれでもええで。口噛み酒作って配るとか!」

「チコ、ありがとう。ミーヤ? やるわけないでしょう?」


 今私が着てるのはサクラに勝手に決められた巫女服だ。褒められるのは素直に嬉しい。ミーヤはもう一度しばいておく。


「今なら少し空いてるしカトレアも休憩に入っていいよ」


 サクラのが嬉しいことを言ってくれた。お言葉に甘えて休憩に入る。ミーヤとチコがいる席に同席させて貰った。


「ごっつ盛況やったな! 朝から来ようと思ってたんやけど入れんかったわ」

「ごめんなさいね。三人の知名度が高すぎるせいで人が多くなっちゃったのよ」


 三龍生にそれに勝っちゃう一年生だものね。知名度だけは抜群よ。


「……カトレアはんも十分有名人やんなぁ」

「……有名じゃないと思ってるの本人だけだよね」


「どうかした?」

「いや、なんでもないで。なぁチコ」

「そうだね。ははは」


 なにか言ってたと思ったのだけど気のせいだったみたいね。

 休憩時間一杯使って、準備が大変だっただの今日は忙しくて遊びがあまり時間取れなかっただの近況を教えあったりどこの出し物が面白かったとかあの出し物は行く意味なかったとか文化祭がどんな感じだったのかの話を聞いたりした。


「ほな、うちらんとこも遊びに来てやー!」

「カトレアちゃんまたね!」


 私の休憩時間も終わり仕事に戻ると二人も出ていった。


 しばらく接客していると突然歓声が湧いた。そちらを見るいつの間にか凶悪な顔をした男が侍さんを倒したところだった。そちらは一旦見なかったことにしてサクラの母親であるローズさんのところに向かう。


「ローズさん。お久しぶりです。いらっしゃいませ」

「カトレアちゃん可愛いわね〜。サクラにも巫女服を着て欲しいわ〜」

「後で着せさせて写真を撮っておきますね」

「ほんとう? 嬉しいわ〜。ありがとう」


 前にサクラから貰った魔写機を使ってみよう。魔写機は風景をそのまま切り取った絵を作り出す魔道具でサクラのアドバイスを元にとある商会が作った物よ。日本にある“かめら”のイメージを伝えたら作ってもらえたらしいわ。まだ試作品だから使って感想が欲しいと頼まれて今は私が持っている。専用の紙を設置してから魔力を流すだけだから誰でもお手軽に使えるわ。


 ローズさんのお願いと言えばサクラも断れないだろうし、そのまま私の分も撮っておかないとね! 


 そのままローズさんとお話をしているとサクラが凶悪な顔をした男を連れてやってきた。小さい頃は怖すぎてずっと威嚇してたけど今はもう大丈夫! ……目を合わせなければね。


「よう。カトレアの嬢ちゃん。久しぶりだな」

「ええ、お久しぶりです」


 サクラのやや後ろにゆっくりと移動して少しだけ隠れる。こらサクラ、こっそり動いてるんだから笑わないの! バレちゃうでしょう! 


「ウィードさんが勝ったからウィードさんも母さまも会計は無料だよ!」

「おめでとうございます」


 凶悪顔の男の名前がウィードで、サクラの刀の師匠よ。良い人だとは分かってるけど殺人鬼と言っても納得の顔をしてるウィードさんに私は未だ慣れていないわ。


 三龍生の要望を無理やり詰め込んだ結果、私達の喫茶店では侍さんに居合切りで勝つと食事代が無料になるサービスを取り入れている。どうやら三年生で一番強いと言われている侍さんにウィードさんが勝ったから歓声が上がったみたいね。……血もでて無いのに一瞬殺人現場に見えるなんてさすが? ね。ええ。


「母さまとウィードさんも来たしそろそろ切り上げて遊びに行こうか!」

「そうね。そうしましょう」


 忍と侍さんに後を任せるのは不安が残るけどルアード商会の人達もいるから大丈夫よね? 


 ―――


「どこ回る?」


 サクラの質問に少し悩む。国内一の学園だけあって有志しか出店していなくても数がとても数が多い。でもとりあえず二人のところは抑えたいわね。


「ミーヤとチコのところでも良いかしら?」

「おー! ミーヤのところだね! もちろんいいよ!」


 ローズさんとウィードさんも賛成してくれたから四人でミーヤのところに向かう。

 確か二人は魔道具の押し売り……じゃなくて販売会をするって言ってたわね。場所は……。あそこね。


「いらっしゃいませー! うちらんとこに入ったからには何か買うまで外に出さんでー!」

「冗談だからね! 見ていくだけでもいいからねっ!」


 近付くと聞こえる二人の客引きの声。ミーヤのそれは人が入って来なくなると思うわよ? 


「あら〜。盛況じゃない。サクラちゃんのお友達も凄いのね〜」


 ローズさんが驚いた? 声を出す。ローズさん、口調がのんびりすぎて驚いてるか分かりにくいのよね……。

 それにしても普通に人が多いわね。何か買わないと出さないって喧伝してるような場所よ? 普通は躊躇するでしょうに。


「おおきに。また来てやー!」

「いらっしゃいませ! あ! カトレアちゃんだ! え? 強盗? カトレアちゃん、サクラちゃん、後ろ気を付けて!」


 二人が働いてる所を見てたらチコが私達に気付いた。そしてそのまま強盗扱いされるウィードさん。


「待て待て待て、強盗じゃねえよ!」

「ひっ!」


 ウィードさんが慌てて否定しようとしたら怖がったチコがミーヤにしがみついた。


「チコ、安心して良いわよ。顔があんなんでも良い人だから」


「ウィードさん! 顔怖いんだから初対面の人に大声出しちゃダメだよ!」


 私がチコを落ち着かせに行きサクラがウィードさんを叱る。そういえばミーヤは平気そうねと見てみると可愛い系の商品を漁っていた。え? それをウィードさんに売りつける気? 


「ごっつ顔が怖いなら可愛いアクセで中和した方がええんちゃうか?」

「……余計に不気味がられるだけよ」

「せやな」


 あははと笑うミーヤ。サクラに叱られて落ち込んでるウィードさんをちらりと見つつミーヤに聞く。


「ウィードさん怖くないの?」

「顔は怖いけど大丈夫や! サクラはんが悪い人をカトレアはんに近付けるわけないからな!」


 そこが判定基準なのね。確かにサクラが危険人物を放っておくとは思えないわ。


「じゃあサクラが今いなかったら?」

「そんなん決まっとるで! 商品全て差し出して物色してる間に逃げる一択や!」


 ウィードさんが聞いたらさらにへこみそうね。

 気を取り直して四人で商品を物色する。普通のお店よりも安いわね。でも変な効果の物が多い。もしかして自作かしら? こっちの虫除け用の魔道具はチコ作で、あっちの虫集め用の魔道具はミーヤ作ね。デザインもっとどうにかならなかったのかしら? 


「お、さすがカトレアはんや! うちオススメの一品やで! その光沢ある黒光りボディが他の虫達を誘惑するんや! 頭から出た二本の触覚で虫の多い位置を割り出してそっちの方に進んでいくから効率よく虫さん集められるで! 六本足で安定した走行が可能や!」


 気になったらしいサクラがこちらに来ると一目見て悲鳴を上げた。ただの虫型魔道具なのにどうしたのかしら? 

 疑問符を浮かべてるとサクラが耳打ちで教えてくれた。え? 日本って国にあの姿の害虫がいた? 一匹見たら百匹いると思えって? うじゃうじゃ大量に居るのが気持ち悪い? サクラにも苦手な物あるのねって返したら違う、そうじゃない。って言われたけどどういうことかしら。


 ウィードさんが騒がせた詫びだって言って魔道具の大人買いをしたらチコがあの人良い人だ! って言っていたけどチョロすぎて心配になるわ。あとで飴を貰っても人について行かないように注意しておかないといけないわね。


 小腹が空いてきたから屋台を見て回る。サクラがお稲荷さんの屋台を見てオススメしてきたけど知り合いが作ってるのかしら? せっかくだからと買って食べたら美味しかったけど、変哲もない普通のお稲荷さんだったわね。

 どうして進めたのか聞くとお稲荷さん好きじゃないの? って聞いてきた。なんでそう思ったのか聞くと狐の獣人だからって言われたわ。よく分からなくて首を傾げたらサクラも一緒に首を傾げていた。


 そんなこんなで色んなお店を冷やかしていると、ウィードさんがとうとう突っついてきた。


「さっきから桜姫はるひめって聞こえるけど誰のことだ?」


 ニヤニヤしながらサクラを見ている時点で察してるみたいね。そう。結論から言うと桜姫はるひめはサクラの事よ。殿下やライアスさんとの戦いの時に誰かが言い始めて一気に広がったの。サクラ本人は嫌がってるみたいだけどなんでかしら? 可愛いあだ名なのに。


 サクラが惚けてるけど無理があるでしょう。バレバレなのよ? 


