第16話 現実逃避

登場人物

―ウォーロード/ヌレットナール・ニーグ…PGGのゴースト・ガード、単独行動の青年。



計測不能:不明な領域


 日々の事を少し思い返しながら彼は探索していた。己なりの正義はあった。しかし変わらぬ現実があった。境界付近での任務よりも、このような誰もいないエリアでの任務に志願する事が増えた。

 よくある話だ。境界付近、特に向こう側の無法地帯の住人や種族が難民として線を越えて避難する。その後に何が起きるのかはまさによくある話であった。不和や衝突、不寛容や犯罪の増加は避けられなかった。境界のこちら側でそうした治安維持に赴く機会も少なくなかった。

 だが、気が付けば己は逃げていたのであろうか。『面倒臭い』として見ないようにしていたのであろうか。それは今となってはわからなかった。己はもうPGGの領域におらず、古代文明の異常な時空間に囚われているのだ。今更考えても手遅れに思えた。

 彼はまたしても逃げる事を選んだかのかも知れなかった。社会問題を直視する事を避け、その場凌ぎの対症療法的な警察行為に従事する。無論それが仕事だと言う事はできた。実際に彼はそうして、己の思考から遠ざかるようにして歩いて行った。

 己の芯になっている正義感を、あえて疑おうとはしなかった。それはもしかすると、『これから何世紀も無関係』という事実に基づいているのかも知れなかった。


 そろそろ問題そのものに到達しそうに思われた。散発的な遭遇を繰り返し、その度に薙ぎ払ってきた。これらは末端であり、恐らくもっと上位の権限が存在するはずだ。

 現状の再確認のため、ある種の独立的な戦闘マシーンを想像してみた。それらは何かしらの理由で本体から切り離され、独自に行動し、より下位の部位を操作している。

 なるほどやはり、そのように考えるとあり得る話に思えた。長期間の本体との分離によって次第に狂っていった何かしらの側面。

 邪悪の形態としては理に適っていた。想像するだけで自殺衝動が沸々と湧き上がる事を除けば、実に真実味があった。まあ逆に言えば、その悍しさ故に、実在性を信じられるのかも知れないが。

 実際のところ、想像ができる程度にそれは邪悪なのであろう。すなわち、見聞きしなくても人並み程度の想像力があり、なおかつ本人にその気があれば想定可能なのだ。

 人々に想像させる事ができる邪悪というのは、それが妄想ではなく実在なのであれば――疑いようもないように思われた――この宇宙屈指の害悪であろう。

 ヌレットナールは不意に己の腕が、無意識に動いていた事を認識した。強靭な精神力があったお陰で助かったが、腕部の武装が機動しそうになっていた。

 想像するだけで自殺したくなる程の邪悪というのがいかなるものかをその身をもって思い知った。なるほど、ここまでグロテスクか。

 未だに見聞きしておらず、存在を感じる事もできないのに、それについて想像した事ですら命取りになりかねない真の悍しきもの。

 ウォーロードは気を取り直して歩き始めた。ここで死ぬわけにはいかなかった。ギャラクティック・ガードとしてすべき使命が存在した。

 そこに邪悪が存在するのであれば、対処せねばならなかった。その身を民衆の盾とせねばならなかった。そのために志願したはずだ。

 もし今後、狂った地獄めいた怪物ども以外の誰とも会えないまま永き月日を過ごす事になろうとも、やらなければならなかった。

 古代文明を滅ぼしたであろう何者かが、正常な宇宙へ侵入できる事を心待ちにしているのであれば、ここで決着を着けねばならなかった。

 そして己がどうなろうとも必ず勝利せねばならなかった。社会との繋がりが希薄になった己ができる数少ない社会貢献であり、この銀河に生きる者としての気高き指針であった。

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