第19話 切り離された細胞群を統括する怪物

『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。


登場人物

―ウォーロード/ヌレットナール・ニーグ…PGGのゴースト・ガード、単独行動の青年。



計測不能:不明な領域


 名状しがたいものとの対峙が迫っていた。芳しい悪臭、わざとらし過ぎるが故にグロテスクな感じのするその香りの、想像上の匂いによって噎せ返りそうになったヌレットナールはアーマーの機能で気持ちを落ち着かせるための物質を投与した。だがそれらは無限に続くような砂漠の中央で本物の渇きに襲われ、少量の水を飲んだ時の感覚――少なくとも彼の想像上では――と似ているような気がした。それを思えば依存してしまうような気がしたので投与を打ち切り、精神を落ち着かせるために努力した。発狂させるためのあらゆる努力がアーマーの外で渦巻き、それらを遮断して、なおかつ堅牢な精神を持っていても、不安は燻り続けていた。

 地獄の使者が歩いた時に残す余燼のような、思っている以上に長く残り続ける悪影響があちこちに存在しており、常に生産され続けていた。ウォーロードは集中力の高まりによってスローになった世界の中で、信じられないような邪悪、あらゆる羨望のための努力を放棄した邪悪の一部が棲み潜む圏内へと、ゆっくりと、しかし着実に引き寄せられていた。今更戻るつもりもないし、また藻掻いてみても無駄であるらしかった。

 抵抗を辞め、死の化身じみたものが作り出す汚染の領域への突入をいよいよ覚悟した。まだ無事な首から上の感覚が強張り、筋肉が音を立てて嘆いているようにも思えた。腐り果てた怪物の地獄めいた芳香が強まり、何かが吠えているように感じられた。もしかすると聴覚に異常が発生しているのかも知れないし、それ以外の悪影響かも知れない。すなわち、世の中には存在するだけでも有害な影響を撒き散らす生物がおり――。

 遂にヌレットナール・ニーグは入り込んでしまった。光り輝く黯黒の中へと吸い寄せられ、そこは想像していたよりも何十倍も酷く、悪意が増幅され続けていた。彼が入った瞬間に不快感が駆け巡り、目がずきずきと痛んだ。脳は理解を拒もうとしてエラーを吐き続け、味覚はありもしない美味を感じ取ってそのわざとらしさに吐き気を催した。あの運命の日以来、呪いによって感覚が存在しなくなったはずの首から下の躰を、気色の悪い睨め付けが物色しているのを感じてしまう程であった。信じられないような、ありとあらゆる不快感が満ちていた。

 腐敗の王の分離された一部どもの統括機能がそこに存在していた。黯黒宇宙より飛来した超巨大生物の、圧縮された高密度体の細胞じみたものが蠢いているように思われた。元は四足歩行であったと思わしきそれの姿はやはり原子の設計上の配置からかけ離れているせいで異常な外見を成しており、異様に伸びた前腕は常に上下をじたばたと行き来していた。後肢はこれまたあり得ない振る舞いによってサイズを常に一定周期で大小させており、顔面はアドゥムブラリの長い触腕のような舌がばたばたとランダムに乱舞しては、顔面の前面から大気を腐敗させる悪影響を発していた。時間の異常な流れを貪欲に飲み続けるこの怪物は平均的な建物の三階部分に達する程で、それがこの地の中央に居座っていた。

 この地の全体はやはりあの硬化した体組織じみた材質によって足場が形成されており、それら見事な芸術をこの腐敗の根源が台無しにし続けているのだ。所々にスロープを備えた、おおよそ円形、かつそれに三角形を重ね合わせた図形の上に彼らは立っており、ヌレットナールはその端っこに立っていた。

「一応警告しますが、投降して連行される事をお勧めしますがね?」

 ウォーロードの名で畏怖される青年はアーマーの中で気持ちを整え、異次元から這い出たエントロピーの化身と戦うかのごとく、いつでも殺し合いを始められるよう心を落ち着かせていた。

 彼は勇者としてあらゆる不快感を平定し、あとはその根源を潰すのみであった。

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