「いやー、薔薇の女王の娘が桜姫だと……」


! 突然のプレッシャーに全身の毛が逆立つ。本能的にサクラにしがみついてしまった。耳を閉じてプルプル震えてるとこちらに視線が向くのを感じた。


「カトレアちゃん……。何か聞こえましたか?」

「な、なにも聞こえてないです」


 悪魔の質問に全力で首を横に振る。優しい声なのに圧が……圧が凄い。サクラ! あなたの母親なんだからどうにかしなさい!  なんて心の中で泣き叫びながらも半泣きに抑えつつサクラを見上げる。少しして私のアピールに気付いたサクラが話題を逸らしてくれた。


「か、母さま。この学園にミスコンあるの知ってる?」


 プレッシャーが消えた。サクラありがとう! 大好きよ! ………………はっ! な、なんとなく恥ずかしいわね。こっそりとサクラから離れる。モフモフが……じゃないわよ! 後でモフらせてあげるから今は止めなさい! 


 サクラが話題を変えたおかげでローズさんの機嫌が戻ったわ! ただ戻りすぎて機嫌良くなってるのは気になるわね。


「もちろん知ってるわよ〜。朝の時間帯はサクラちゃんの喫茶店が混んでて入れなかったから暇つぶしにサクラちゃんのことを申し込んできたもの〜。言うの忘れてたわ〜」

「朝コソコソしてたのはそれだったのか。ま、嬢ちゃんなら良いとこ行くだろ」


 サクラが呆然としてる間に盛り上がる二人。サクラの勇姿も見たいけどただでさえ人気が高いのに変な虫が寄ってきたらどうしよう。悩んでるとローズさんが耳打ちしてきた。


「舞台の上だとサクラの姿が良く映えるわよ〜? 写真をいっぱい撮りましょう?」

「サクラ! あとから放送で呼び出されるのと自分から行くのどっちがいいの?」

「カトレアが買収された!?」


 なんのことかしら? サクラが放送で呼び出し受けるのを嫌がると思っただけよ? 


「いや、決勝選ばれないから放送でも呼びだされたりしないよ!」

「サクラちゃんが選ばれないミスコンなんてある意味がないと思うの」


 あ、ローズさんの機嫌が少し下がった。もう少しでサクラも腹を括りそうだけど一押しトドメが必要ね? 


「サクラ。諦めなさい。あなたが決勝に選ばれないわけないでしょう?」

「う。カトレアも一緒に応募を……」

「もう申し込み期限は終わってるわよ。それにまだやってたとしても今から申し込んで決勝に残れるわけないでしょう?」

「か、カトレアなら可能性が……」

「ないわよ」


 サクラが私を巻き込もうとしてるけど無理よね。ええ、確認したわけじゃないけど時間的にも終わってないと決勝進出者の選定が間に合わないものね? 

 うん、サクラはガックリしつつも腹を括れたようね。会場に向かいましょうか。


 ―――


「おまえらーーー! 盛り上がってるかーーー!! 今日は運命の日。そう。ミス・コンクールだー! 今からミスコン決勝進出者を発表するぞーーー!」


 ミスコンの会場に着くとちょうど始まるところだった。

 ローズさんを見て頭を抱えるサクラを見て思う。ローズさんがミスコンの申し込みをした時点で決勝に選ばれて勇姿を私達に見せるか決勝に選ばれずにローズさんの機嫌が悪くなるかの二択でしか無いことにやっと気付いたのね。

 こら、こっちを見ても私には何も出来ないわよ。え? 仕方ないわね……。こっそりと尻尾をサクラに近付ける。サクラも私の尻尾をモフって少し気分が復活したようだ。もう良さそうと思って尻尾を取り返すとサクラがしゅんとした顔でこっちを見てきた。そんな顔をしてもダメよ! 


「そして最後の七人目は…………親善試合で華麗で衝撃的なデビューを果たしたこのお方!! 今や学園内に知らない人はいないでしょう! なんと! そんな彼女がお母さまの推薦により参上しました!! 桜姫はるひめことサクラさんです!」


 サクラと遊んでいる間にミスコンも進み、七人目にサクラが選ばれた。無事にサクラの勇姿が見られると喜んでいる間も話は進んでいく。


「おっとーーー! どうやら集計に一部漏れがあったようだぞー? 皆様、大変失礼致しました。私共の不手際で華麗な美女の一人をお見せすることが出来ない所でした。お詫び申し上げます」


 嫌がるサクラの背中を押す私の背中に嫌な汗が流れる。……まさか私が選ばれるなんて無いわよね? 


「なんとなんと! 七番目の美女は得票数が同数だったようだぞー! まさに奇跡! 集計ミスはあったけど、既に呼ばれてる人はそのままでよし! 観客達はサプライズでもう一人の美女に拝める! 良いことずくめだー!」


 会場内に歓声が上がる。この雰囲気で呼ばれたく無いわね。ま、大丈夫でしょう。私に票を入れるくらいならサクラに入れるだろうし……。


「伝説の八人目はこの人! 狐のお耳がチャーミング! 凛とした姿も良いけれど、相棒といる時の可愛い表情とのギャップで落ちた人は数しれず! 参加表明が遅かったのにも関わらず圧倒的速度て追い上げたぞー! 商学科の友達の推薦により参上しました!! 立派な尻尾が目印のカトレアさんだーーーー!!」


 ……聞かなかったことにしましょう。サクラの背中を押すのを止めて会場から出ようとすると腕を掴まれた。振り向くとサクラがニッコリと笑っている。死なば諸共とでも思っていそうね……。それにしてもこんな顔でも可愛いなんてサクラはずるいわね……。

 ローズさんが手を振る中、私は現実逃避をしている間にサクラに決勝の檀上に引き摺られて行った。


 ―――


 無事に? 文化祭が終わった次の日、私はミーヤの前で仁王立ちしていた。

 ミスコンはどうだったかって? サクラの勇姿とサクラが優勝した瞬間は覚えているわよ! え? 私はどうだったかって? ……恥ずかしすぎて記憶から抹消したわ! ええ、ヤケになってサクラと二人で檀上に立ったことなんて覚えてないんだからね! ……ローズさんが撮った私達のツーショット写真を持ってるけどサクラには秘密よ? 


 話がそれたわね。今私はミスコンの元凶であろうミーヤの前で仁王立ちをしている。


「カトレアはん? どうかしたんか? 顔が怖いで」

「身に覚えがあるんじゃないかしら?」


 聞いてみると途端にミーヤの目が泳ぎだす。


「あはは、美人の怒り顔は迫力が違うなあ……」

「カトレアちゃんは怒った顔も綺麗だね!」


 ミーヤが目を逸らした所を追撃しようとしたらチコが変な事を言い出した。


「や、止めなさい」


 顔が少し熱くなる。チコを見るとからかってるわけではなく本心で言ってることが分かるから余計にタチが悪いわ。


「ええー? 本当なのにー!」

「せやな、ミスコンの決勝に残るくらいやもんな!」


 不満顔のチコを宥めてるとミーヤがチコに乗って誤魔化そうとしてきた。

 罰としてミーヤの角を引っ張る。


「やめてーな。角だけは、角だけはー!」

「勝手にミスコンに申し込んだ罰よ。黙って受けなさい」


「タンマタンマ。うちちゃうで! 申し込んだんはチコやチコ! 冤罪反対!!」

「へ?」


 チコを見ると頷いている。……か、勘違いだったようね。恐る恐るミーヤを見るとドヤ顔をしてる。なんだか腹が立つわね。


「ほら、冤罪吹っかけたんや、謝罪をしてもらなあかんな?」


 ニヤニヤするミーヤを思わず引っぱたきたくなる。でも我慢しないといけないわね……。


「ごめ「ミーヤちゃんに頼まれたの!」え?」

「ちょいチコ! ネタばらしが早いねん! はっ!」


 ミーヤに謝ろうとしたらチコが教えてくれた。ミーヤが慌ててるけどもう遅い。


「か、堪忍やで……」


 引きつった顔をしているミーヤにニッコリと笑顔を向ける。この後直ぐミーヤの絶叫が響き渡った。


 ―――


 ただでさえ親善試合で有名になりかけていたサクラだったけどミスコンに優勝した事で余計に注目され始めた。泣きついて来るサクラをあやしつつ数日を過ごしているとある日の放課後にミーヤとチコも泣きついて来た。


「どうかしたの?」

「勉強を、勉強を教えてくださいませカトレアさまー」

「カトレアちゃん。チコ達に勉強教えて欲しいな?」


 そう言えばもうすぐ中間試験があったわね。と思い出す。

 サクラのおかげで私は授業もついていけてるしわざわざ試験に向けた勉強をする必要も無かったから頭からすっかり抜けていたわ。


「分かったわ。……そうね、準備は……できてるみたいだし私の部屋に来てくれるかしら? サクラもいるから魔道具科の勉強もできるし」

「ありがたやー。ホンマ創造神様神霊様カトレアさまやなー!」

「止めなさい」


 不敬なことを言うミーヤを叩く。痛がるフリをしてこっちを見てるけどしつこいなら角引っ張ってもいいんだからね? 


