第7話 女騎士に出会った時からの内面の変化をしみじみ振り返りたい


 それは、いつものように彼女と一緒に市中の巡回に出かけた日の事。

 衛兵たちとはまた別で、日課のように女騎士フラン=ノエルはこの都市を見回ります。

 抜き打ちと言えば聞こえは悪いですが、ほとんどは、彼女の趣味。

 散歩代わりにするかのように、この都の人々とのふれあいを楽しむかのように、彼女はいつも自分の足で歩きます。

 しかし、馬は連れて歩きます。

 なぜならば――――


「やぁ、こんにちは。この間はどうもありがとうございました、うちのガキがとっちめられたようで……ほら、これを」

「まぁ、お元気ですか、アインズレイ卿。この間は……そうだ、持って行ってください」

「今日も来たのかい、フラン様。こないだはうちの亭主に説教してくれたとか? ほれ、これどうぞ。旨いよ、こりゃ」


 やんちゃな息子を持つ雑貨屋のお父さん。

 市場の果物屋の若大将に、いつも遊び惚けている亭主に悩むパン屋のお母さん。

 皆からのお礼の品々で手がいっぱいになってしまうから、騎乗用の馬ではなく、馬車用の重種の馬をいつも牽いて歩きます。


 彼女のそんな様子を見て、あなたは思わず頬を緩めます。

 そしてもちろん、彼女に気づかれました。


「何だ? おい――――何を思い起こしている? 分かっているぞ、卿がそんな顔の時は……」


 “ああ。出会った時とは、本当に違うなと思ってさ。色々とあったな”



 *****


 あなたが思い浮かべるのは、騎士フラン=ノエルと初めて出会った日の事です。

 人でごったかえす街の中を馬を駆って歩き、小さな子供を轢きかけてもなお、馬から下りずに見下ろして。


『貴様――――子鼠こねずみが、私の道を塞ぐか?』


 供をしていた者達の制止も気にかけず、ぎろりと睨みつける彼女の前に割って入ったのがあなたでした。


 “おい、子どものした事だろう。……そう怖い顔で睨むなよ、別嬪べっぴんさん”


 そこからは、予想通り。

 馬から降りずに剣を抜き放ち、喉元に突き付けられた切っ先の冷たいこと、冷たいこと。

 へらへらとしていながら、あなたは身をかわす準備も、抜き返す準備も怠りません。

 しばしそうしていると、あちらから剣を収め――――


『……もう、いい。鼠に関わっているほど私は暇ではない。貴様の顔は覚えたぞ』


 そう言って、彼女は走って行ってしまいます。

 あなたと、その子に――――泥を跳ねてひっかけながら。



 *****


 そんな話をしていると、騎士フラン=ノエルの顔がカッと赤くなります。

 照れているのとはまるで違い、思い出したくもない事を思い出さされた事による恥ずかしさのものです。


「っ……わ、忘れろ、バカ! あれは、そのっ……」


 “ああ、分かってるって。誰だって荒れる時はあるもんだ”


 そんなフォローも、彼女には逆効果。

 それから、ずっと――――あちらこちらからお土産を受け取りながら馬を牽いて歩くフラン=ノエルは、ぎこちなく微笑み、お礼を言いながらの行脚になるのでした。






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