第7話 異常によって生じるもの
登場人物
―ウォーロード/ヌレットナール・ニーグ…PGGのゴースト・ガード、単独行動の青年。
計測不能:不明な領域
名状しがたい何かがいる――というのは大体予測できるパターンだ。得体の知れない遺跡には高確率でわけのわからない何かが潜んでいて、それらは信じられないような悪意を湛えて襲い掛かる。まあ統計を取ったわけではないが。
ウォーロードは何も無い、暗い紫色の只中に浮かんでいた。上も下も無いように思われ、時間の流れを可視化してみるとそこら中で色分けが発生し、とにかくどこもかしこも乱雑に時間が存在していた。ガード・デバイスによって形成されたアーマーが己の存在を保証していた。
グロテスクな何かの意図が現れるのは時間の問題であるという彼独自の予測があり、そしてそれを特に疑っていなかった。
彼は己のこのある種安定した生活が終わるかも知れないという、それどころか己がこのいずことも知れぬ地で野垂れ死にを遂げるかも知れないという状況において、己でも奇妙に思うぐらい落ち着いていた。
濃い紫色の視界を見渡して、それらが延々とどこまでも広がる様を観察した。やがて何かが形成され始め、気が付くと彼は元いた衛星のそれと同じ文明によるものと思われる人工物の中にいた。その外側や空はあの紫色で覆われていた。
ここは時間の流れが地点によってばらばらであり、しかし形成されたこれらの人工物は状態がよかった。ヌレットナールは空中遺跡じみたそれらの人工物の突き出た渡り通路のような場所にいて、それは彼の背後で途切れていた。
とりあえず歩き始め、何か無いかを確認した。スキャンによるとこれらは往時のままらしく、恐らく今後も残り続けると思われた。彼の周囲では時間が異常な振る舞いを見せ続けていたが、しかしこれらの人工物はこの地に存在する時間の停止を引っ張って来て保存に活用していると思われた。
なるほど、この少し歩くだけでどうなるかもわからない危険な地におけるばらばらな時間の流れを上手く活用している文明であるというわけだ。
もしかするとこの文明を創造した種族に会えるかも知れないと淡い期待をしつつ、それまたはそれらの種族がもしかすると敵対的で悪意を持っていたらそれは残念だなと考えた。
彼は有機物じみた通路を歩き、捻じ曲がった枝のようなものが通路の両側面を柵として塞いでいるのを見た。密度はそこまででもないのでその隙間からは濃くて暗い紫色の世界が広がっているのが見えた。
尋常ならざる異星文明の残存物の中をゆっくりと歩き、その意匠を観察した。様式の違いを確認できる程に彼はこの文明に熟達していなかったが、ともあれ独自に生まれた文明のある種の到達点としての、硬化した体組織じみたものがゆっくりと脈動しているのを見た。
血管じみたものはここでは生きており、エネルギーの流れがこの施設を活かし続けていた。ここには屋根が無いので上に広がる紫色が己を見下しているのがよくわかった。
やがて通路の終わりに到達し、そこにはドアがあった。何かの口のようなものが自動で、奇妙な音と共に開き始めた。その向こうに広がるものを見ようとしたがその瞬間に前方から『光景を引き伸ばしたかのような』何かが見え始めた。
まるで通常とは異なる特殊な手段によって光速に近付いた事で視界がぐっと前方から後方向けて伸び始めた。意識が混濁したかのような気がして、しかしアーマーのお陰でなんとか意識を保った。警告音が鳴り響き、防護機能が彼を保護した。
しかし彼が奇妙な体験をする事については防ぐ事ができず、ウォーロードは己がドアの向こうに広がる空間で何か特殊な体験をしている事を悟った。
ここはどこか? 気が付くと己は何やら離れた場所から奇妙な光景を眺めている事に気が付いた。そこにいるわけではなく、時空間的に奇妙な振る舞いによって存在し、介入できずに何かを見ているのだ。
己が何を見ているのかを意識して認識しようとした事で彼は『何を見ているのか』を理解した。広がっている光景が視界を通して具体化し、形成が始まった。抽象的な図形や線が形を変えて、知っているようで知らないような何かだとわかった。
何かの違和感があった。そこには己がいたのだ。つまり観測者である己が少し離れた場所から見ているのは己自身であり、知っているような感覚はつまりこれが過去という体験済みの事象なのだと考えた。そうだ、確かにこれは己の体験だ。
この時はつまり、目の前の過去の己がそうしているようにリハビリ施設でトラクター・ビームとガード・デバイスの補助で、動かない肉体を空中に固定し、首から上だけが動く状況で必死にその下を動かそうとした。
無駄な努力の中で何もできずに藻掻く己がこの時何を考えていたのかを思い出した。そうだ、この時はまだ希望を持っていたのだ。イミュラストにあるPGGが運営する医療施設のリハビリ用の個室で彼は己が無駄に終わる努力を継続しているのを、どうにも冷えた気持ちで眺めていた。
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