リピート

@gen_roichi

第1話

深夜の部屋、電車の警笛が聞こてくる。それ以外は何も聞こえずにぼくは煙草を蒸しながらは月を眺めていた。深夜二時の世界は静かでいつまでもここにいていいんだと囁くように誘惑をする。朝が怖い。眩い陽の光はぼくの目を、体を突き刺す。騒々しい街の音は鼓膜を通過し鼓膜の奥にある脳に直接鳴り響く。排ガスに塗れた匂いは鼻を刺激し不快感を思い出させる。

朝になれば今日が始まり、今日という不快感はぼくらを終わりのない日常へ引き摺り込む。

ぼくは変化を望み、終末を好む。物事のクライマックスは美しく、リアルそのものだ。

非日常はすぐに終わる。瞬く間に時が過ぎまさに夢の様な時間。夢も好きだ。夢の場面はすぐに変化して飽きず、ぼくの記憶の中の世界が映像になる。目が覚める時その世界にノスタルジーを感じるがいつもそこにはぼくの嫌いな朝がいて、ぼくのことをほくそ笑む。

日常からは逃れられないのだ。




 アラームが鳴り、時計の針は午前7時を指している。

寝ぼけた顔に水をかけて目を覚ます。歯を磨き、寝癖を治す。いつものルーチンだ。

バイト先は最寄りの駅から徒歩5分にあるスロット店。時給1450円と自宅から近いという理由だけで選んだ。スロットやギャンブルに興味は無い。一度友人に誘われて五千円を使ってもリーチすら来ない。その時に自分の天命を悟りギャンブルはしないと誓ったのだ。そもそもバイト中に客を見てもボタンを押し必死に当たりを狙う姿は以前何かで見た猿にボタンを押させて餌を与える実験のようで実に滑稽だ。自分はソチラガワに行きたくないと強く思う。しかしその斜に構えた態度は自分に幸福をもたらしたことなどなく、むしろ好機を逃し、それでいて真正面から物事に接することの少ないぼくは妙なアプローチをし、その度に失敗して後悔をする。

 斜に構えた男はバイト先につくと着替えてタバコを吸う。胸ポケットに入れたライターを取り出し火をつけると、横に先輩が座る。先輩は25歳の女性だ。名は木下香織。容姿は華奢で鼻が高くカラーコンタクトつけているせいか大きい目は一層大きく見え、吸い込まれる様な感覚に陥る。そのまま吸い込まれてこの人の養分になって仕舞えば良いのにと綺麗な瞳に映る自分を見ると自己嫌悪する。彼女は屈託のない笑顔で『おはようございます』と挨拶をしてくれる。綺麗な顔立ちと愛想の良い振る舞いは男性からの人気も絶えない。生まれてこの方男に不自由はしたことないと推測できる。その証拠に彼女は既婚者だ。左手の薬指には銀色の誓いが喫煙所の照明にてらされ輝いている。夫はwebデザイナーで特に金に困っているわけではないが小遣い稼ぎと暇つぶしにバイトしているらしい。

 タバコを一本吸い終わると社員が来たので朝礼に向かう。朝礼では新台の説明がされるが全くわからない上に興味がないので木下さんの瞳に吸い込まれてみる。その黒点に吸い込まれていると何も考えられなくなり現実がぼやける。視界がぼやけ自分の世界が目の前に広がり始めると社員の怒号が聞こえてくる。耳を傾ければ自分の名前を呼んでいるでは無いか。すぐに返事をする。「お前、俺の説明聞いてたか?言ってみろよ」もちろん聞いてない。説明はできない。「すみません。聞いてなかったです」と言うと社員は呆れた顔でレジュメに顔を戻し説明を続ける。退屈な日の始まり。日常は、ぼくの嫌いな朝はまさに今始まったのだ。


 昼頃になり、休憩時間となった。とは言え交代制での休憩であるし45分の休憩時間は長くない。ぼくは急いでいつものコーヒーショップに行きブラックコーヒーとサンドウィッチを頼む。

