第5話 放課後戦争

 俺と白雪(しらゆき)は約束通り、ファミレスに向かうため教室を出て昇降口に向かっていた。やたらと白雪がベッタリくっ付いてきて歩きづらくてしょうがない。

 それに周りからの視線も気になる。


『――白雪さんといる男子、あれって誰なの?』


『――この前交通事故にあった男子でしょ?よく生きてたよね』


『――あの野郎、なんで白雪さんと腕組みしながら帰ってんだ」


『――てか、あいつ彼女いたよな?あんなことしてて大丈夫なのか?』


 四方八方から色んな言葉が飛び交ってきた。それにしても意外と皆、俺の事知ってるのね。逆に知らない方がおかしいか、交通事故にあって包帯巻いた男子高校生の隣で学校一の美少女が一緒に歩いているのだから。


「……あの、白雪?歩きづらいから放して欲しいんだけど」


「私は歩きづらくないから大丈夫よ!」


(また名前呼ばれちゃった!凜太郎くん私のこと大好きなのかな!?)


「……いや、俺が歩きづらいって話をしてるんだけど」


「大丈夫よ!ファミレスまでの辛抱だから!」


 ファミレスまでこうやって行く気してるのかよ。そもそそファミレスまでどの位時間掛かるのかすら知らない。

 学校だけでもこんなに目立ってるのに外に出たらどうなるんだよ。

 三階の自分の教室から一階まで降りてきたが、俺達が通るたびに女子は白雪の方を心配そうに見つめ、逆に男子は今にも襲い掛かってきそうな鬼の表情で俺を睨みつけていた。

 

「ちょっと!凛!待ちなさいよ!」


 昇降口を出て校門に向かおうとした時、聞き慣れた声が響き渡った。当然、この声はれなだった。出来れば会うことなくこのまま帰りたかったのだが、これだけの騒ぎになっていてはどうしようもない。