 私の不穏な気配を感じ取ったのかミーヤはふざけるのをやめて移動し始めた。


 私達の部屋の中に入った途端、ミーヤが走り出す。


「お宝はどこやー! チコ! 一緒に探すでー!」


 お宝って何よ。と思いつつミーヤが部屋を荒らすことを予想していた私はミーヤの首根っこを掴まえる。ついでにチコを見ると真っ青な顔をして首を横に振っていた。どうやらしばくのは二人・・で済みそうね? 


 悪ノリしたサクラとミーヤをしばいた後、二人に罰を言い渡す。


「サクラは一週間モフるの禁止。ミーヤは……明日から三日間勉強を教えないで良いかしら?」


 途端に絶望した顔をする二人。そもそもサクラは同室なんだから見るも何もなかったでしょうに。


「そんな……。モフモフが……癒しが……」

「そんな殺生な……。試験……オワタ」


 思っていた以上にダメージを受けてるわね……。とりあえず二人は放っておいてチコに勉強を教えましょうか。


 しばらくして復活した二人は魔道具科の勉強を始めた。ちゃんとやる時にはやるのね。なんてやや保護者目線になりつつもチコの勉強を見る。


「……。一度教えたことはちゃんとできてるじゃない。これなら私に聞きに来なくても問題ないんじゃないの?」


 うん。泣きついてくるからどんな感じかと身構えていたけどチコはかなり頭が良いみたい。この感じだと授業だけでも理解できると思うのだけど……。


「えへへ、授業中はミーヤちゃんとお話するかカトレアちゃんを眺めてるかのどっちがだから授業聞いてないの!」

「そうだったのね。……ちょっと? 何しに学園に来てるのよ」


 キッパリと言うから一瞬流しちゃったじゃない。ホントこの子は何をしに学園に来てるのよ! 


 しばらくチコに教えた後、チコとミーヤが位置を交代する。


「んで、こっちは?」

「ここどうなってん?」

「こことここ分らんのやけど」

「ここって……」

「ここは……」


 初っ端から質問攻めにあった。ミーヤ……。良くこの学園に入学できたわね……。


「あ、カトレア。ミーヤは分かってるところも楽しようとして聞いてくるから適当に流さなきゃダメだよ!」


 こちらの様子に気付いたサクラが教えてくれた……。言うのが遅いわよ! サクラに八つ当たりして頬を摘む。あら、よく伸びるわね。


ひゃひょへひゃひゃへへカトレアやめて


 サクラの抗議でハッとする。よく伸びると夢中になってしまっていたようね。

 手を離してミーヤの方を向く。


「ミーヤ? 真面目にやらないなら三日と言わずずっと教えなくてもいいのよ?」

「イエス! ボス!」


 私のニッコリとした笑顔をを向けられたミーヤはその場で敬礼をした。


「じゃ、やりましょうか。……返事だけじゃないことを祈るわ」


 私のボソッ言った呟きに気を引き締めたらしいミーヤはその後しっかりと勉強に集中してくれた。


 ―――


 数日が経過し、中間試験が終わった。今日は結果が返される日だ。また、それとは別に上位二十位以内に入ると掲示板に張り出されるため、順位を確認したい人達は掲示板の前に集まる。


「何位に入ってるかな? 五位以内だといいな」

「サクラなら一位も行けると思うけど?」


 お世辞ではなくそう思う。普段はおバカなのに頭の回転は速いし日本の国の知識のおかげで基礎学力も高い。普段の言動からは想像つかないけどね……。


「いやー、それは無理かな? 殿下みたいな天才には勝てないし」

「確かに殿下の優秀さは知ってるけど……」


 この国の王太子だけあって殿下は小さい頃から英才教育を受けている。十歳の頃には国政に関わり始めたとか、ここの学園も全教科満点の首席合格だったとかの話も聞く。サクラが殿下と関わることがあるから私もたまにお話をして、その時に頭良いんだなとも思う。でもサクラが一位だと思うのよね。きっと学園が殿下贔屓の採点をしてると思うの。


 そんなこと思ってる間に順位が開示された。


 *****

 魔法科

 一位 シルビア殿下(500/500)

 二位 ガーベラ(488/500)

 三位 サクラ(480/500)

 四位 カトレア(476/500)

 五位 ……

 ……


 *****

 魔道具科

 一位 サクラ(300/300)

 二位 チコ(298/300)

 三位 ……

 ……


 *****

 商学科

 一位 カトレア(278/300)

 二位 チコ(276/300)

 三位 ……

 ……


「あ、魔道具科は一位だった。カトレアも商学科一位おめでとう」

「そうみたいね。ありがとう。サクラも魔道具科一位おめでとう」


 魔法科の結果をみてやはり学園側が操作してるんじゃ? と疑い始める。


「魔法科の順位はカトレアと前後だね!」

「そ、そうね」


 やっぱり不正は無いみたいね。名前が並んでいるとサクラと仲良しみたいでなんとなく嬉しい。私達の名前を眺めてるとクルクル巻かれた金髪が特徴的なガーベラさんが近づいてきた。彼女は殿下の事が大好きで、殿下に目をかけられているサクラの事をライバル視しているの。サクラがあの金髪ドリルを引っ張ってみたいってよく言ってるわね。


「サクラさん。見ましたか? これがわたくしの実力ですよ!」

「さすが生徒会の副会長様ですね! おめでとうございます!」

「もう、張り合いがありませんわね。まあいいでしょう。今度の実技でもわたくしが勝ちますからね」


 言うだけ言ってガーベラさんは去っていった。サクラが言ったようにガーベラさんは一年生ながらに生徒会の副会長なの。ちなみに生徒会会長は殿下でガーベラさんは殿下の近くに行くためだけに副会長になったって噂があるわ。……サクラが高笑いしなかったってしょんぼりしてるけどそれって普通じゃないの? 


 私達も順位を確認し終えたため部屋に戻る。ミーヤとチコのテスト結果も確認しないとね。……チコの名前も載ってた気がしたけど何位だったかしら? 


 次の日、商学科の授業に顔を出すとニコニコ顔のミーヤとチコがお礼を言ってきた。


「カトレアちゃんありがとう!」

「ホンマありがとう! おかげで赤点回避できたでー!」


 ……あれだけ教えてやっと赤点回避なのね。次はもっとスパルタで教える必要があるかしら? 期末試験をどうしようかと悩んでいるとチコが私の袖を引っ張ってきた。


「ミーヤちやんはいくら勉強頑張っても赤点回避ギリギリの点数しか取れないよ!」


 いやなんでよ。期末試験は教えなくても良いのかしら……。


「勉強しないと赤点とると思うから教えてくれると嬉しいな!」

「下には点数が振れるのね……」


 ま、勉強会も楽しかったからまたやっても良いけどね! 


「でもカトレアはんもサクラはんもチコ抑えて一位なんて凄いんやな!」

「……?」


 どういうことかしら? 