ここのサンドウィッチは150円と他の店舗より安く、うまいのだ。そしてぼくがこの店に来るにはもう一つ理由がある。今日は土曜日、そう。ぼくにとっての推しの出勤日なのだ。

 名前は本田さん。ショートカットのよく似合う小柄な女性だ。その女性を見ればその日1日がハッピーになる。レジでの会計のたった1分も無いその時間がぼくにとって今生きている理由と言っても過言では無い。何も無い自分。うだつが上がらないぼくにとっての唯一許された幸福。

「いつも来てくださいますね。」腹の中の見えない防御とも見える笑顔で彼女はぼくに話しかけてくれた。その瞬間、幸福そのものがぼくに福音をもたらし舞い上がる気分にさせる。

「ここのサンドウィッチとても美味しいんでつい来てしまいます」三割の本音で彼女に返答をすると、感謝の言葉で彼女もまた返答する。この時間だけはぼくはこの世界に存在しても良い気がした。なけなしの自己肯定感が上がったところでぼくは喫煙所のある二階に上がりブラックコーヒーとサンドウィッチを頬張る。美味い。本田さんに声をかけてもらえた後のサンドウィッチは格別だ。コーヒーを啜り食後の一服をしに喫煙所に入ると本田さんが灰皿を掃除していた。

「あ、どうも」と声をかけると幸福そのものはにこりと笑いこちらを振り向く。「いつも来ていただいて美味しそうにサンドウィッチを食べるのみて私、とっても嬉しいんです。実は朝、私がサンドウィッチを作ってお店に出しているので頑張って作って良かったなーって思うんです。」

恋をしてしまいそうな気持ちをグッと抑え「ぼくもサンドウィッチで元気をもらってます」と精一杯の声を出すとまた彼女は嬉しそうに笑った。


 仕事終わりに歩いて帰る途中何度も本田さんとの会話を反芻した。反芻を繰り返し自らの返答に呆れ、それでも数分の幸福を何度も咀嚼した。日常のオアシス。退屈な灰色な日に色を与えてくれる本田さん。彼女は普段どんなことをしているのだろう。考えている間に自宅に着いた。築25年 1K 木造の一階 風呂トイレ別の家賃五万三千円。一人で暮らすには文句なしの物件でかなり気にいっている。しかも駅から徒歩3分程で近くにはコンビニやスーパー、本屋など暮らしに役立つお店ばかりである。

実家は最寄りの駅から一駅と歩いてでもいける距離だがぼくは実家には住まない。

意地でもあるが、単純に家族とそりが合わない上に環境的な要因もある。


 ぼくの家庭は幼き頃に母親と父親が離婚し、以来父と姉とぼくの三人暮らしが始まった。しかし姉の思春期特有の反抗期により姉は母親の家にいくようになり、あまり実家には帰らなくなった。

それからは父とぼくの二人暮らしが始まった。

 父はぼくを溺愛し、ぼくもまた父を愛していた。母にも一週間に一度くらいは会いにいき母にもまた愛されていた。その頃ぼくはまだ幸せで幸夫の名に相応しい人生を送っていた。その後父は再婚しぼくには義理の母ができた。義理の母はぼくがまだ幼い頃優しくしていたが、父との間に弟が出来ると次第に会話は少なくなっていった。ぼくは弟を愛していたし、弟もぼくに懐いてくれていたことを

よく覚えている。しかし腹を痛めて産んだ息子を誰にも干渉させたく無かったのだろう。

義母はぼくを煙たがる様になった。

 中学を卒業し高校は全寮制の高校に入った。

早く家を出て行きたかった。ぼくが幼かった頃の姉も今思えば同じ気持ちだったのかも知れない。一人で生きていく。そう思っていたが世の中は厳しい。人は一人では生きていけない。19歳のぼくは痛感した。しかし、実母も再婚し、名古屋で夫と暮らしているし、姉もまた結婚し娘と夫と幸せに暮らしている。もちろん父もまた同様である。どこにもぼくが入る余地などないが、ある意味気楽でもある。家族がバラバラと言うつもりもなければ悲劇のヒロインを気取るわけでもない。ただそこにある等身大の現実を受け入れ生きていくしかないのだ。

  