「あ、れな。ごきげんよう」


 俺は苦笑いでれなに挨拶した。この状況で何を言えばいいのかさっぱり分からなかったため、とりあえず挨拶すれば乗り切れるだろうと考えた末の結果がこれだ。


「なにがごきげんようよ!あんた今の状況分かってんの!?ばかなの!?」


――――やっぱり現実はそんなに甘くなかった。


「あら?れなさんじゃないの?ごきげんよう」


「あんたも同じこと言ってんじゃないわよ!白雪!」


「相変わらずの短気ね。そんな事だと凜太郎くんが逃げちゃうわよ?」


「逃げるわけないでしょ!凛は私が守ってきたんだから!あんたみたいな泥棒猫に蓮は絶対渡さないわよ!」


「そのうち私のところに凜太郎くんは来てくれるわよ。なぜなら私の方が優しいから、い~っぱい甘えさせてあげるからね」


 白雪は抱きしめていた俺の左腕を更に強く抱きしめた。白雪の胸が当たる感触がして、俺の意識が少しばかり昇天した。


「分かってないわね!優しいだけじゃダメなのよ!凛の傍にいてあげるためには強さも兼ね備えた彼女じゃなくてはいけないの!つまり私よ!」


「……ねえ、二人共?」


「「なに!?」」


「とりあえず、三人でファミレス行かない?」


「「いく!」」


 れなが参戦してきたことで騒ぎが拡大し始めてきて収拾がつかなくなりそうだったので、俺は一か八かの賭けで二人に聞いてみたが乗ってきてくれて助かった。

 本当に女性の扱いは難しいし分からない。


        *


「――――それで、白雪は人様の彼氏連れて何しようとしてたわけ?」


 ファミレスに着いて、すぐにれなが白雪に対して尋問を始めた。


「人聞きの悪い。凜太郎くんが困っていたから相談に乗ってあげようとしただけよ」


「凛、ほんとなの?」


 れなの威圧的な表情と言葉に俺は「うん」と小さく頷いた。


「そういえば白雪。あんたも蓮が記憶喪失なのは当然知ってるわよね?」


「ええ、もちろん。同じクラスですから」


「ここだけの話よ。こいつ記憶喪失だけど記憶喪失じゃないのよ」


「……れな、あなた勉強のしすぎで遂に頭おかしくなったの?」


 口元を手で押さえながら心配そうな目で白雪はれなを見つめていた。


「――――本人いるんだから直接確認してみればいいじゃないの!」


 れなは立ち上がり、ムッとした表情で怒りを露にして俺の方を指さした。


「凜太郎くんほんとなの?」


 俺は先日、れなに話した事と同じ事を白雪にも話した。白雪は予想通りの反応を見せ、両手で顔を隠し状況の整理を始めた。遂には一人でぶつぶつと何か呟き始めたが大丈夫だろうか。明らかに白雪が壊れた。


「白雪、考えたところで無駄よ。あの頃のあいつはもういないんだから」


「……諦めたくないけど諦めるしかないのかしら。でも、勇者の魂が転生して蓮くんの身体を乗っ取っちゃうなんてほんと信じられないわ」


「まあ、その分、俺は前の百倍以上は強くなったから心配なさらずに」


「それってどういう事?」


「俺があっちの世界で身に付けた力をこっちでも使えるんだ。こっちの世界じゃ間違いなく敵無しだな」


「それは素敵ね!じゃあ凜太郎くん私のことしっかり守ってね」


「ちょっと、凛は私のだって何回言ったら分かるの!?私が守ってきた分、今度は逆に守ってもらうんだから」


「ところでお前ら二人って仲良さそうだけどいつから知り合いなの?」


「これも説明しなきゃいけないのね。ほんとに記憶喪失には困ったわ」


 そう言うと、れなは嫌々ながらも白雪との出会いを教えてくれた。

 二人が出会ったのは五月の中間テスト。その時の一位が白雪で二位がれなだった。実はれなも白雪に負けず劣らずの成績優秀、スポーツ万能。この中間での出会いを機に両者とも互いに競い合うライバル的存在になったのである。

 

「――――ここまでは良かったんだけどね。その後にこいつがとんでもない事言い出したのよ」


「とんでもないだなんて。ただ私は凜太郎くんの事が「好きだ」とれなさんに伝えただけじゃないのよ」


「それが問題だって言ってるんでしょ!当たり前のように言わないでよ!」


「好きな気持ちを抑え込むなんて私には出来ないわ、無理よ」


「……あんた、異常よ。ほんとイカれてる」


「そんなに褒めなくても大丈夫よ」


「誰もあんたの事なんて一言も褒めてないわよ!」


 こんな漫才をずっと聞かされている俺の気持ちも少しは考えて欲しいものである。白雪が俺のことが好きだったことにはさすがに驚きが隠せなかったが、こんな美少女に好きだと言われるのも悪くないな。

 あっちの世界では恋愛なんて無縁だったから転生出来て少し幸せである。


「――――そろそろ、本題に入りたいんだけどいいか?」


 白雪が「なんかあったかしら」という顔で俺の方を見て首をかしげた。


「俺の相談乗ってくれるんじゃないのかよ」


「ああ、そういえばそうだったね!すっかり忘れてたよ、あははっ!」


 本当に最初から相談に乗るつもりだったのか心配になってきた。白雪のやつ、来てからというもの、飲み物飲んでポテト食べてばかりで一向に相談についての話を振ってこなかったのだ。だから俺の方から振ることにした。


「えーと、有栖紗羅花(ありすさらか)という少女についてなんだが……」


「紗羅花?紗羅花がどうかしたの?」


「え?白雪は紗羅花知っているのか?」


「知ってるも何も同じ学校じゃん。私と凜太郎くんの隣のクラスにいるよ?」


「「はい?」」


 俺とれなは驚きのあまり同じタイミングで声を出して目をぱちくりとさせて顔を見つめ合わせた。


 コップの中の氷が「カラン」と音と立てた。

 その音がはっきりと聞こえる位の沈黙がしばらく続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王に敗北した勇者、現実世界の男子高校生に転生して魔王に恋をする。 倉之輔 @Kuranosuke3939

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