「チコは天才やからな。一度見聞きした事は忘れんのやで! そもそもチコが満点逃してることも驚きやけどな!」


 なんでミーヤが自慢げなのよ……。でもそうか。教師役だった私達よりいい点を取らないように調整してくれたのね。チコを見ると気まづそうに頬をかいている。


「チコ。私やサクラに遠慮しなくて良いのよ。テストだって手を抜いたら意味無いわ。チコの点数が良い方が教えがいがあるんだからね?」


 サクラに教わったウインクをしつつチコの頭を撫でる。するとチコがプルプル震え始めた。わ、私に頭撫でられるのそんなに嫌だったかしら……。少し慌てているとチコが突然抱きついてきた。


「カトレアちゃん! いや、お姉様! 大好き!」

「お、お姉様はやめて……」


 チコがえー! と文句を言ってるけど恥ずかしいからやめて欲しいわね。


「うちのチコがカトレアはんに取られてもうた」

「取ってないわよ!」


 落ち込んだふりをするミーヤにツッコミをいれる。チコ? だらしない顔を人前でするんじゃありません! 恥ずかしいから匂いを嗅がないで! 


 なんでかしら……。私の周りの人前が全員変人になった気がするわ……。


 ―――


 中間試験が終わって一ヶ月が経ち、体育祭が近づいてきた。会う度に抱きついてくるようになったチコをひっぺがしたり対抗して抱きついてくるサクラをひっぺがしたり仲間外れはいややーって言って抱きついてくるミーヤをひっぺがしたりして過ごした……。なんだかずっと誰かしらをひっぺがしてるわね……。


 気を取り直して、体育祭には個人種目と団体種目。それから科対抗種目があるわ。団体種目と科対抗種目の違いはグループの括り方ね。団体種目は科に関係なくグループが組めるの。


 個人種目はその人が所属してる全ての科に得点が入るわ。私だったら魔法科と商学科ね。グループ種目はグループに所属する人によって配点が変わるの。私とサクラのグループだと魔法科に五割、商学科と魔道具科に二割五分点数が加算されるわ。そこから人数の差分を無くすだとかよく分かんない計算をしてそれぞれの科に加点されるのよ。科対抗種目はどの科で参加するのかを決めて出場するの。私が魔法科として参加すると商学科には点数が入らないってわけね。


 まあ、説明が長くなっちゃったけどあまり気にしなくて良いわ。魔王を警戒する必要があってサクラは競技に参加しないもの。

 それに、サクラが既に魔王が復活しててもおかしくないと言っていたし何も考えずに体育祭を楽しむってことは難しそうね……。



 私は個人種目の障害物競走と団体種目の魔弾合戦にミーヤとチコと三人で出場する。


 障害物競走は網をくぐったり細い縄の上を走ったり土壁を壊したりと魔法を使って障害物を突破しつつゴールを目指す競技よ。

 ゴール直前の障害物であるエネミーは到着順によって強さが変わり、一番最初に到着すると強く、二番手から徐々に弱くなっていく仕様なの。最後まで逆転の目があるところが面白いところね。遅い方がエネミーに時間を取られないけどエネミーまで着く前に先頭の人がエネミーを撃破するかもしれないからどのタイミングで接敵するかが重要になってくるわ。


 魔弾合戦は……。雪合戦……いや、サクラが言ってたサバゲー? をイメージすればいいかしら。まず、参加者には魔弾を発射する魔道具と光の点灯する三つの的が配られるわ。参加者は体の外から目視できる場所に的を装着するの。的が魔弾に当たると光が消えて、三つとも撃たれたら退場になるわ。相手チームの全員を退場させた方の勝ちよ。会場に元から設置してある土壁をどう活かすかが大切ね。

 この競技の面白い所は魔法の使用回数に制限がかかっているところ。魔法の使用回数は一人最大で六回まで。一度魔法を使うと一つの的の光が強くなる。つまり的の位置が相手に分かりやすくなるのね。二度目三度目の魔法を使うと残り二つの的も明るくなるの。そして、四回目からは魔法を使う度に的の光が消えていく。要は相手に魔弾を撃たれたのと同じ判定になるわ。最大で六回というのはもともと無傷の状態でも六回魔法を使うと強制退場になるからよ。もちろん魔法を一度も使ってない状態で的を撃ち抜かれた場合は魔法を使用できる回数が減っていく。この限られた魔法の使い方次第では格下でも格上の存在に勝てたりするところが面白いのよね。


 サクラが魔王対策の話し合いに行き、暇になった私はミーヤとチコと三人で魔弾合戦の作戦会議をすることにした。とりあえず二人の部屋に向かう。


 コンコンコンっ


「お姉様。いらっしゃい!」


 ノックをするとすぐに扉が開きチコが飛び込んでくる。


「チコ? お姉様は止めてって言ってるでしょう?」

「分かったよ! お姉様!」

「……」


 この子は話を聞く気ないのかしら……。


「カトレアはんいらっしゃい! ゆっくりしていってな」


 ……なんだかミーヤがまともに見えるわね。目でも可笑しくなったかしら。


「ひどない!? うちはいつでもまともやで!?」


 それは無いわね。ミーヤの言ってることは聞かなかったことにして本題に入る。


「今度の体育祭の魔弾合戦の作戦会議をしに来たんだけど時間はあるかしら?」

「お姉様のためならいくらでも!」

「うちも大丈夫やで! やるからには優勝目指さんとな!」


 さすがに優勝は無理だと思うけどミーヤの気概は見習わないといけないわね。


「そうね。優勝目指すためにはどんな作戦を立てればいいかしら?」

「はいはいはいはい!」


 チコが勢いよく手を挙げたのでとりあえず差してみる。……挙手制じゃないわよ? 


「私がお姉様の盾になります!」


 ……最近チコからの愛が重いわね。何がここまでチコを突き動かすのかしら……。


「それは作戦とは言わないから却下します。それにチコも最後まで参加したいでしょう? 私の盾になるとすぐに退場になるかもしれないのよ?」

「じゃあミーヤちゃんを盾にします!」

「チコ!?」


 ミーヤを売ったわね……。というかまず人の盾になるところから話を逸らした方が良さそう。


「人を盾にするのはなしよ。ミーヤは何ないい案あるかしら?」

「せやなあ。カトレアはんのお色気……やなくてあれやな、順々に隠密行動する作戦がいいと思うわ」


 最初はふざけようとしたミーヤだったけど私とチコに睨まれてすぐに撤回した。順々とは? 


「開始直後にうちがど派手な魔法ぶちかますからその間にチコとカトレアはんは隠れる。んで、相手が二人を見失ってる間に接近して魔弾を当てる。片方が当てた場合は当てた方が派手な魔法を使って目くらましをしてその間にうちともう一人が隠れる。っちゅうのを繰り返すんや。どや? 上手く行きそうやろ」


 そうそう上手くは行かないと思うけど思っていた以上にまともね……。


「あなた本当にミーヤ? 偽物じゃなく?」

「カトレアはん!? さすがに失礼やで!?」

「チコもお姉様と同意見だよ!」

「ち、チコまで……」


 項垂れたミーヤを放っておいて今の作戦がどうか吟味する。……意外と良いんじゃない? 後は細かいルールを詰めるだけでいい気がするわ。


 作戦を詰めてから二週間、魔弾合戦の練習をしていた。途中、サクラ相手に魔弾合戦の練習試合をしてボコボコにされて自信を失いつつも再度作戦を詰めたりサクラにアドバイスを貰ったりしながら過ごし、体育祭当日になった。


 学園長が開会の挨拶をしたら各科に分かれてリーダーが簡単な話をする。ちなみに魔法科のリーダーは殿下で、商学科のリーダーは三年生の人よ。最初は私に商学科のリーダーの白羽の矢がたったけど柄じゃないと言って断ったわ。チコが残念がっていたけどそもそも一年生がリーダーをやることに違和感を持って欲しかったわ。


 殿下の話も終わり、午前の競技が始まる。障害物競走は午前、魔弾合戦は午後にあるわ。サプライズで聞いたのだけど、昼にサクラや三龍生といった豪華メンバーの殺陣や演舞があるらしいの。魔王への警戒はどうしたのかって? そんなものはサクラに聞いてちょうだい。というかサクラがいる時点で心配してないわ。


 午前中はサクラが見回りに出ていて居ないから障害物競走まで暇ね。ミーヤとチコは居ないかしら。と探そうと思ったら向こうからこちらに来た。


「お姉様おはよう! 今日は頑張ろうね!」

「みんなのアイドルミーヤちゃんやでー! カトレアはんおはようさん」


 突撃してきたチコを受け止める。お姉様呼びの矯正は……もう諦めたわ……。


「チコは今日も元気ね」

「チコはいつでも元気だよ!」


 チコ、元気なのは良いけど顔を擦りつけないでくれるかしら。結構くすぐったいのよ? やんわりとチコを引き剥がすと一瞬不満げな顔をしたけどすぐに笑顔になる。


「チコはちぃと元気過ぎるな。ええ事やけど」

「今日は活躍するよ!」

「ええ、頑張りましょうね」


 ミーヤもチコもやる気は充分のようね。午後の魔弾合戦が楽しみだわ。


「あれ? お姉様その綺麗な石っていつも鞄に付けてるやつだよね?」

「これ? サクラから貰ったお守りよ。一応普段から持ち歩いているんだけど今日はしっかり身につけてって言われたのよ」


 いつもより真剣な表情をしたサクラの言葉に私は頷くことしか出来なかったのよね。……ちょっとカッコよくてドキッとしたのは内緒よ? 


