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 結局私は、血の混ざった薄汚れた水が溜まった洗面所に腕を入れながら、ぐちゃぐちゃな顔で泣き崩れているところを、仕事から帰ってきた母親に見つかり、まあそこからいろいろあったが何とか生きている。


 翌日は会社を休んだ。彼氏が心配して仕事終わり家に来てくれて、前日のことを謝られた。仲直りをしてまた今まで通り、いや、今まで以上に仲が深まったような感覚になり、正直昨日のことは黙っててもいいかなって思った。しかし、手首を見られればバレてしまうし、隠していて後から彼が傷つく所を見るのは嫌だったから、意を決して彼に告げた。


「…実はね、昨日、死のうと思った。」

 すると、今までニコニコしていたはずの彼の表情が、一瞬にして曇る。

「なんかもう全部どうでもよくなっちゃって。家に帰って、洗面所でね手首を切って水につけて…でもね、死ねなかったんだ」

 頬に涙が伝う。声に出して、改めて自分は馬鹿なことをしたなと思った。

 …だって、彼の顔が今まで見たことないくらい悲しそうで、辛そうで、苦しそうで。

「本当に、ごめんっ」

 自分の勝手さにまた、涙が止まらなくなる。

 すると彼が口を開いた。

「…俺はさ、昨日、絶対に明日ちゃんと話し合って謝ろうと思ってたんだよ?昨日は本当に用事があったから、時間作れなかったけど、明日絶対に話しようって思ってたの!…なのに、もし本当に昨日死んじゃってたとしたら、俺はどうしたらいいの?一生謝れないままだったんだよ?」

 珍しく怒った口調の彼。イライラしていることはたまにあるけど、私に対してここまで怒りを露わにしている彼の姿は今まで一度も見たことがなかった。

 そんな彼を前にして私はただ謝ることしかできない。

「本当にごめんね」と言えば、少し乱暴に力強く抱きしめられる。そして、彼は怒りと震えが混ざったような声で「馬鹿」と呟いた。私の前では一度も泣いたことがなかった彼が、私の肩に顔を埋めて泣いていた。鼻をすする音が聞こえ、それを聞いて、私は余計に涙が出た。今まで、男としてのプライドがあるとか、男の子は泣かないんだよとか言って、どれだけ辛いことがあっても一度も私の前では泣かなかった彼が、今こうして私の為に泣いてくれているなんて。それ程までに私は大変なことをしたんだなと思うのと同時に、こんなに自分を大事に思ってくれてる人がいたんだと気付かされた。そのあと彼には散々お説教をされ、生きていてくれて本当に良かったと、また強く抱きしめられた。


 中学生の頃に聞いた言葉で、「他人を大事にするにはまず自分を大切にしなさい。自分を大切にしない人は他人のことも大切にできない」ってのがあったけど、私はその言葉の意味がずっと分からなくて。他人のことをちゃんと大切に思っていれば自分なんかどうでもいいって思ってた。でも、その言葉の意味が漸く今日分かった気がする。もし、自分の大事な人が自らのことを傷つけたり、大事にしていなかったら悲しいと思うのと同じように、少なからず、自分のことを大事に思ってくれてる人はいるわけで。その人たちに同じ思いをさせているんだとしたら、それは他人を大事にしているとは言えないよね。って。それに気づかせてくれた彼には本当に感謝しかない。



 …私の為に泣いてくれてありがとう。

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