第3話 現実世界の魔王の名は

 俺とディアボロストは未だに睨み合い、膠着状態が続いていた。


「あの闘いで勝ったのはお前だろ。あの後、お前はあの世界を支配したんじゃないのか?」


「我もすぐにそうしようと思ったのだ。生憎だがな、もうその時点で魔力が底を付きかけていたのだ。我は残った魔力で再び魔力生成を行ったんじゃが急に魔力が暴走を始めてな。そして突如として謎の空間が開き、我は吸い込まれた」


「そんで行きついた先がこの世界だったと……」


「……そういうことじゃ」


 こいつには自分自身と仲間を殺されたが今は少し同情の気持ちがある。

 だが、魔力生成に失敗したことで国が亡ぶことなく済んだ事は素直に嬉しい。


「しかし、あの偉大な魔王様が随分と可愛らしい姿になっちまったな」


 闘っていた時のディアボロストは俺よりも身長は高く、冷酷非道かつ残虐な恐ろしい魔王だった。

 また容姿も整っており、銀髪のストレートに真っ赤な口紅を塗った唇、そして鋭い視線を送る瞳。悪魔だけではなく人間すらも魅了するくらいの魔王だった。


「可愛らしいは余計じゃ。我を誰だとおもておる」


「魔力皆無のただの少女」


「さては貴様、我に殺された事を根に持ってるな?」


 ディアボロストが不愉快そうにムッとした表情で睨んできた。そんな顔で睨まれても前の恐怖心は殆どない。逆に愛らしく感じてしまう。


「当たり前だろ?仲間殺された挙句、自分も殺されてんだぜ?」


「それはお主らが弱かったからじゃ。強ければ死なずとも撤退し無事に国までは帰れたかもしれぬのにな」


「……俺達の撤退はありえない。俺達は国のために戦っていたんだ」


「それなら、あそこで死んでしまったのはしょうがないの~」


 他に何も言い返せなかった、俺達の力が足りなかったから負けた。それは覆ることは絶対に無い。自分に出来ないことなんてないと心に決め、俺は勇者として魔王討伐を志願した。魔王の自滅という形で国は救われたが俺の力ではない。

 俺は悔しくて奥歯を「ギリッ」と噛み締めた。


「凛!いつまで話してるの!暗くなっちゃうよ~?」

 

 れなが駆け足で俺の方へ向かって来ていた。

 そういえば待たせているのすっかり忘れてた。


「勇者、誰じゃ?その女は?」


「こいつは『れな』、俺の幼馴染で彼女らしい」


「……待てお主、今、なんと言った?」


 ディアボロストの表情が明らかにおかしい。額から汗を流し、きょとんとした顔で俺の方を見つめていた。俺なんか変なこと言ったかな。


「こいつは『れな』で、俺の幼馴染。そんで彼女」


「――幼馴染で彼女だと!?」


「そ、そうだけど。そんなにいきなり声荒げてどうした?」


「荒げるに決まっとるじゃろうが!幼馴染で彼女!?最高じゃろ!」


「何が最高なのか、俺にはさっぱり分からんのだが。早く教えてくれ」


「……良いだろう。特別に教えてやる!」


 そう言うとディアボロストは長々と何かを語り始めた。

 ラブコメ界において幼馴染の彼女を持つ男主人公がどれだけの脅威を持つのか知っておるのか、いきなり彼女持ちの男に転生とか転生シリーズの男主人公に失礼じゃろ、そもそもがそんな転生許されるはずがないなど、俺は一言一句聞き逃すことなく聞いていたのだが何を言っているのかさっぱり分からなかった。


「……ディアボロスト、ごめん。もっと簡潔にお願い」


「めんどくさい奴じゃの!要するにお主は恵まれているという事じゃ!」


「恵まれている?この俺が?」


「そうだ!そんな綺麗な彼女持ちなんて恵まれているに決まっているだろう!」


「……綺麗な彼女だなんて……照れちゃうな……あはは」


 れなが両手で顔を隠しながら軽く微笑み呟いた。

 そんなれなを見たディアボロストは気に食わなかったのか、今度は標的をれなに変えて質問を投げかけた。


「おい!そこの女!なんでこんな男と付き合っておるのじゃ!」


「だって幼稚園からの付き合いでその時からずっと好きだから。凛は昔から弱くて内気な性格でね、私が守ってあげなきゃいけなかったの。小学校も中学校も私が一緒にいてあげないと何させられるからいつも傍にいてあげたわ。そこそこのイケメンなんだからもっと自分に自信持てばいじめられることも無かったと思うんだけどね。本当はあの事故は蓮が自殺しようとしたんじゃないかと思って心配だったの」


 俺がさっき聞きたかった俺の過去をここでれなが明かしてくれた。

 転生する前の俺はそんなにも弱い人間だったのか。

 だから教室でも誰も話しかけてくれなかったのか。

 

 俺は自分がどんな人間だったのか、全ての謎が解けた。


「……そうか、お主は優しいのじゃな」


「べ、別に優しいわけじゃないわ!蓮が強ければ良かっただけの話よ!」


「……確かにそうだ。だが!こやつは昔も今も変わらず弱いままじゃ――!」


 その瞬間、ディアボロストはれなに殴りかかろうとした。

 れなは急な攻撃に思わず目を閉じてしまった。


「――――あれ?」


 れなの身体には傷はおろか、何一つとして攻撃の衝撃は届いていなかった。

 ゆっくりと目を開けると、そこには蓮の姿があった。


「凛!?あんた何して――」


 凛を見ると少女の拳を受け止めていた。

 あまりにも強い衝撃で蓮の手からは煙が出ていた。


「ディアボロスト、お前こんな力、どこに隠してたんだよ」


「ふっ……切り札は最後まで取っておくものじゃ」


 ディアボロストは拳を引っ込め、後ろに大きく飛び俺達から距離を取った。


「今日はこの辺で勘弁しといてやろう。また会う日があれば相手になってやる」


「おい!待て!ディアボロスト!」


「この世界でこれ以上その名で呼ぶではない、下衆が!」


「じゃあなんて呼べばいいんだよ!」



――――『有栖紗羅花(ありすさらか)』



「有栖紗羅花だ。これからはそう呼ぶがよい。さらばだ」


 魔王ディアボロスト・クーガもとい有栖紗羅花は夕闇へと消えていった。

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