 自宅に着き窓を開けるとついこないだまであった鬱陶しかった暑い夏の熱気はなく、入りこむ風は少し寂しさを感じさせた。12ミリのマルボロに火をつけて煙を吐けば秋風と白煙が混じり合い現実をぼやけさせる。 

一服を終えたらシャワーを浴び、夕飯を作る。一人暮らしをすると自炊の方がメリットが多いことに気づく。はっきり言って料理も好きだし、自分の好きなものを好みの量で作れるのもメリットだ。しかしぼくは基本的には野菜のコンソメスープや鶏肉を茹でて丼物にした料理ばかり作っているので料理というには語弊があるかも知れないが栄養もあるし簡単で安価なのでやめられない。食べたいフルーツなどをたまに買ってきてデザートにするのが唯一の贅沢だったりする。酒も一人では基本的に飲まないし、油を使った料理やジャンクフードの類も好きではない。

食に関しては割と質素なのかもしれない。 

 カットした野菜はにんじん、ジャガイモ、玉ねぎ、トマト ブロッコリー、その他自分の食べたい野菜を好みで入れて炒める。野菜が色づき始めたら水を入れ煮る。基本的にはカレーの作り方と変わらないので失敗も少ない。

水が沸騰したら鶏肉を入れコンソメを入れる。それから20分ほど待って蓋を開けると野菜の温かな香りがふんわりとぼくを労うように包んでくれる。小さなテーブルを拭き、晩餐の準備を整えたらスープを口に運ぶ。その味はどこか遠い故郷を感じる様な匂いで暖かくそれでいてどこか寂しい気にさせる。サブスクリプションの動画サイトで好きな動画を観ながら食べるこの晩餐は色のない日常に唯一色を与えてくれる儀式のように感じる。足るを知るという言葉があるがその通りで、雨風凌げてご飯が食べることができればそれで幸せだと思う。タバコに火をつけ食後の一服をする。生ぬるい部屋にタバコの匂いが篭る。

儀式が終わるとネットで2ちゃんねるのまとめサイトを閲覧し、しばらくすると自分を慰める。これがぼくの1日のルーチンである。

 

 23時ごろ、布団に入って寝ていると旧友から電話がかかってきた。銭湯に行こうと言われ、明日はバイトも休みなのでその旨を快諾した。銭湯に行こうと言われたら地元の銭湯に集合するのがぼくたちの暗黙のルールで、そのままぼくは地元の銭湯に向かう。電車に乗るよりも歩いた方が早いので歩いて向かう。秋の夜風は心地よさと寂しさを与えてくれるが友からの誘いを受けたぼくは秋の心地よさのみを感じていた。

 待ち合わせ場所に着くと友は先に着いていた。彼は二宮毅 背は高く、スラっとしたシルエットはどんな服を着せても似合うが無表情でいまいち何を考えているか分からない。昔から馬が合うことで時間が経っても遊ぶことは多い。元々は兵庫の生まれだが中学入学のタイミングで横浜に越してきた。ぼくの実家からすぐ近くに住んでいたこともあり、一緒に学校にいくようになり仲良くなった。地元を離れてからは遊ぶ頻度は少なくなったけれど、地元に帰ってきた今、またこうして遊ぶ友達である事は単純にうれしいことだ。 

「久しぶり。明日バイト?」無表情につまらなそうに二宮は言う。「明日は休みだし、バイトならたぶん俺来ないよ。」一言余計に返してみる。聞いたくせに知ってたと言わんばかりに無言で玄関に入る二宮を追ってぼくも本日2度目の風呂に向かう。

 彼は理系だ。それ故か性格なのか定かではないがぼくが一言余計に嫌味たらしく発言をしてもムキになったぼくのことを嘲笑うかのように、それがまるで計算のうちかのようにぼくの心を覗く。被害妄想かもしれないし本当は何も考えて無いのかもしれない。しかしぼくは彼の不可解なその行為に不快な気持ちを抱くと同時に感心していたりする。要すれば彼は合理主義で頭の中にあるパズルをはめるのが好きなのかもしれない。思えば中学の時もネットで見かけたあるクイズを彼に出すと彼はぼくに負けじとしばらくの期間ぼくに毎日クイズを出してきた。ちなみにぼくが彼に出したクイズの内容はこうだ。

 Q ビンの中に物質が入っている。この物質は1時間で瓶の中を満杯にし、一分間に二倍に増殖する。ではこの物質がビンの半分を満たすとき何分か?

