第35話 平和的交流

登場人物

―ウォーロード/ヌレットナール・ニーグ…PGGのゴースト・ガード、単独行動の青年。

―八目鰻じみた種族…先ライトビーム文明を築いた種族。



計測不能:不明な領域、先ライトビーム文明の避難所


 紺色の肌を持つこれら二足歩行の八目鰻じみた種族は、高度な分析能力を用いてヌレットナールとのコミュニケーションを確立した。

 彼らは容易に彼の言語を理解した。PGGで使われる音声言語の一般的なそれの文法や語彙を学習・模倣し、その様は彼を感動させるに充分であった。平和の奇蹟をそこに見た気がした。悪意は感じられず、また彼らからは不穏な兆候は計測されなかった。

 異種族同士が互いにとっての価値観上で侵害せず、互いの存続を許容し、並び立っている。これはPGGでは普通に思えるが、しかしこうして未知の種族とそれが可能であるのは、とても素晴らしい事に思えた。少なくとも、彼らは彼の存続に文句が無いのだ。

 闘争をコミュニケーションに用いる『難儀さ』は無く、戦いが避けられないという状況ではないというのは、実は普通ではなかった。これまでの調査で不幸な絶滅戦争を辿った遺跡を何度か目撃した。そこに残された爪痕、かつて人間マンであった者の残骸が風化し、ある種の化石として存在しているのを目にした時のあの虚しさ。

 ああ、もう二度とこれらの種族は新規の物語を紡げないのかと考えた時の絶望、第三者ながら、彼らの歴史が永久にそこで止まったという事実に慄いたのは一度や二度では無かった。

「こちらの言語を理解して頂けるとは助かります。あなた方が私を救ってくれたのですよね?」

 興奮と緊張でいきなりその質問に入ってしまった。が、言ってしまった以上は仕方無い。彼らの言語上のマナーは未だ謎に包まれていた。ウォーロードもまた明晰な頭脳でこれら八目鰻じみた種族の文化的特徴を推測したり頭の中で整理したりしていたが、まだまだ時間が掛かりそうであった。

「それについては訂正します。あなたが我々を滅亡から救ったのですから。ただ、あなたの生命活動の継続については、確かに我々が干渉し、あなたの命が脅かされないように手を打ちました」

 少しぎこちないが、しかしかなりまともな交流ができているように思われた。興奮は覚めやらず、彼はそれを隠し切れなかった。それだけ、まだ生きている古代種族との出会いは貴重な事なのだ。

「礼には及びません…ああ、つまりその、お礼をされる程大した事を私はしていないという意味で…その、私はギャラクティック・ガードとしてその使命を果たしたまでです…この物言いがそちらにとって不快で無ければ幸いなのですが」

 先程までは『私は堂々とコミュニケーションができます』という素振りであったが、しかしそのようなあくまで見せ掛けの模倣でしかないものには無理があったらしかった。当然であった、彼は任務報告を始めとした業務上の理由を除けば、ほとんど社会との繋がりを絶っており、かつてのように堂々と喋るのは難しかった。

 まあ邪悪を前に皮肉や辛辣さを交えるのは得意であったが、他人と普通に、まともに会話をするのが難しいと感じていたし、それが時折負担となっていた。

「あなたが色々と考え、配慮があるのはこちらでも理解できています。ですがなんであれ、我々はあなたによって退廃から解放されたのです。あの怪物の群れ、単一の群体であるあの悍しいものを隔離し、我々の最後の安息地に侵入できないよう手を打った事でそれ以上の侵害はありませんでしたが、しかしあるのは鬱屈した日々でした。

「想像してみて下さい。外には邪悪に満ちた怪物がいて、それがいつまで存在し続けるのかもわからないまま、この時空のシェルターの中で正常な年月もわからないまま過ごす生活を。それは我々のかつての文明とはかけ離れた、いつまで続くかもわからない永き避難所生活でした。一体外ではどれだけの時間が経ったのでしょうか? 我々の築いた都市、憩いの場、記念碑、それらは砂塵に埋もれて消えたのでしょうか?

「総人口のたったのナリファイア関数の…失礼、一パーセント未満が生き残ったに過ぎず、ほとんど皆が誰かを亡くしたのです。我々は故郷ではないこの異次元に隠れて暮らし続けるという希望の薄い日々を時間感覚も曖昧なままに、ひたすら過ごしたのです。そしてあなたが、その恐怖を取り除いたのです」

 ヌレットナール・ニーグは終わりの見えない避難所生活がどのようなものかを想像した。己らの見慣れた風景や空、季節があったとしよう。ゴースト・ガードとして一人で流離う彼には縁遠いものだが、それでも想像してみた。

 そしてそれが見られなくなるのを想像した。それは自発的に宇宙開発や、あるいは異次元や異位相に進出するわけではない。その必要性があって、望まない避難を強いられる。己らの意志で招いた悪夢であれば全力で後悔すればよい。だが、そうではないものはどうか? 外部からの圧力で、見慣れた故郷から異次元の穴蔵で息を殺し、そこから出ずに一生を過ごす。

 己が破壊したのは、そのような悪夢の日々であったのか。文明の黄昏、予想外の滅亡劇の先の、それ以上悪化も改善も無き、閉塞の日々。想像すると胸が詰まった。

 彼はつい先程まで、打ち果たしたあのグロテスク極まる邪悪と相討ちになるか、倒したはいいが一万年もここから出られないであろう結果についても受け入れていた。それなのに今となっては、彼ら異種族が辿った苦難の日々に心から同情していた。

 思えばこのような孤独の日々を始めてから、初めてこれ程までに『助けたり守ったりした対象』と接近した。思えばそのような事はこれまでに無かった。任務として介入するだけして、危険が去ったと判断できればそれで立ち去った。

 無論だが単なる義務ではなく、そうしたいからそうしていた。今でも社会のために役立つ事を名誉だと認識していた。だが、やはりどこかの時点で、あるいは初めからかも知れないが、彼は文字遠りに社会やそれを構成する人々と距離を置いていたのだ。

 そして今回は理由があって、そうはならなかった。ただ助けて二・三話して立ち去る事にはならなかった。

「私は…」

 どうにも言葉に詰まった。次に何を言うべきかがよくわからなかった。

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