白柏紡希は振り返らない
まったくもって面倒くさい。
所作ひとつひとつを肯定され、望めば全てが揃えられる。初めは気持ちのいいものであったが、それが日常となるにつれ妙な
恐らく〝私は期待に応えなければならない〟のである。贈られた品々、声に見合う見返りを呈示し続けなければ。ふとした気付きは正午のおひるねの時間、幼なじみの少年のお腹を枕にうたた寝をしていた時だった。思えばここは何ひとつ不自由の無い
それからの紡希の行動は早かった。元より才覚にも秀でていた紡希は周囲から求められる期待も、その想像を超える飛躍で塗り潰した。実益に繋がるものに焦点を当て、スポーツはオリンピック関係を、勉学は理数関係を中心に、習い事は美容関係から花道に茶道に習字とeスポーツを。いや、最後は幼なじみの趣味だった。
「最後のそれはさすがにちょっとダサくないか」
「うるさい」
悩みは尽きない。
直近で言えばまさにこれである。紡希と
更に内容には一切の校正や規制が入らない事から、文章力に長けた生徒達はその才能を遺憾無く発揮し年々文字数が増えていった。初めは一言コメント程度だった文章が今や、掌編小説レベルのクオリティに仕上がっているという惨状である。
無論、この優良生徒コーナーが内申点や評価に関わることは一切無い。
しかも、昨年の優良生徒は
つまりは、昨年度の傑作小説を越える作品を、まったく見返りの無いこのコーナーで、のんべんだらりとやんわり拒否を続けてうやむやにしてきたのに、あろう事か本人の許可も無く人づてで
「今回ばかりはゆるさない」
「大丈夫だって。俺も協力するからさ」
「全っ然心強くない」
入る学校を間違えたとため息を漏らしながら、紡希はパソコンのキーボードを怒りを込めて叩いていた。
「簡単なプロフィールでいいから」とは教師の談であるが、簡単なプロフィールがどうしたら〝人間失格〟を彷彿とさせる文章になるのか、首根っこを掴んで問い質したい。否、ご教授願い賜りたい所存である。
「ああ、そうだあれは書かないの? 〝見返り美人〟」
「あー......」
キーボードを叩く手が止まる。〝見返り美人〟とは、江戸時代の画家である
つい先日、ティーン向けのファッション雑誌に載ったとあるモデルのスナップ写真。その写真の隅に小さく、振り返るような姿で映ったひとりの女性がいた。
小さく映っていたせいか、編集者が見落としていたのかは分からないが、背景に何も加工されずそのまま掲載された写真を見た読者達から「この美少女は誰だ!?」との声が寄せられ、今も尚続く話題となっていた。その女性とは隠すまでもなく紡希であり、これもまた悩みの種のひとつである。
「いい。別に誇るようなものでも無いし。むしろあのモデルさんに謝りたいくらい」
注目を浴びればそれだけ期待される声が増える。期待に応えれば更に注目を浴びる。心底に刻まれる程度には実感してきたその負の連鎖に本心では
「それにしても。〝見返り美人〟だなんて安直な名前よね。皮肉に聞こえるくらいには」
紡希は自身の矛盾を振り返らず、
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