 答えは59分。彼はこの問題をひたすらに考察し、この問題を皮切りに合理主義が加速したように思う。今思えば彼のパズルの絵を描いたのはぼくで、彼はパズルをはめてぼくが描いた絵を馬鹿にする。不快になりつつもそれでいて少々感心もしているのはぼくのマゾヒズムも甚だしいがそれがまた彼と馬が合う理由でもあるのだろう。

 二宮と銭湯に行くと大抵は恋やら愛やら人間関係やらについて話す。答えのない疑問や自分なりの答えを話し合う。しかしぼくは彼女もいなければ恋もしていない。唯一話題にあげられる異性は本田さんくらいなもので、しかし行きつけのコーヒーショップのお姉さんがかわいいなどと言ってもつまらない上に僕がほとほと惨めな気持ちになるので、今ぼくは何も話せる事はないのだ。大人になるとはこんな事だったのだろうか? 

「幸夫はなんか無いの?ハマってる趣味とか最近起きた面白いこととか」無口だっただろうか。彼に変な心配をかけていないかと勘ぐるが二宮は銭湯に浸かって気持ちよさそうだ。

「何もないね。無いことすらないというか。ビッグバン前の宇宙だね。」

「ならこれから大爆発が起きて面白いこと起きんじゃね?人生前向きの方がいいと思うよ。他人は変えられないし過去も変えられないけど自分と未来は変えられるんだから。」珍しくいいことを言う。しかし珍しいから響くのだ。稀なことはぼくを愉快にさせる。

 「色々やってみるか。」 

 「やってみなよ。やってみりゃなんとかなるし、意外と楽しいかもよ?」

 僕らは珍しい何かが起きることに期待しながら銭湯を後にした。



 僕らは地元の最寄り駅から渋谷を目指した。若さを象徴するこの街は今日も若者が在りもしない淡い期待に思いを馳せ足を運ぶ。まるでネオンにたかる虫のように。ぼくもまたその虫の一匹としてここに居る。偽物の月を目指して。 

 街を歩けばゴミはそこかしこにあり、ウサギかモルモットのように大きくなったドブネズミが餌を見つけようと懸命にアーケード街を走る。いかにもな雰囲気の若者が酒を飲み大声ではしゃぎ屯ろする。渋谷の街は非日常的で却ってこれが日常なのかもしれない。ぼくは彼らのような人間にはなれないしなりたいとも特段思わないが正直羨ましいのも本音だ。踊るアホに見るアホとはよく言ったもので、何も無い空っぽな自分と彼らが同じなら踊ってしまった方が得かもしれない。 

 ドブネズミみたいに美しくなりたい、二宮がリンダリンダのフレーズをドブネズミを見ながら冗談みたいに口ずさむ。 

 「お前はドブネズミとイイ勝負してるよ。」とぼくが言うと

 「落ちてるゴミよりマシだろ」というので二宮の足元に唾を吐いた。 

 とりあえず酒飲まない?腹も減ったしなんかつまみながらさ。二宮はアーケード街の看板を舐めるように見ている。

 「俺肉食いたい」

 「それなら良い店があるからそこに行こう。」

 着いた店は肉料理をメインに出している大衆居酒屋だった。テーブルに着きメニュー表を見ずにビールを頼む。それからポテトと適当な料理を頼み酒を喉に流し込む。ありきたりである意味期待は裏切られなかったが、その期待が下回る事はあっても上回る事はないのだ。 

 「やっぱり満たされないよ。なんかもっと面白い事ないのかな。例えば半グレにいきなり拉致られるとか。病院で注射を打ったら実は覚醒剤でしたとか。」そう言うと

 「ほどほどの刺激が一番。なんでもそうだけどいきすぎると危ないよ。吹っ切れてるのはかっこいいとは思うけどね。」二宮がぼくを諭すが、ぼくの心は刺激を求めている。しかしそれがどんな刺激であるかはわからない。セックスの時に感じる多幸感や興奮か、もしくは不良に絡まれた時、喧嘩が始まるかもしれない時のあの感覚か。車でスピードを出すあの時の感覚か。

