第9話 破壊された楽園

登場人物

―ウォーロード/ヌレットナール・ニーグ…PGGのゴースト・ガード、単独行動の青年。



計測不能:不明な領域


 最低限の接触で生きてきた今の生活をぶち壊されたか、あるいは台無しにされて鬱陶しい現実と直面させられた気分になった。人生最悪の瞬間の一つをこうして第三者視点で眺める羽目となり、しかもそれは強制的で、目を逸らす事も許されなかった。

 肉体の無い恐らく精神体的な何かとして過去を見せられ、屈辱的で惨めな気分に浸るのは大層気分が悪かった。体調を崩しそうになり、何も感じなくなった手足がむずむずするような幻覚に襲われ、アーマーの中でより一層閉じこもった――いつの間にか彼はアーマーの中に戻っていた。

 あの幻視体験だかなんだかは終わっていた。即座に精神をスキャンして何があったのかを確認した。HUDに表示された情報によると己が見たのは時間の異常な流れによる過去の体験であり、一時的に時間の流れに囚われていたらしかった。

 アーマー化したガード・デバイスが彼を有害な時間の影響から守っていたはずだが、どうやら少しだけ抜け穴があって、それは彼が抱える心の問題と合わさって印象に残っている過去を心の奥底から引き摺り出して実体化させたと考えられた。

 ウォーロードと呼ばれ畏怖されているはずの男はアーマーの中で泣き、どうしようもない悪感情に支配され、とにかく叫び声を上げた。忘れたかった過去が蘇ってそれを無理矢理見せられ、逃げられないものとして実感させてある種の絶望をもたらした。

 無駄に終わったリハビリに対する嫌な思い出、もう二度と己の力で行動を起こせないという暗澹たる未来への失望、そして見られたくない姿を見られた恥ずかしさ。それらに蓋をして、表面上は何も無いというクソったれのサングラスをして全て順調なふりをしているだけだと思い知らされた。

 結局のところ過去は過去であり、体験した出来事であり、変わる事も無く、どこまでも追いすがるのだ。生き方を変えて己らしい幸福を追い求めたところで既に起きた事はリニア的時間の中で生きる限りは永続してすぐ後ろで笑っているのだ。

 どうしようもなく腹が立って、どうしようもなく恥ずかしくて、どうしようもなく辛くて、涙を流す種族ではなかったが傍から見ればそれは涙を流しているのと同じに見えるであろう。

 彼は誰もいないこの異常な時間に支配された地で、今の生き方とその生き甲斐を『萎えさせ』『愚弄して』『穢した』時空間の異常を呪いたかった。

「なんだって言うんですか! 私はただ一人で誰からも何かを期待されるでもなく生きたかっただけなのに!」

 とにかく叫びたかった。誰も聞いてはいまいが。今にして思うとそれこそが孤独のある種の欠点なのかも知れなかった。真に孤独を望んだわけではなく、あくまで最小限の社会との繋がりを残してゴースト・ガードを引退しなかった。

 その結果、己の心が張り裂けそうな今この時にも、誰もそれを聞いてくれる者はいなかったのだ。矛盾は今にして浮き彫りになり、その結果がこの慟哭であった。

 あの見たくない過去においては親友に己の恥ずかしい様を見られる事をあれだけ拒絶したヌレットナールは、皮肉にも今現在はその様を誰かに見て、そして聞いて欲しかったのかも知れなかった。全ては己の選択であり、それが重く横たわっていた。

 無意識にアーマーのスピーカーを起動してその声を周りに放っていたらしく、大声が紫色の背景に覆われたこの地の先ライトビーム文明の人工物へと響き渡った。

 だが運命は奇妙なものであり、その叫びが古き邪悪を呼び覚ましたらしかった。


 不意にアーマーの凄まじい警報が鳴って悪感情の嵐から引き戻され、頭がすっきりするのを感じた。何かがいると本能的に察知し、そして己ですら不気味に思うぐらい即座に心を入れ替えて何があったのかを確認した。目を見開いて表示されている情報を読んだ。

 周囲を見ると円形の場所にいて、周囲はあの硬化した体組織じみた有機的な外見の素材による壁で覆われ、天井は存在せず濃い紫色の空が広がっていた。ドアが後ろで閉まり、一瞬振り返ってまた前を見た時には目の前の五箇所で時空が歪み始め、そこでより一層時間の流れがあべこべになって混ざり合った。

 何かが這い出てくる前兆なのだと思って身構え、武器にアクセスした。原子レベルで物体を分解するプラズマ兵器を起動して右腕に形成し、同時に左肩からプレシジョン・ライフルの銃身を前向けて伸ばした。

 彼はこう考えた――聞いてくれてありがとうございますとでも言っておいた方がいいんですかね? 嫌な話だが経験上明らかに敵対的であろう何かの到来によって彼は打ちのめされた状況から立ち直る事を強いられ、そして自らをそれを受け入れた。

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