第5話 異変

登場人物

―ウォーロード/ヌレットナール・ニーグ…PGGのゴースト・ガード、単独行動の青年。



調査開始から数十分後:領域外宙域、第五三七星系、第七惑星、第二衛星、先ライトビーム文明廃墟、嘆きの森


 既にあらゆるシステムが死んで久しく、まあそれは予想通りであったものの、やはり一抹の寂しさが立ち込めた。己のようなほとんど自由気ままに調査ができる身にとってはそれもまたよしなのかも知れないが、と皮肉気味にウォーロードは考えた。

 ここはまるで死滅した動物の腹の中か、あるいは枯れて久しい巨木の内側にある空洞のようであった。見たところ利用者に呼応して上に登るための器具が降りてくるはずであったが、しかしそれも既に死んでしまっていた。

 そうだ、ここには誰もいないのだ。誰も見ていない。厳密にはイミュラストのPGG本部に己の生態機能のデータが送信されているが、そのようなものはもうどうでもよかった。今や己はただひたすらに、こうした辺境の地――あるいは治安の悪い地域――で孤独な任務を行なうだけだ。

 死んだ様々なシステムを眺めながら、視線と動機させたスキャンを実施したものの、やはりほとんどの機械は正常に機能していなかった。有機物的な外見のこの文明の様々な人工物はやはり無人という永年の拷問に耐えられなかったのであろう。

 それでも辛うじて照明ぐらいは生きていたし、他には苦しそうに呻く大気浄化システムの成れの果てが空に向けて声を上げているわけだ。嘆きの森がその嘆きを完全に停止するまではもう数百年は掛かる見込みであったが、それもある種の寿命であると思った。

 次々に死んでいく人工物の群れ、それが嘆きの森に対する彼の感想であった。主人を喪失したこの文明圏は永い収監で囚人がその正気を徐々に擦り減らすかのようにして少しずつ劣化していた。それでもかなり耐えたのであろう。

 さて、やはり特に得る物は何も無かった。ヌレットナールは一旦外に出て、そこで提出用の映像データの編集を行おうかと考えながらゆっくりとアーマーを歩ませた。

 通常のギャラクティック・ガードが着るアーマーではなく己に支給されたガード・デバイスそのものを身長九フィートのアーマーに変形させてその中に乗り込んでいる彼はずっしりとした重厚感のある足取りで外へと向かった。

 差し込む陽光は内部の保存状態を更に悪化させるであろうか。入り込む大気、雨風の侵食作用、及び――。

「――なんです?」

 不意に視界がおかしくなった気がした。というのも、ややぼうっとして向かっていた出口の光景が急に歪んだような気がした。そしてそれは気のせいではなかった。暗い紫色が、先程己がこじ開けた出入り口の向こう側に見えた。

 天候の変化か? すぐに状況を検索しながら彼は走って外に向かった。嫌な予感がした。何かが起こっているのだと本能的に察知した。

 彼はこじ開けた穴の両側をアーマーで掴んでそこから顔を出しながら外を窺った。一体何が起きているのか――それはすぐにわかった。

 外は紫色の異次元じみた光景で覆われていた。暗い紫色はその異次元じみた領域の背景色か空の色か、まあそれはどうでもいいが、とにかく外は上も下も無く、それらに覆われていたのだ。他の産卵管じみた大気浄化システムは見えず、地面も空も見えなかった。

 どうやら己はよくわからない異位相だか異次元だかに入り込んだらしい。とりあえず落ち着いて本部と連絡を取ろうと試みた。だが超光速通信は何も発揮できず、単純に繋がらないのとは何かが違う気がした。彼は外を眺めつつシステムを診断して何が起きているのかを確認した。

 するとどうやらこちらから本部へと送信するはずの己の通信データが止まっていた。否、実際には少しずつ送信されていたが、その速度は標準時でおよそ二万年後に送信し終わり、そこから更に数十万年掛けてそれらがイミュラストの本部まで届くというわけだ。

 なるほど、最寄りの友軍までも数十光年、それならもう少しコンタクトを取る時間を短縮できそうだが、その頃にはその友軍達も世代交代を何度もしているはずだ。あるいは情勢が変化して別の勢力がその地を掌握しているか。いずれにしても通信では解決にはならないという事だ。

 不意に己がどうしようもないような絶望的な状況に置かれているような気がした。気がしたというより実際にそうなのだと思うが、とりあえず他の手段を試す事にした。

 この奇妙かつ恐ろしい――はずの――状況を己はどのように考えているのであろうかと想いつつふと振り返ると、己の立っている大気浄化システム内部の床だけが存在していて、残りの壁や屋根は消えてしまっていた。あの暗くて濃い紫色の空間が果てしなく広がっていた。

「これはこれは。困った、とでも言っとけばいいんですかね」

 昆虫的な口を皮肉っぽく歪めて彼は頭を横に振った――頭を振るだけの動作でもアーマー無しではできないという己の重度の障碍を嘲笑いつつ、周囲を確認した。

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