第10話 女騎士の弟ショタとボードゲームをしてボロカスに負かされて煽られたい
「うげっ……」
“誰に向かってうげ、だ。ズボン奪って逃げてやろうか”
「あなたはいつもそういう品の無い事しか言えないんですか。全く、嘆かわしいです」
“なんだとこの野郎。フリチンで帰りたいんだな?”
「ほら、言ったそばから……」
女騎士フラン=ノエルの弟、よく似た美貌の少年ルイの姿を今日も見つけました。
顔を見ただけで
子どもだけあり、いちいち打ち返してくれるからつい色々言ってやりたくなってしまいます。
そんな意地悪もほどほどに、今日はなぜ騎士団本部へ来ているのかと訊ねると。
「屋敷の方へ、姉上宛ての手紙が来たので届けに。特に予定もありませんでしたので、届けに」
しかし、間の悪いことに今日、彼女は留守でした。
夕方ごろには戻る予定でしたが、今はまだ日が高くなったばかり。
さんさんと照らす陽は、まだまだ下りてくる気配はありません。
なので。
“そういう事なら、俺が預かるわけにもいかない。時間でも潰すか? お前、強いらしいな”
するとルイの目に、きらりと光が宿ります。
はては名軍師か名臣か、と期待されるその頭脳、もはや子どもと侮る事はできないのです。
「いいでしょう。――――手加減は無用ですよ。いえ、僕が手加減をしてさしあげても構いませんが」
*****
いやはや、とてもとても歯が立ちません。
盤上遊戯で勝負を挑みましたが、まるでこちらの打つ手の全てを読み切っているかのようで。
遊戯を変えても、手番を変えても、はたまた場所をサロンから中庭のテラスへ移しても。
まるでこちらの方こそ子ども扱いされているかのようです。
今興じているチェスも、いよいよ旗色が怪しくなってきました。
「ふふん。口ほどにもない、とはこの事ですか」
“――――待った”
「ダメです。それとも何ですか? 真剣勝負に『待った』があると?」
にべもなく告げられる意地の悪い顔に、思わずあなたも苛立ってしまいます。
よもや、ここまで歯が立たない相手だとは思わなくて。
なので、つい――――
“ん? あ……意外と帰ってくるのが早かったな”
「え? 姉上が……?」
つい、と視線を誘導して引っ掛けた瞬間。
ルイがつられてそちらを向いた瞬間、あなたは手を閃かせて邪魔な駒を音もなく隠してしまいます。
しかしこんな雑な手口、気付かれないはずもなく。
「……あっ!? ちょっと、あなた僕のナイトどこにやったんですか!? 信じられない、子ども相手に!」
”んん? いや、お前の記憶違いじゃあないかな? そんなの最初から無かったぞ”
「っ……ああ、そう。そう来ますか。分かりました、今のは油断した僕が悪い。謝らなくて構いませんよ?」
瞳の奥に、ぎらりと鋭い光が宿ります。
フラン=ノエルにも見たことのない、強い意思が感じられる眼差しについ怯みます。
*****
そして、目も当てられないほどに負けてしまいました。
イカサマまでしたのに、それでも。
それでも――――歯が立ちませんでした。
「おやおや? 汚いマネまでした結果がこうですか。いやぁ、こちらこそ加減すればよかったみたいで……」
意地の悪い微笑みはさらに増長して、あなたはあまりの悔しさについ顔を伏せて震えて拳を握りしめます。
まさかこうまで負けるなどとは思いもしませんでした。
敗北感に打ち震えていると、ルイはさらに子どもらしく付け上がりました。
「くくっ……ははははははっ!! ざまぁ見ろ、僕の勝ちだ! どうだ、分かったか! 二度と偉そうな態度なんて取らせませんよ! あっははははは!!」
高らかに笑う、笑う――――あなたにようやくやり返せた高揚感が、ルイを高ぶらせます。
それは、いつの間にか本当に帰ってきていた大好きな姉が真後ろに立っている事にも気付かないほど。
にやり、と笑って目くばせしてやると少年は後ろを振り返り、ぎょっと目を剥きました。
「あ、姉上!? ち、違う、違うんですよ! これはですね、そのっ……!」
落ち着き払って背伸びしていた振る舞いとはまるで違う弟の姿を、フラン=ノエルは生暖かい眼差しでなだめながら笑いかけます。
そして交互に弟とあなたを見比べては、おかしくてたまらないかのように柔らかく微笑んでいました。
いつも背伸びをしている弟の貴重な姿を見られた事を、後ほど彼女は、あなたに、お礼を言うのでした。
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