ドーパミンやアドレナリンの類に詳しいわけではないがどの時も感じるスリル。喉が渇き、喉の奥が張り付き、血が逆流し筋肉は硬直しまるで自分の腕ではないように感じる緊張感。どのシチュエーションでのスリルが欲しいかぼくはわからない。 

 「とりあえずセックスしたら良いんじゃね?」二宮が酒を流し込んで言う。

「結局のところ欲求不満でぶつけるところがないからそんな風になってるんでしょ?

 「三大欲求舐めんなよ?って感じっす。」悔しいが二宮の言っている事は当たっているかもしれない。もちろん経験はあるが最近は全くしていなかった。

 「クラブ行くか。」二宮はタバコに火をつけて上着を着た。

 「行ってみようか。」

 「決まりだな」

 店を出て居酒屋のキャッチに捕まりそうになる。しかし行き先は決まっている。

「クラブ行くんで。」というとすぐそこのクラブおすすめっすよと言われた。こんな近くにクラブがあったことを知らなかった上にタイミングが良過ぎて少し驚く。特に迷うこともなかったのでぼくらはそこに向かった。向かう途中、男がドリンク券をぼくらに渡してきた。

「ラッキー。酒一杯タダじゃん。」二宮は喜んでいる。ぼくは酒を飲みたいわけでもなかったので何も思わなかったが、あまりにもとんとん拍子で物事が運びすぎて怖くなる。居酒屋を出てからまるで何かに吸い込まれるようにあっという間にクラブに来た。ぼくらは非日常の扉を開けた。

 セキュリティの立つゲートを越えると薄暗い空間を進む。五月蝿い音が鳴り響く箱は二宮との意思疎通を難しくさせ、照らされる光はスポットライトばかりで、音に合わせ照らされた人は点滅し眩暈がする。二宮もぼくも酔いの覚める空間に来たことを少しばかり後悔した。しかしぼくはトレインスポッティングスのレントンのようにどうにか女をナンパできないかと考える。

2、3人に声をかけたがお呼びでなく、諦めようかと考えていたが、一人だけどこにも行き場のなさそうな女の子がいた。声をかけ、話してみる。見た目はぼくよりも少し年上。23歳位に感じた。他愛のない会話を爆音の響く中、耳打ちしながら話す。軽い身の上話をした。

彼女の名前はリエ。年上のように感じた彼女は19歳でぼくと同い年だった。彼女の体は華奢だがスポーツで大学に進学しており、ぼくよりもずっと大人っぽく見えた。手には日々の努力の跡が残っていて肥溜めのような箱にいる彼女のアンバランスさは19歳特有の危うさを感じさせた。知らない世界を見てみたい。好奇心は時としてリスクが伴うが何かに期待してこの場にいるぼくらはきっと共通の目論みがあり妙にシンパシーを感じた。暗くてよく見えないが華奢な体に相応な顔の大きさはぼくの手で握りつぶせてしまうのではないかと感じさせるほど小さく、華奢な体は抱擁すれば壊れてしまううのではないかと思わせる。それでいて手には鍛錬の痕がくっきりと着いており、脆くも自らの存在を必死に主張するガラスのように感じた。きっと彼女は強がりで意地っ張りだが真っ直ぐな真面目な子であるはずだ。酔いもまわり先入観のみで人を信用してしまう癖は悪い癖だが今日という日は楽しむと決めたのだ。ぼくはシャンパンを開け今日の夜が来たことに祝杯をあげる。リエと二宮とぼくはすぐに一本目のシャンパンを開け二本目のシャンパンを開けた。

