第32話 相討ちでも勝ちは勝ち

登場人物

―ウォーロード/ヌレットナール・ニーグ…PGGのゴースト・ガード、単独行動の青年。

―切断された部位群の基幹、フレースヴェルグ…未知の邪神から切り離され機能が狂った群れの統括器官、本来『ファンシー』なはずの外見表示に異常が生じた四足歩行の怪物。



計測不能:不明な領域


 ここで死ぬのかと思うと集中したままの脳内にこれまでの人生が薄っすらと描写され始めたような気がした。

 実際にそうやって思い出しているのか、そう錯覚しているのかは不明ではあったが。

 まともな部類の思い出もあれば、心が傷付いた時の思い出もあった。

 プライドを砕かれたような想いをせねばならないためにずっと封印してきたあのリハビリの日々も含まれているのかも知れなかったが、しかし先程と違ってやや穏やかに受け止める事ができた。

 呼吸の満足度が下がってきた事で思考も麻痺しているのかも知れなかった。

 しかし眼前の悍しい化け物を殺すぐらいには集中できたし、その上で思い出を振り返るのであればそのような醜悪極まるものを見続けるよりはましなように思えた。

 腐敗した化け物は未だに当てずっぽうでランダムな方向へと次々に表皮の連打を放っていた。

 聴覚器官を引き千切りたくなるような聴くに堪えない凄まじい苦悶の声が響き、その本人らにとってはファンシーなつもりであったであろう、気色の悪いグロテスク極まる肉体からこのような虫けら特有のわざとらしい芳香的悪臭を撒き散らしては、己の機能停止という今後について受け止められていないらしかった。

 ふとウォーロードは、これから恐らく死ぬであろう事についてより深く考え、何について思案すべきかと悩んだ。段々と視界も悪くなってきた。

 表皮の連打が今のところ命中する事は無いため、嵐のように吹き荒れるその乱舞の中で涼しそうに一歩一歩接近しつつ、人生の最期について考えた。

 思えば死ぬ事になった場合にどうするかについて向き合った事は無かったのかも知れなかった。

 どこかで野垂れ死ぬ事を予期しつつも、どこか他人の事柄のように思っていたのかも知れなかった。今ひとつ実感が薄いながらも確実性のある未来であった――実際、もう少しすれば窒息するはずだ。

 何について考えようかと贅沢な悩みを抱えつつ、まるで銃撃戦の最中のような騒音及び実害が飛び交うその中心地へと近付きつつ、この怪物が殺したものについて想像した。すぐ近くの地面がぐちゃぐちゃと表皮に抉られるのを無視した。

 己の結界すらも殴り続けている眼前の腐れ果てた巨獣が、ウォーロードが先ライトビーム文明と名付けた古代文明に一体何をしたのか。『普通に考えれば恐らくそうなったであろう』結果を理解する事は容易かった。

 簡単な話だ、この文明のあらゆる建築物、見事な文化の代物である、硬化した体組織じみた材質の有機的な質感の素材を用いたこれらの人工物を遺跡や遺構にした、それが答えであろう。

 生き残りがいる可能性もかなり低く、誰かが生き残っていて欲しかったが、もしかするとこの怪物を隔離する際に相討ちになった可能性とてあった。実際この怪物は惑星の地表、すなわち通常の宇宙空間に存在していたウォーロードをこちら側へと引き摺り込んだ実行犯である可能性が高かった。

 つまりそこまで強壮であり、狂っていながらもある程度の適応力があり、狂っているなりに信じられないような方向性へと進化する可能性とてあった。

 であればここでそれを殺せるのは幸運であった。ランダム性を計算中。全て予想の範囲内。首のすぐ横を掠めた。無論だが当たりに行かなければ当たらないと知っていた。

 体表のどの部分の表皮を伸ばすかをアーマーのコンピューターが予想できるようになってきた。半分死にそうな金属の塊をそれに従事させているのであるから、望んだ結果があって然るべきであった。

 そして実際のところ、イーサーの刃を振り上げたウォーロードは肉眼で至近距離から怪物を睨み、それを振り下ろすようにして突き刺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る