第33話 怪物の末路

登場人物

―ウォーロード/ヌレットナール・ニーグ…PGGのゴースト・ガード、単独行動の青年。

―切断された部位群の基幹、フレースヴェルグ…未知の邪神から切り離され機能が狂った群れの統括器官、本来『ファンシー』なはずの外見表示に異常が生じた四足歩行の怪物。



計測不能:不明な領域


 腐敗したものの断末魔が響き渡り、地獄めいたその最期の熱唱が臓腑にまで染み渡るかのようであった。だが不思議と不快感とりも爽快感が勝り、それはこのような化け物に最期を迎えさせた事による達成感であろうと思われた。

 既に思考は途絶え始め、学生の頃に眠気覚ましを使わぬまま徹夜明けの授業を受けた時の感覚を思い出した。死ぬ前の思考としては案外平和呆けしたものであるが、しかしこの死闘明けであれば悪い話でもなかった。

 結局のところ己は、かようにして人知れず死んでいく事になった。結局のところ己は、かつての親友達と話す事も無いままに死んでいく事になった。

 だが彼らならやっていけるだろうと考えた。パラディンやメズが己の死をどのように受け止めるにしても彼らならば立ち止まりはすまい…。

 というよりは今の彼らが、一方的に縁切りしたも同然の己の死を悲しんでくれるかどうかを心配すべきかも知れない。そう考えると少し笑えた。無論、笑うのにも苦労したが。

 目の前で狂った異界の化け物がその設計上の原子配列と乖離した己の表示された情報を今まで以上に狂わせながら、次から次へと苦しんでいた。

 すうっと上昇しながらそれはのたうち回り、皮膚が裏返ったり戻ったりしながら連鎖的に崩壊していた。邪悪そのものの最期であった。これ以上誰かを脅かす事もあるまい。

 信じられない程グロテスクな呪詛を撒き散らして死にゆくそれに対して、ウォーロードは見上げながら力を振り絞って嘲笑ってやった。

「死ぬのはどんな気分です? こっちはそんなに悪くないですがね。そっち…は…」

 言葉が途絶えたが、言いたい事は言えた。これと相討ちになったわけだが、ギャラクティック・ガードとして銀河社会を守れたのは誇らしい事であった。そのために志願したのであるから。

 このようないずことも知れぬ、時空間の狂った地であろうとも、人知れずひっそりと惨めに死ぬのであろうとも、人々の盾となれたのであれば大変名誉な事なのだ。

 気分よく死ねるのは幸運な事だ。中には無念の死を遂げた隊員達もいようから。であればそれを噛み締めて最期を迎えてやろう。

 そして遂に腐れ果てた怪物は一際大きく暴れ狂いながら完全に崩壊し、この場を包んでいた光り輝く黯黒が晴れた。それと同時に一際意識が遠退き、視界がぼやけた。

 意外な事に苦しくなかった。老衰で死ぬのはこうした具合いであろうか。宇宙に平穏が戻るのを感じ、彼はアーマーの中で力尽きようとしていた。

 そうだ、これでいい。この結果には満足している。この地で死ぬとしよう。

 意識が薄れる中で、視界の端に何かが見えた気がしたが、その瞬間何も見えなくなった。その瞬間に意識というものが途絶えた。彼という個体はこの時終わったかのように思われた。


 知覚があった。まず音であったか、それとも光景であったか、それも定かではないが、ぼんやりとした実感の薄いところからそれは始まった。

 よくわからぬまましばらくそれが続き、やがてヌレットナール・ニーグは己がまだ死んでいない事を察知した。半信半疑でありながら、しかし実感はあった。

 まず彼はHUD越しにアーマーの両手を確認してみた。いつの間にか修復していた。あの怪物が死んだ事で修復したのか? それは妙だと思いつつ他の部位も見た。

 計算上は間に合わないはずであった。計算ミスか? そうとも思えず、であれば何故まだ生きているのかと不思議に思った。あのじわじわと窒息していく感覚は既に無く、意識ははっきりとしていた。

 まあそもそも、HUDというか、顔面のアーマー自体が破損していた事を思い出した。


 今にして思うとあの徐々に意識が遠退く感覚は恐ろしく思えた。こうして今生きている事が幸せに感じられた。先程まで死に名誉を見い出していた事がやや信じられなかった。

 だが、一体何があったのか? やはり何かの計算ミスなのか? そのようにして拾った望外の幸運か? まあアーマーさえあれば、銀河標準時で約一万年後には脱出できるが…。

 彼ははっとして周囲を見渡した――明らかに先程と違う光景が広がっていた。あの邪悪に汚染された決戦の地に先程までいたはずが、いつの間にか見知らぬ場所にいた。

 よく手入れの行き届いた場所であった。材質は同じだが、しかし遺跡ではなく、生々しい雰囲気のある床が広がり、周囲は壁によって円形に覆われていた。何かしらのホールであろうか。

 己は一体どういう状況下に置かれているのかと思い、ひとまず周囲をスキャンした。やはり材質はどれも新しく、まるで時が止まっているかのようでもあった。見上げると螺旋状に窪みがあり、それらはゆっくりと脈動していた。

 まるで生きているかのようなその光景は見事で、独自の芸術であった。なるほどこれが先ライトビーム文明の往時の姿であるのかと感心しつつ、彼はふとこれまでに無い体験がこれから発生する事に気が付いた。

 これは明らかに、まだ生存者がいるのだ。その数は不明だが、しかしもしかするとある種友好的かつ普遍性のある遭遇となるかも知れなかった。

 現に、その見知らぬ『彼ら』が己をここまで運んだと考えれば納得できる。そして不意に、周囲から何かが出現した。

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