酒も周り彼女のプライベートを聞く。どんな性的嗜好を持っていてだとかそんなくだらないことを話した。彼女はぼくの顔をじっと見つめると「じつはMでしょ』なんて笑いながら言ってきた。強引に彼女を呼び酒を飲まし、ほどほどに演技をして、いかにもな自分を繕っていたにもかかわらず、すぐに当てられた。驚き、彼女に理由を聞いても彼女は不敵な笑みを浮かべながらグラスに入ったシャンパンを飲み干した。

 時計を見ると午前3時を回っていた。そろそろクラブを出て河岸を変えようとリエに提案した。一瞬、困った顔をしたが強引に連れ出した。酒を買い、ホテルで飲み直すことにした。

 彼女は夜光に照らされるとスポットライトで隠された仮面を脱いだ。目は大きな二重で鼻筋が通っており、口元もシャープだった。化粧を施しておらず生まれたままの素顔はぼくの心を動かす理由には十分すぎるほどだった。生まれ持った武器ゆえか彼女はまだ自分の美しさをまだ知らなかった様にみえたが実はそれこそが武器であり無知なふりをしたあざとさなのかもしれない。。どこか神妙な面持ちはこれから起こることの不安だろうか。ぼくはというとセックスばかりを期待してこれからのことはほとんど考えてなかった。

 私セックス嫌いやねん。嘘くさい広島訛りでリエは言う

 「みんなでお酒飲むだけだから大丈夫だよ。セックスはしない。」

 「今日は楽しも?」こんな安っぽいセリフを言う日が来るとは思わなかった。つい二、三時間前まで安っぽいセリフを言うであろう渋谷の若者を嫌悪していたはずのぼくはたった数時間でソチラガワに足を踏み入れたのだ。ぼくは魔物になり、彼女に呪文を唱えると、自分の中の黒いものがぼくにまとわりつき力とも弱さともなりうる脆い自己愛の煙を身に纏った。

 二宮が調べたホテルに着いた。いつの日か入った渋谷のホテルに似ていた気がするが今のぼくには大きな問題ではなかった。

 卓に酒を並べまた浴びるほど酒を飲んだ。タバコに火をつけてタールとニコチンを含んだ煙を吸い込むと酔いが回り夢現は加速する。

 軽いゲームをし負けたものが罰ゲームを受ける。もちろんぼくと二宮はグルで彼女を負けさせる。負けた彼女にフェラチオをさせた。十分に酒の回ったぼくは勃起せずただひたすらにその状況を楽しんでいた。堕ちていく自分を感じながら。あまりにも飲みすぎたのか、リエは鼾をかきながら寝た。ぼくらも犯罪の匂いを感じ、流石に自重しようとそのままベッドに入った。ぼくは眠ることができず白昼夢に溺れた。いっそ溺れたまま白昼夢に沈めば良かったはずだが風呂に入ることにした。ぼくは眠っているリエを起こし、リエを抱えて浴槽に入れる。リエは靴下を履いたままだったので靴下を脱がし湯船に入れた。リエは寝起きがいいのかさっきから起きてたかのような振る舞いでぼくと話した。けれどもリエが良かったのは寝起きだけで、彼女は精神状態は不安定だった。リエはタガが外れたように泣き出した。失恋したばかりの彼女は自暴自棄だった。話半分で聞いた失恋話にもっともらしい顔で答える。ぼくは、大丈夫と無責任な言葉を投げ、リエの頭を撫でた。狭いユニットバスの中で淡い橙色の照明は彼女の薄肌色を黄色に変える。黄色人種のぼくらはより一層黄色くなり、幸運の色は皮肉な嘘でしかなかった。