「そうなんだね。……やっぱりお姉さ……カトレアちゃんにとって一番はサクラちゃんなんだね」

「! チコ。ええんか?」

「うん! いいの! サクラちゃんの事も好きだしカトレアちゃん達がイチャイチャするのを見るのも好きだからね!」


 頑なにお姉様呼びしてたのに名前呼びに戻ったわね? というかイチャイチャした記憶はないんだけど!? 


「そかそか。ほな、カトレアはん。障害物競走にはよ行かな遅れてまうで!」


 ミーヤに言われてもうすぐ障害物競走の時間になる事に気付く。


「そうね。行ってくるわ。午後の魔弾合戦頑張りましょうね!」


 ―――


 障害物競走が終わった。……結果はどうだったかって? 

 ……最下位よ最下位! 


 それがね? 尻尾が網に引っかかって動けなくなっちゃったのよ……。フワッフワに仕上げていたことが仇になったわ……。


 気を取り直した所でお昼ご飯の時間が来た。今日のお昼はサクラが朝から張り切って作ってくれたお弁当でいつもより豪華なの! 


 今日ばかりはいつも室内で礼儀作法正しくお行儀よくご飯を食べているお貴族様達も外で食べるみたいね。……執事さんやメイドさんが慌ただしくオシャレな机やら椅子やらを準備してるみたいだけど。私達平民は地面にシートを引いてシートの上に座って食べてるわ。サクラのアイテムボックスの中に机も椅子も入ってるからお貴族様の真似事はできるんだけどね。サクラの謎のこだわりでそれは無しになったわ。


 ご飯も野菜も一口サイズに分けられてるおかげでどれも食べやすいわね。むね肉の唐揚げもさっぱりしていて食べやすいわ。サクラは鼠型のソーセージとかオススメって言っていたけど何か可愛くて食べるの勿体ないわね。サクラ? こうしたら食べやすい? ってソーセージを動かすのやめなさい。生きた鼠っぽいでしょ? って言われても私食べないわよ? というか食べ物で遊ぶのやめなさい! お昼を食べつつサクラとのお話を楽しむ。


「障害物競走惜しかったね」

「見なかったことにしてちょうだい……。それにしてもサクラは障害物競走得意そうね」


 見られてたのね……。励ましてるみたいだけど全く惜しくなかったわよ! 


「なんでそう思うの?」

「私と違って出るとこ出てないじゃない」


 尻尾も耳も出っ張ってない分、網に引っかかりにくそうよね。


「私がまな板だと言いたいのか!」

「? サクラには引っかかる尻尾も耳も無いでしょう?」

「そっちだったか」


 他に何があるのかしら? まあいいわ。それよりも。


「見回りはどうだったの?」

「今のところ何も無いかな。むしろ最近活性化していた魔物の数が減ってるみたい。驚きだよね」


 言葉ほど驚いてる様子はなさそうね。


「心当たりがあるのね?」

「いくつか候補はあるけど一番嫌で可能性が高いのは水面下で力を蓄えることかな」


 力を蓄える? 戦力の強化かしら。


「次点で嫌なのは魔王が完全に復活しててこの国を後回しにしていること」

「他の国を先に襲うってこと?」

「うん。この国には魔王に対抗できる人が多いからね。他の国からしてみれば面白くないでしょ?」


 魔王に対抗できるのは神霊様と契約してる人とサクラみたいな特別な才能を持った人くらい。確かに自分の国が襲われているのに対抗できる人達が安全な場所でぬくぬくしてるのは嫌ね。例え力を持つ側からすれば守る義理なんて無いことは分かっていてもね……。


「そして、かなり楽観的な候補は魔王が何らかの理由で弱っていて回復している最中だとか、実は平和主義で人を襲うつもりが無いとかかな」

「ふふっ。最後のが良いわね」


 平和主義の魔王様。夢見たいだけど本当なら素敵ね。

 …………本当にそうであればサクラも危険な目に合わなくて良くなるのに……。


 最後にサクラが定番の一品って言ってた大学芋を食べたらお昼の時間が終わる。

 気を取り直して次はサクラ達の殺陣の時間ね! 


 サクラが会場に行くのを見送った私は商学科の元に向かう。……サクラかミーヤ達の場所にしか行ってないって? ……他に友達が居ないのよ! いや、殿下や三龍生とも知り合いだけど全員殺陣に行ってるからね。しかたないの。


「あら、カトレアさんではございませんか。御機嫌よう」


 途中でガーベラさんに話しかけられた。サクラがいない時に声をかけてくるって珍しいわね。


「ガーベラさん御機嫌よう。サクラは今殺陣の会場に行ってますよ」

「サクラさんは今殿下と一緒……。ふふふふふふふ」


 あ、しまった。地雷を踏んだようね。このままここに居るとサクラの殺陣を見逃しそうだし立ち去ろうかしら。


「はっ。申し訳ありませんわ。少しサクラさんが羨ましくてつい……」


 サクラと殿下の間には何も無いしサクラも否定してるのにガーベラさんはいつまで勘違いしてるのよ。


「今殿下が殺陣に向かっていて体育祭の運営の人手が足りませんの。カトレアさん。手伝ってくださる?」

「えっと、今からサクラを見に行かないとなので……」

「運営席からだと良く舞台が見えますよ?」


! それは魅力的なお誘いね。……手伝いしてて見れるのかしら。ガーベラさんは良い意味でお貴族様だから裏があるとは思わないけど……。


「少し忙しいかもしれないけど殺陣を見るのを優先させてもいいわ。殿下が居ないと一人……じゃなくて殿下と同じ事は求めて居ないからゆっくりでもいいの」


 あ、これ私と同類ぼっちね。他の生徒会のメンバーは……聞かない方が良さそうね。


「分かったわ。戦力になれるかは分からないけどそれでも良ければ」

「ええ。わたくしのお話し相手をして下さるだけでも充分よ。ついて来てくださる?」


 満面の笑みね。普段から殿下相手にもその顔を見せてあげればいいのに。



 運営席はガーベラさんが言っていた通り舞台がよく見える。一般の生徒が中を見れないように仕切りがあるみたいね。


「ほら、ここに座って。お菓子もあるわ。飲み物は何がいいかしら? ダージリン? アッサム? それともアールグレイの方がいいかしら?」


 運営席について人目が無くなった途端、生き生きとし始めたガーベラさんが世話を焼いてくれる。


「アッサムでお願いするわ……」


 やや気圧されながらも何とか答える。……普段紅茶を飲まないとは言えないわね。サクラが紅茶に飲みなれてない人はアッサムがおすすめって言ってた事があるからついアッサムって言ったけど大丈夫かしら。


「少し意外ね……。ガーベラさんは全て執事かメイドに任せるのかと思ってたわ」

「実は学園に入るまではそうだったわ。でも、学園に入学して考えが変わったのよ。サクラさんに負けるつもりはありませんし」


 ……。つまりサクラへの対抗意識で料理を始めたら思いの外楽しかったと。

 殿下が好きな事以外は良く分からない人だと思っていたけど案外可愛らしい人なのね。


「ふふっ」

「や、やっぱりわたくしがこういったことをするのって変かしら?」


 私が思わず笑ってしまうとガーベラさんが決まりの悪そうな顔をする。


「ええ、公爵令嬢としては変かもしれないわね」

「そ、そうよね……」

「でも、ガーベラさんには似合ってると思うわよ」

「そう……。……ん? ちょっと! それだと私が公爵令嬢失格みたいじゃない!」

「そうかもしれないわね?」

「もう……。ふ。ふふふふふふふ」

「「あはははは」」


 すっかりと打ち解けた私達はサクラ達の殺陣が始まるまでずっとお喋りをした。


「そろそろ殺陣が始まるわね」

「ええ、やっとサクラのカッコイイ姿が見れるわ」

「殿下の方がカッコイイですからね?」

「いえいえ、サクラは女の子でありながら……」

「殿下は忙しくてもとても紳士で……」


 少しの言い合いをしつつも二人とも殺陣から目を離さない。前半部分は一年生組が三龍生に挑んで負けるシーン。台本だとは知っているけど本来のサクラならもっと凄いのに! と思ってちょっと悔しい。早くサクラが活躍する後半にならないかとそわそわしているとガーベラが話を変えた。


「カトレアは聞いてる? 魔物が活性化してる原因」

「サクラの予想なら聞いてるわ。かなり可能性が高いという事も」


 魔王の復活。サクラが戦う可能性の高い相手。思わずお守りを握る。


「そう。殿下は王都の防衛がメインだから戦う可能性は低いみたいだけどサクラさんは……」

「そうね。私を置いて行くと思うわ」


 私だと足でまといになってしまうから……。せめて見送りと出迎えだけはするけどね! 


