第三幕 空白
『のっぽの男がドイル、このちっこい可愛い女の子がモンゴメリ、でメガネかけたやつがアクタガワ。全員が作家の名前をコードネームにしている。他にもいるが、今回の捜査をしているのが私含めてこの4人だ。この中で一番の古株はドイルだ。創設以来のメンバーでもある』
モンゴメリから紹介されたものの、アクタガワは僕に目を向けただけですぐにパソコンの画面に食い付き、モンゴメリは僕に会釈をしただけでボウエンの後ろに引っ込んでしまった。僕はここで自分が普通の人間とは違うのだということを思い出した。今の僕は幽霊のようなものなのだ。
しかし、ドイルと呼ばれた男はこの2人とは違い、気さくに微笑み、僕に握手を求めてきた。顔立ちが他の四人と少し異なっている。ハーフというやつなんだろうか。おまけに若い。ボウエンも若いように見えたが、それより若く見える。でもこれで古株ということは実際はもっと年を取っているのだろうか?
『よろしく頼むよ。君の作者はよっぽど悲劇がお好きらしい。ああそんなことは置いておいて、どうだい? この世界は?』
『なんだか……すごいなあ。くらくらするよ』
僕は病室を出てすぐ、機械だらけの部屋に寝かせられた。そして、VRゴーグルとヘッドホンという機器を頭に装着され、この世界についての最低限の知識を身につけるができた。最初は目に飛び込んでくる映像にくらくらしたもののヘッドホンから聞こえる説明はとてもわかりやすく、水が布に浸透するように頭になじんでいった。この機器を見た感じ、どうやら僕の前にもこのような処置を施された漂流者がいるらしかった。
でもなんだか自分が自分じゃなくなるような気分はした。それはどうにも歯がゆいような感じだったが、どうせあの漂流者の正体を知れば、僕は処分されるのだ。そんなことを気にする必要はない。
それよりも、僕は例の漂流者のことが気になっていた。あの漂流者の影を見た途端、胸が高鳴るという経験を初めてしたのだ。あの漂流者のためなら僕の命を賭しても惜しくない、どんなことだってしてみせると無意識に思っている自分がいた。
ただ、僕には一つ疑問があった。
『でもなんで、記憶喪失のようなものなのに……』
捜査に協力してほしいと言われたのだろう?
ドイルは僕のその言葉それだけで、後の文脈を察したようだった。
『君が例の漂流者と縁が深いのは、映像を見せた瞬間の君の反応で分かったとボウエンが言っている。記憶を失った状態で、あの反応をしたということは理性ではなく本能でその漂流者を知っているということなんだ。それは相手も同じ。君を巻き込んで突破してきたということは君への想いが相当強かったということさ』
『はあ』
『だから君が協力してくれれば、その漂流者も捕まえられると言うわけさ。もしかしたら君の方に引き付けられるという可能性もある』
僕はこの目の前のドイルという男からなぜか異質さを感じてしまった。いや、逆に何も無さすぎるからそう感じるのかもしれない。この男からは感情が伝わってこないのだ。顔には笑みが浮かんでいるものの、本心から笑っているのかどうか疑わしい。どこか飄々として捉えどころのない男だ。
『と、この文面だけ見たらルアーとして扱っていると思われかねないな』
『別に構わない』
『いや、そうはいかないな。そうだ一つ面白い話をしよう。親睦を深めるためにね』
ドイルは僕の耳に顔を近づけてきた。ほかの刑事たちに聞かれぬよう内緒話をするつもりだ。
『この世で最初に第四の壁を突破してきたのは誰なのか? じつはこの世で最初の漂流者は物語の原作者なんだよ。それも知らない人はいないというほどの作者』
『え? 作者が? なぜ、物語を書くはずの作者が突破してきたんだ?』
僕は少なからず衝撃を受けた。物語を生み出す人間は決して物語の中に入れないはずだ。驚きを隠せず、続きを聞いた。ドイルの顔は愉快な色で染まっている。
『いやほら有名な作家ともなるとそれに憧れる人がそいつを二次創作のキャラとして使うからだと思うんだけど正直なところなぜかはわからない。けれど作者も物語のキャラクターなんだよ。名前は出ずとも物語を動かす神のような役を羽織った役者としてね。まあ、それはそれとして、そいつが第四の壁を突破してきた時は今みたいに監視がしっかりしてなかったし、外見でどの物語なのか予測する機器もなかったからね。そもそもこんな組織存在しないし。おまけにその原作者の肖像画も想像で描かれたものだし、頭蓋骨も持ち去られてるから正確な顔もわからない。今もどこかでのうのうと生きているんじゃないかな』
そいつがのうのうと生きていると分かっている割にはこのメンバーたちに焦りは見られない。多分今回の漂流者が非常に危険なだけで、この最初の漂流者とやらは実害らしい実害は出さなかったのだろう。
『第四の壁が突破されるようになった原因もそいつにあるんじゃないかと考える人もいる。いやーミステリアスで面白いねえ。いつか会ってみたいよお』
『で、その最初の漂流者のなま……』
名前は何かと聞こうとした瞬間、ボウエンが僕らの間に割り込んできた。
『おい、会議の時間だ。早く行くぞ。お前もこい』
『はいはーい』
とドイルがドアを開けるボウエンの後に続く。僕はドイルの後に続いた。
そして、ボウエンが外に出た直後、ドイルは僕の方を振り返り、さっきより楽しそうな色が濃くなった顔で言った。
『まあ、じきに分かるさ』
僕はそのドイルの表情の中に隠された何かがあるような気がしたが、それを見抜けるほどドイルという人間を取り巻く壁は薄くはないようだった。
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