 彼女が泣き止むとぼくの中で何かが弾けた。ぼくは彼女の唇に接吻をした。彼女の涙が止まったのは合図のように感じた。キスをして彼女の体を愛撫した。柔らかな膨らみの乳房は幼さを助長し、童顔な彼女に強い少女性を覚えた。滅茶苦茶にして 彼女の要望に応えるように胸を、彼女は恥ずかしそうに嫌がったが脇を愛撫した。この時ぼくの理性らしいものはこの世に存在せず自らの動物性を目の前の少女に乱暴にぶつけた。そこに道理や辻褄は存在せず、ただあるがまま肉欲だけが狭いバスルームにあった。浴槽から彼女を出して便座に乗せた。彼女にぼくのペニスを乱暴にねじ込む。舌を出させて道具の様に彼女の舌にペニスを擦り付ける。次第にペニスは腫れ上がってくるが持続性はなく穴の空いた風船に空気を送るようにぼくの興奮と反比例してペニスは萎む。それでもぼくは歯止めが効かず、彼女の中に入ろうと彼女の秘密にペニスを押し当てた。ぼくは激しく腰を振り彼女は大きく揺れる。彼女は壁に頭をぶつけると痛がり手で押さえた。場所をベッドに変えた。隣で二宮は狸寝入りをしてぼくらの情事に聞き耳を立てている。彼女はぼくのペニスを、ぼくはさっきまで自分のペニスが入っていた彼女の陰部を舐めた。強く舐めると彼女は大きく喘ぎ舐めるのを中断する。その度に彼女の尻を叩き彼女に促す。ぼくはマゾだ。しかし今はサディズムがぼくを支配し、リエをこれでもかと言わんばかりに壊そうとする。もしかするとさっき放った彼女の呪文の奴隷になっているのかもしれない。やはり本質はマゾで何かの奴隷であることには変わらないのかもしれない。彼女は腰を振りぼくの顔に押し付け陰部を押し当ててくる。サディストはマゾヒズムに侵され、あるがままのぼくを自覚させられた。

 →添削しかしぼくのペニスは柔らかいままだったので中断し寝ることにした。彼女にキスをし彼女の胸の中で眠った。

 ぼくは夢を見た。吹雪の舞うゲレンデにでリエがいる。リエは裸で、均等に並べられたスノーボードの列を崩した。ぼくは驚きスノーボードを直しているとリエは消えていた。

 目が覚めると少女は眠っていた。眠ったせいかぼくのペニスは熱り立っている。彼女にキスをし彼女は目を覚ます。彼女の陰部を触り熱い肉壁を搔き分け空洞に指を入れる。呼応するように乾いていた空洞から淫水が湧く。おざなりに彼女を弄りぼくは彼女の中にいれた。

熱い彼女の中を掻き乱す。何度も何度もぼくは彼女に腰をぶつける。まるで彼女の中に自分自身が入り込む様に。今度こそバスルームでかけられた彼女の呪文の奴隷になった。頭の中は彼女への殺意と愛情が入り混じり煮た鍋の具材みたいにドロドロに溶けて一つの液体になる。綺麗だったものが形を無くし澱んだ一つのものに形を変える。彼女とぼくは一つにならなかったがその時ぼくの頭の中は混じり、溶け合い、分離しまた一つになることを繰り返した。ぼくの作る野菜スープよりもずっと不味い液体はドロドロになった脳みそからシナプスを通り、ペニスから吐き出された。彼女の腹の上に出された液体はシャワーで流すことにした。


 シャワーで体を流す前にぼくの精液を彼女に舌で舐めさせると彼女は「甘い」なんて笑って嘘ついた。その嘘は少し嬉しい様な寂しい様な思いをさせる。

 僕たちはまた話した。浴槽に入っているリエはやっぱり綺麗で、本当はぼくが映画を見ていて見ている光景は全部その映画のワンシーンなんじゃないかと錯覚し、リエの話は頭に入ってこなかった。見惚れたぼくはリエの美しさを形容しようとしてもぼくの拙い語彙力ではかわいいねと言うのが精一杯でその言葉では到底足りないことに戦慄した。彼女が混血であることくらいしかリエを覚えることはできなかったけれど確かにあの時話したリエはそこにいて紛れもなく本当だったんだ。