「一緒に行こうとは思わないの? サクラさんが好きなんでしょう?」

「好き? ……そうね。サクラの事は好きよ。一番大切だとも思ってる。でもガーベラが殿下を慕う気持ちとは別物よ?」


 殺陣から目を話して見つめ合う。先に目を逸らしたのはガーベラだった。


「そう。カトレアがそう言うならそれでいいわ。でも後悔だけはしないようにね」


 それっきり黙ってしまったガーベラを横目に殺陣を見る。ちょうどサクラがカッコよく活躍するシーンになっていた。


 私は……。


 ―――


 殺陣が終わりガーベラと分かれる。


「ありがとう。おかげでサクラの活躍がよく見れたわ」

「わたくしも殿下の活躍がよく見えましたわ! それに……。身分関係なく接してくれる友も出来ましたし。思い切って誘ってみて良かったですわ!」


 お貴族様にも苦労はあるのね。なんて思いつつ挨拶をしてサクラの元へ向かう。

 途中でミーヤとチコの二人とばったり出会う。チコの目元が少し赤いわね? ミーヤを見ると首を横に振った。触れるなってことみたいね。


「カトレアはんはどこで殺陣見とったんか? 最前列にでもいるかと思ったんやけどどこにも見つからんかったわ」

「ごめんなさいね。実は特等席に招待されたのよ」


 ええ、とても見やすい良い席だったわ。


「はあー、カトレアはんつれないなぁ。誘ってくれたら良かったやんか」

「殺陣が始まる直前に招待されたの。公爵令嬢からの誘いだったんだけど一緒が良かった?」

「いや、それなら仕方ないな。そんなん席だと緊張して殺陣なんて見てられへんわ」


 そう言いつつ殺陣を見ながら横をチラチラ見る真似をするミーヤ。芸が細かいわね。


「これからサクラはんのところにいくんか?」

「そうよ。一緒に来る?」

「いんや、残念ながら今から行くところがあってな? 代わりにお疲れさん言うといてくれるか? ほな、また魔弾合戦でな!」

「分かったわ。また後でね」

「カトレアちゃんまた後でね」


 最後はチコもあいさつしてくれた。最後まで一言も話さなかったから心配してたけど大丈夫そうね。よし、チコのことはミーヤに任せて私はサクラの所に行くわよ! 


「サクラお疲れ様。カッコよかったわよ」

「カトレア! ガーベラさんに変なことされなかった?」


 さすがサクラ。殺陣をしつつも私の位置を把握できていたのね。


「大丈夫よ。ガーベラはサクラと殿下が絡まなければいい人だから」

「そうなの!?」


 やたら驚いてるわね。……私も同じ立場なら驚いてたと思うわ。


「じゃあさ。今度これ渡すからガーベラさんにこうやって高笑いするよう頼んでくれる? 出来れば私の前でやって欲しい!」


 これは……扇子? 口元に寄せて高笑いして欲しいの? 相変わらず訳分からないところがあるわね。


「一応言うけどやってくれないと思うわよ? ……少なくともサクラの前では」

「なんでよ! いや、もうそれでもいいや。カトレアが見て感想教えて!」


 何がそんなにサクラを駆り立てるのかしら……。どもそこまで言われたら見たくなるわね。



 後日ガーベラにお願いしたら初めて友達に頼られた! って喜びながら披露してくれたわ。

 思った以上に普通ね。……? あの変な動作が普通に感じるって凄いわね。ガーベラも何故かしっくりくるって興奮してたし、まあ、サクラの前ではやってくれなかったけどね。


 ―――


 午後の競技が始まるため、サクラと一度分かれる。ミーヤとチコを探すとすぐに見つかった。


「ミーヤさま。三度見参!」

「カトレアちゃんさっきぶり!」

「二人ともさっきぶりね。魔弾合戦の準備は大丈夫かしら?」


 チコもすっかり元通りになったみたいね。


「チコはもうできてるよ! 作戦もバッチし!」

「うちは全てフィーリングに任せるで! ドンと来いや!」


 ミーヤ、それはダメでしょう……。


 少し作戦のおさらいをしてから魔弾合戦の集合場所に移動する。さて、腕がなるわね! 


 一回戦。相手は私達と同じ一年生ね。全く知らない子達ね。国内一の学園だけあって見たことない人が多いのも仕方ないけどね。

 ミーヤがど派手に魔法を使って相手をビビらせる。その間に隠れた私とチコが相手の的に二発ずつ当てることができた。次にチコが、と思ったけど予想以上に相手が混乱していたため何もせずに全員が潜伏する。そのまま相手チームの混乱が収まる前に勝負が決まった。


 二回戦。また一年生みたい。ミーヤとチコの知り合いみたいね。どうやら魔道具科の生徒らしい。

 ミーヤが魔法を使おうとすると私の近くで小さな爆発が起きる。役割をスイッチして私が魔法を使う。その間にミーヤとチコが隠れたと思ったら今度は二人の近くで爆発が起きる。

 もしかして魔道具を使ってる? ……盲点だったわね。魔法の使い方ばかりに気を取られていたわ。全員が少し離れて仕切り直しといった所で審判からのストップが入る。……どうやら魔道具は禁止されているみたいね……。相手の失格負けで私達は三回戦に進出した。


 少し休憩をはさんで三回戦。相手は二年生みたいね。どうやら私達の戦いを見ていたようで大きな魔法を警戒しつつも私達から目を離してくれない。私達はプランBに移行して全員で魔法を放つ。

 魔法と土埃で強制的に視界を奪ってから潜伏し魔弾を当てていく。後半は反撃もあったけど最初のアドバンテージのおかげで無事に逃げ切る事ができた。


 続いて準決勝。相手は三年生のようね。年の功なのか何度もやってきたからか、魔法を使っても隙を見せてくれなかったため作戦Cに移行する。作戦Cの最初は乱打戦に持ち込むこと。とりあえず防御を考えずに打ちまくる。魔弾を発射する魔道具は一度打つ度に魔力を込め直す必要があるからラグができる。そして強いチームはその合間に近付き攻撃を仕掛けてくる。だからこそ・・・・・・・・当たる必中の一撃がある。しばらく乱打戦が続いて相手が私達の間隔を覚え始める。その差でこちらが押され始めて遂に私の的が残り一つになってしまった。その事を確認した相手チームが近付いてきた瞬間に私は魔法を発動して目くらましの魔法を放つ。チコが必中の一撃を打ち、相手の一人を退場させた。その後は二対二となったけど地力の差によって負けてしまった。


「相手チームは強かったわね」

「チコは楽しかったから満足!」

「せやな。まだ来年も再来年もあるしリベンジしたいな!」


 準決勝で負けてしまったけど一年生チームが唯一残った試合として会場は大盛り上がりだったわ。


「カトレア! ベストフォーおめでとう!」

「ありがとう。サクラのおかげでチコが一矢報いることができたわ。負けちゃったけどね」


 最後の必中の一撃を考えたのはサクラなの。魔弾は魔力を込めることで打つことができる。なら、魔力を込めた後に仲間に渡すと打てるのか? そう考えたと言っていたわ。

 そして、熟練者は一つの魔弾を発射する魔道具の間隔を覚えるだろうとも。

 それなら、わざと魔弾を大量に打って魔弾を打つ間隔を覚えさせて、相手にとって安全だと思う時間を与える。そこで無防備になったその瞬間に仲間から受け取った魔道具で魔弾を発射する。これが必中の魔弾の正体よ。


 しかも隠密や潜伏主体で試合をしていたチームが突然乱打戦を始める事で相手チームの意表をついて有利に試合を運びやすくなる事も狙えるって……。


 ……本当にサクラの頭の中はどうなってるのかしら。


 本当はその後に魔道具を返してもらって戦線に復帰するのが理想だったのだけど相手が強すぎて無理だったわね。


 二人で来年はどうすると良いか話しつつ決勝戦を見ているとウィードさんがやってきた。


「サクラ。スタンピードが発生した。一度学園長室に行ってくれ。俺は他の警備メンバーにも伝えてから学園長室に向かう。先に行っててくれ」


 言うだけ言ってウィードさんは走り去っていった。


「サクラ」

「昼まで魔物が減っていたのは一箇所に集まって隠れてたからなんだね。一番嫌なパターンを引いたかな?」


 魔王が復活して力を蓄えていた。そして戦力が集まったからスタンピードとして攻め落としにきた。そう考えているのね? 