 シャワーを浴びて一服する。何も食べていないせいかタバコを吸うと吐き気がした。気持ちが悪くなりすぐに揉み消した。狸寝入りをしていた二宮は起きていた。

「まさかこんな顛末は想像してなかった」と言った。

「ぼくも12時間もしないうちに自分の願望やら非日常が起きたことに驚いたよ。」

「夢見たいな日だったな。」二宮もタバコに火をつけると、リエがシャワーから出てパンツを探している。

「私のパンツない?」

「ここにあるよ。」リエにパンツを渡してぼくも着替えることにした。

 着替えたあと3人で話した。妙な気分だった。中学の時の同級生とラブホテルに入ってさっきまで体を交えた女と3人で話している。あの時隣の席に座っていた二宮はホテルのソファーに座っている。リエは朝だというのに妙に高いテンションで僕らに話かける。ぼくは「クスリやってるの?」と聞くと「クスリとタバコはやらないの」と言う。タバコでそんなハイテンションになるわけじゃない。でも彼女はきっとそう言うことを言っていたわけじゃないと分かっっていたが、ぼくはつまらなそうに「そうなんだ」と言った。

 リエは家庭環境が複雑の様だった。それでもリエは悲壮感は感じさせずに皮肉るように自身を話した。地元が嫌いだとか友達が少ないとかどこか親近感を覚え、初めて彼女を知れた様な気がした。リエは3人でいる間、常に笑っていた。彼女はぼくの呪文に従って今日という日を楽しんでいたのかも知れない。それでもやっぱり彼女の無理は溢れていて鈍感なふりをして目を瞑っていたぼくは余計にリエの痛みを感じた。


 ホテルを出て、3人で昼の渋谷を歩く。外はよく晴れていて、陽はぼくの目を刺し、呆れるほど青い空はぼくに後ろめたさを感じさせる。服を着て昼空を歩くリエはこれがあるべき姿だなんて妙な納得をしてしまう。二宮もぼくもあまり口数はなく元気なリエとは対照的に映った。ねぇラーメン食べようよ。塩ラーメンのさ。歩きながら話すリエに僕らは同意した。近くに手頃なラーメン屋を見つけ僕らは入ることにした。ラーメンが運ばれてきてぼくは徐に啜るが空っぽの胃袋は食道を狭くしをラーメンを拒絶した。吐き気を催しトイレに駆け込むも中に人が入っておりぼくは耐えた。なんとか吐き気を耐えてラーメンを完食する。ラーメンは二宮が奢ってくれた。吐きそうになるアクシデントに見舞われつつもラーメンは美味しく感じた。人の金で食う飯は美味いのである。

 僕らは外に出て駅へ向かう。非日常が終わりを告げようとする。寂しさや虚しさの影を感じつつ3人で笑いながら歩く。リエは二宮の”yohji yamamoto”の文字を見てずっと笑っている。なんだこいつ、やっぱりクスリでもやってるのか?そんなことを考えながらボクらはスクランブル交差点を渡る。多くの人が行き交うこの街に、昨夜までネオンに集る虫だった僕らは色々な感情を抱いて邂逅した。リエもそんな虫だったのだ。街を見渡せばスーツの人やカップル、多くの人が歩いている。そんな中僕らはどんなふうにみえていたんだろう。今日この日にしか僕らは歩かない。彦星も織姫と一年に一度会うのにぼくらはらはきっと3人では一生スクランブル交差点を渡らない。いろんな人がいる中でぼくら3人は非日常のフィナーレを迎えている。ぼんやりと大きなディスプレイを振り返って見ていると「私、帰るね。」リエは少し笑いながら言う「元気でな。じゃあな。」と言うと「バイバイ」とリエは笑顔で手を振った。聞きたかった言葉はバイバイではなくまたねって言葉。あっさりとした最後だからこそ濃厚な非日常はピリオドを打つ。もう会う事は多分無くて、リエと僕はきっとまた日常に戻る。他人だった二人は巡り合い、繋がるが、そこに理由はなく利害のみがあった。ぼくらの巡り合わせに意味はなかったけれどその時ぼくらは確かに日常の反対側にいた。

 非日常にいた少女は東京の街並みに溶け込み日常に消えていく。消えかかる後ろ姿はまるで季節外れの陽炎のようでゆらゆらと透明にぼやける。

東京の陽はぼくの目を、体を突き刺す。東京の雑踏の音は鼓膜を通過し鼓膜の奥にある脳に直接鳴り響く。排ガスに塗れた渋谷の匂いは鼻を刺激し不快感を思い出させる。

ぼくは欠伸をして朝を迎えた。

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