「カトレア。安心して待ってて。後、お守りはずっと身につけているんだよ?」

「ええ。こっちは任せてちょうだい」


 サクラと一緒に戦うことは出来なくてもみんなの不安を緩和させたり外の情報を規制してパニックを防げるかもしれない。


 サクラと分かれた私はガーベラを探す。おそらく殺陣を見た場所にいるでしょう。


「ガーベラ! 緊急事態よ!」

「スタンピードのことね? 私もさっき聞いたところよ」


 流石ガーベラね。耳が速いわ。


「ガーベラの魔法でみんなの不安を軽減できるかしら? 私はみんなの精神を落ち着かせるわ」

「ええ、任せなさい」


 私が会場にいる人たちに軽く魔法をかけて興奮している心を落ち着かせる。とは言っても私の魔力量はサクラのように多くないから端から順に少しづつしか進まないわ。ガーベラも少人数ごとに魔法をかけているみたいね。外の雰囲気で不安になっていた人たちもガーベラのおかげでパニックにならずに済んだわ。


 こっちは大丈夫そうよ。サクラ、そっちは任せたわ! 


 ―――


 思っていたよりも早くサクラが帰ってきた。なにやら気まずそうにしている。何かやらかしたみたいね。


「サクラ。なにをやらかしたのかしら?」

「なにも?」


 サクラのことをジト目で見つめる。すると観念したのか教えてくれた。


「王都と森の間に魔境を作っちゃいました。……てへ?」

「……」


 ……ちょっと何言ってるか分からないわね。魔境って人の手で作れるものなのかしら……? それにしても、てへって言った時の顔可愛いわね。もう一度してくれないかしら。


 現実逃避してしまったけどサクラがやりすぎるのはいつもの事だったと頭を切り替える。


「ふぅ。とりあえずお疲れ様」

「えへへ。カトレアもお疲れ様」


 私はこの時、王都の危機は問題なく終息したと思っていた……。


 ―――


 スタンピードの事はほとんどの人に知られなかったけどサクラが作った魔境のせいで少しざわつきつつ体育祭も全ての競技が終わった。


 これから閉会式が始まる。


 学園長の話も程々の長さで終わり、各科の合計得点の一位から三位までの科が発表された。

 残念ながら魔道具科も商学科も選ばれなかったけど魔法科は優勝することができたわ! 

 ちなみに二位は騎士科で三位はなんと、貴族科だったの。


 貴族科はこの学園で唯一試験無しで入れる科で、入学条件は貴族の生まれであることただ一つなの。その話が有名になり過ぎて貴族達は貴族科だけでなく他の科にも所属するのが通例よ。毎年貴族科は最下位をさまよっていると聞いていたからかなりの大番狂わせね。

 なんで今年は三位に入れたのか後でガーベラに聞くしかないわね。


 魔法科のメンバーが盛り上がる中、突然空が闇に覆われる。


「総員警戒!」


 殿下の声が響き渡る。


「き、貴様は……」


 学園長の目の前に突然男が現れた。学園長が驚いている間に男は手に持つ剣を学園長に突き刺す。


 その場にいた全員が呆然とするなか、学園長が膝から崩れ落ちた。


 異常事態を察知したウィードさんがやってくると一目見て怒りの表情を浮かべる。


「貴様ぁ! 今更何しに戻ってきた!」


 ウィードさんが斬り掛かるけど男は涼しい顔でいなしている。


 相当な実力派みたいね。ふとサクラを見ると少し顔色が悪い。……この感じは本人も気付いてなさそうね。


「おとうさま?」


 サクラの呟きが耳に入ってきた。


 私達がまだ小さい頃、サクラは私に誰にも言わないで欲しいと前置きした上で教えてくれたことがある。魔王のこと然り、日本のこと然り。そして、その時にサクラがポロッと漏らした言葉を今でも覚えている。


「私は生まれてすぐ父さまに捨てられたの。母さまが庇ってくれたから生きているけど、もしかしたら処分されていたかもね」


 いつも強くてカッコいいサクラがとても辛そうな、悲しそうな顔が印象的だったわ。


 あの男がその父さまらしい。全身の毛が逆立つのを感じる。一歩踏み出そうとした私を止めたのはサクラだった。


「カトレア。学園長の怪我を治しに行くからカトレアは安全な場所に避難して」

「サクラ……」

「大丈夫。相手が誰であろうと私は負けないから。……もう十五年も前のことだから向こうは覚えていないと思うし」

「…………分かったわ。でもあの男の相手は他の人に任せなさい。サクラがするのは治療だけで充分よ」


 サクラが負けるとは思わないけど実父とやり合うのは精神的に辛いものね。そんなものは丸投げしちゃいなさい! 


 私達が話してる間もウィードさんと男の戦いは続く。男は少ししてウィードさんの問に答える。


「今は何かするつもりは無かったが……。強いて言えば成長した娘を一目見ておこうか」


 男はそう言ってこちらを見渡す。


 結局、男はサクラのことを見たのか見てないのか、よく分からないまま去っていった。そして、空の闇が無数の槍の形に変わる。


 遠くでサクラが、殿下が、ガーベラが、空から降ってくる闇の槍に対処しているのが分かる。それでも圧倒的物量には勝てず一人、また一人と闇の槍に貫かれていく。


 辺りが阿鼻叫喚の渦に巻き込まれる中、槍の雨は降り続ける。


 槍の数が少なくなっていく中、ミーヤとチコの二人を見つけた。二人とも無事なようね。

 そうほっとしたのも束の間、槍の一つがチコに向かっているのが見えた。


 私は慌ててチコを突き飛ばし……。


 ―――


 コンコンコンっ


 扉がノックされてお母さんが扉を開ける。


 扉の向こうにいたのは綺麗なエルフの女性と小さなエルフの女の子。桜色の髪が良く似合う天使みたいな子。こんなに可愛い子がいるのかと見惚れているとお母さんに挨拶するよう促される。


「か、カトレアです。初めまして」


 緊張している私はお母さんの足にしがみつつ顔だけ出して挨拶をする。

 しかし返事は返ってこない。


 か、噛んじゃったかしら? 変だったかしら? 途端に恥ずかしくなって顔をお母さんの足に埋める。


「初めまして! サクラです! カトレアちゃん。よろしくね!」


 やった! 返事が返ってきた! 初めてのお友達になってくれるかも! 


「よ、よろしくね?」


 さっき不安になった時は涙が出そうになっちゃったけど零れてないよね? 


 ―――


 お父さんが怪我をした。お父さんは大丈夫だと言っていたけど暫くはお仕事を休むみたい。

 どうしよう……。私に何かできることは無いかな? 


 そうだ! サクラが前に薬草を使うと怪我を治せるって言っていたわ! 薬草があるのは……森の中ね。ちょっと怖いけどサクラも最近よく入るって言っていたし少しくらいなら大丈夫かな? 


 どうしよう……。迷子になっちゃった。なかなか薬草が見つからなくて探してる間に森の奥に入ってしまったみたい。寂しいな……。


 歩いても歩いても外に出れない。どんどん心細くなっていく。お父さんは心配してくれてるかな? お母さんは探しに来てくれてるかな? ……サクラは助けに来てくれるかな? 


 歩き疲れてその場に座り込む。もう動けないと項垂れていると近くから物音が聞こえた。助けが来たのかも! そう思って音のした方を向くとそこに居たのは大きな狼みたいな魔物だった。


 身体が竦んで動けない。早く逃げないといけないのに……。誰か……誰か助けて! 


 狼が口を開けて突っ込んでくる。思わず目を閉じて縮こまる。


 …………? 


 少し経っても衝撃は来ない。恐る恐る目を開けるとそこには狼の死体とその横に凛と立つサクラがいた。


 ―――


「サクラってたまに大人みたいね」


 ある時冗談みたいに言うとサクラの肩が少し震えた。


「サクラ……」


 じーっとサクラを見つめる。


「う……。一つだけ約束して。母さまにも言わないって」

「おばさんにも秘密ってこと?」


 実の母に知られてない秘密なんてあるのかしら。基本一緒にいるでしょうに。


「分かったわ。誰にも言わないから教えて」

「私ね……」


 サクラの話は衝撃的だった。サクラは前世の記憶を持っていてそこはこことは異なる世界だったということ。その世界にはこの世界を舞台にした小説のような物があって近い未来に魔王が復活すること。……そして、サクラは魔王を倒すメンバーの一員である可能性が高いこと。


 ―――


 サクラがただの綺麗な石に魔力を込め始める。石に不思議な模様が浮かび上がった。不思議な石ね。と眺めているとサクラがその石を渡してくる。


「これに魔力を流して?」

「なんなのよこの石。変な模様が浮かんでるんだけど?」

「お守り。カトレアに持っていて欲しいんだ」


 お守り? ふと気になってしばらくサクラと見つめ合う。


 少し考えた後受け取って魔力を込める。チェーンの付いたケースの中に入れて鞄に付ける。


 ―――


 サクラが真剣な表情で見つめてきた。


「どうしたの?」

「前にあげたお守り。今日は鞄じゃなくて直接身に付けて」


 突然どうしたのかしら? サクラを見ると張り詰めた表情にとても真剣な目をしていた。


「分かったわ」


 ケースを鞄から外して首にかける。


「これでいい?」

「うん。ありがとう」


 ほっとしたような表情でサクラを見て思う。

 どんな悪夢を見たの? それに私が関わってるの? 私がお守りを持てば安心できるのね? 


 ―――


「ーレア! カトレア!」


 サクラの声が聞こえて目が覚める。ここは……保健室みたいね。


「カトレアちゃん! ごめんね。ごめんね。チコのせいで」


 私の横でチコが泣いている。ほら泣かないの。そう言ってチコの頭を撫でる。


「まだ安静にせんとあかんで。さっきまで死にかけとったんや」

「ほんとに? どこにも異常を感じないんだけど……」


 確かに槍が刺さりそうになったチコを突き飛ばした時に槍が私を貫いた気がするのだけど……。どこも痛まないし怪我も無いから突き飛ばした時に頭でもぶつけて気絶したのかと思ったていたわ。


「そういえばサクラは?」


 サクラの声が聞こえたと思うんだけど? 


「サクラはんはもうすぐ来ると思うで。カトレアはんが大怪我してからもうすぐで三分やしな」

「……三分じゃまだ来れないと思うわ」

「そか? あのサクラはんやで?」


 ……否定できないわね。そしたらなんでサクラの声が聞こえたのかしら。


「カトレアちゃん。これ……」


 チコが見せてくれたのはサクラから貰ったお守り。今は模様も消えて大きな穴が空いている。


「カトレアはんの脈が止まった思たらその石が輝き出したんや。光が引いた時にはカトレアはんの怪我は全て無くなってその石に穴が空いとったんやで」


 お守りが……。それならさっきの声はお守りに込められたサクラの魔力から聞こえたのかしら? ……なんてね。どちらにしろお守りが私を助けてくれた事に間違いは無さそうね。


「カトレア! 痛くなかった?」

「カトレア! 怪我はない?」


 突然扉が開くとサクラとガーベラが入ってきた。


「ホンマに三分できおった……」


 冗談が現実になってミーヤが驚いているわね。


「サクラさん? 痛みがどうこうの話じゃないと思いますわよ?」

「そ、そうだね」


 ガーベラに詰め寄られて押され気味のサクラを見て笑う。……お守りの効果を知っているからこそ痛みだけ心配しているはずなのに。それでも急いで来てくれたのね。


「ガーベラ。大丈夫よ。怪我も全て治ったわ」

「そう。良かったわ。……え? この短時間で治ったの!?」


 驚いて素が出てるけど説明は一旦後ね。


「サクラ。ありがとう。おかげで助かったわ」

「うん。良かったよ。身に付けてくれていて。本当に……」


 サクラの目にうっすらと涙が溜まっているのが見える。心配かけてしまったわね。


「さて、カトレアの無事が確認できたから私は生徒会として生徒達をみてくるわ」


 ガーベラは慌ただしくも去っていく。


「チコはまだカトレアちゃんといるよ!」

「うちも残るで。正直さっきの衝撃が大きすぎてな。カトレアはんが死んでもうたかと不安になるんや」


 二人のトラウマを作ってしまったようね……。しばらくは仕方ないから近くにいましょう。


「じゃあ、せっかくだから私の知ってる情報を共有しておくね」


 父親の事なのに話せるのかしら……。


「カトレア? 私を心配する暇があるなら自分の心配をしなさい。あのお守りが発動したってことは一度死んだってことなんだからね?」


「!!」

「な!?」


 そんなこと言わなくていいのよ! 私は予想してたから構わないけどけど体から治すだけだと思ってた二人がショックを受けてるじゃない。


「なんちゅうもん持っとるんや」

「たまたま手に入る機会があっただけだよ。その一個しか持ってないし」


 だから余計な事は言わなくていいのよ! チコが罪悪感で泣き出しちゃったじゃない! 頭を撫でてあげましょう。


「で、本題に入るよ? まず生徒達の容態から。奇跡的に死傷者は無し。重体患者は多いいけど命に別状は無いって」

「そか。それは良かったわ」


 ええ、本当に良かった。


「次に学園長について。山場は越えたから学園長も大丈夫。……仕事が貯まるって嘆いてるけど」

「思ってたより元気そうやな」


 大怪我しても仕事の事考えなきゃいけないなんて……。大人って大変ね。


「せや。襲撃者はどうなったん? サクラはんがぶっ飛ばしたか?」

「いや、私は学園長の治療に手一杯だったからぶっ飛ばせてないよ。殿下やウィードさんが追いかけたけど逃げられたってさ」


 それは……。サクラにとって良かったのかしら? 実父相手だと複雑そうね。


 その後少しお話をして、夜遅くなった頃三人とも寮に帰っていった。

 一人になって独りごちる。


「サクラはどこまでお人好しなのよ……」


 サクラが優しい子だってことは知っているし、私の事を大事にしてくれてるのも知っている。それでも普通は死んでも生き返ることができる物なんて人に渡さないでしょう。

 どうせ死人が出なかったのだってサクラがやったことでしょうし。魔法の制御が奪えるサクラなら軌道をズラすのもできたはずよ。サクラは否定すると思うけど私がチコを突き飛ばさなければ槍の軌道が逸れてかすり傷程度で済んだはず……。


「いや、ネガティブな考えはダメね」


 全員無事だったならそれで良いわよね? それよりもサクラが彼女のせいで私が怪我をしたなんて考えてないか心配ね……。


 次の日、完全に快復した私は保健室の教員に驚かれつつ寮に帰る。

 部屋に入るとサクラが土下座していた。


「ごめん。私のせいでカトレアが死ぬ程の怪我をさせちゃった」

「ぷっ」

「カトレア?」


 昨日の想像通りのサクラに思わず笑ってしまう。


「どうせもっと上手く槍の制御が出来ていれば。とか制御しないでおけば。とかそんなこと考えていたのでしょう?」

「な、なんでそれを」


 何言ってるのよ。いったい何年あなたの幼馴染をしてきたと思ってるのかしら? 


「私から突っ込むことなんて想定してなかったんでしょう? むしろサクラの想定を越えられたなんて光栄なことじゃない!」

「そっか」


 私が誇らしげに言うとサクラは少し弱弱しくも笑ってくれた。


「それに次はもっと上手く守ってくれるんでしょう?」

「もちろんだよ!」


 力強く頷く友人を見て思う。サクラならできる。だってあなたは私の……。

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桜舞う狐娘の学園生活 助谷 遼 @SUKERYO

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