秘めたるふたり
むーこ
秘めたるふたり
大きなカメラやマイク、ラフな装いの撮影スタッフ達に囲まれたキッチンの真ん中で、鍋から湯が噴き出している。
これは5人組男性アイドルグループ『COLO』が進行するバラエティ番組の料理企画で起きた事故だ。しかしカメラを止める程ではない。むしろ撮れ高を得る為の大チャンスである。
「あぁ〜危ない、危ないよ」
「めっちゃくちゃに噴いちゃって」
メンバーの理央と榛名が笑いながら鍋を見守る。2人はグループ内でも年長であるゆえか落ち着き払っているが、自分達から何かする気は無いらしい。
そこへ最年少メンバーの大地が「僕止められないです〜」と、切れ長の目と冷たさを感じさせる美貌に似合わぬ鼻声を発してみせた。
「僕の綺麗な顔に飛沫がきたら大変です〜」
大地がナルシズム溢れる戯言を続けた直後、カメラの注目を集めていた大地の華奢な身体は一瞬にしてフレームアウトした。カメラが追いかけると、そこには大地を壁に追い詰めるリーダー・渚の背中。
「筋繊維になっても同じことが言えるかな!?」
渚が怒鳴るとスタジオ中から笑いが響いた。大地がナルシズムを発揮すると渚が怒るのは定番の流れなのだ。
「進まないから僕やりますよ〜」
笑いと大地の「暴力はんたい〜」という声が飛び交う中、メンバーの1人である亜希斗は企画を進行させる為に布巾を取り、鍋が置かれたIHヒーターの出力を下げ始めた。直後、亜希斗の華奢な肩に重みがのしかかった。
「あぁー!渚くん!重い!」
「お前だけだよ亜希斗〜」
程良く筋肉のついた腕で抱きついてくる渚を振り払わない程度の力で、亜希斗はクネクネと身をよじる。これも番組内では定番の流れだ。
他のメンバーやスタッフがアラアラと生暖かい視線を送る中、亜希斗と渚は理央が止めに入るまでイチャイチャと戯れていた。
「さっき大丈夫?頭打ってたじゃん」
収録が終了してすぐ、スタジオを出ようとする大地に渚が声をかけた。収録の中で渚が大地を壁に追い詰めた時、大地が後頭部を壁にぶつけてしまったらしい。問われた大地は何食わぬ顔で「大丈夫ですよ」と返す。
渚はカメラの前でこそ大地のナルシズムに対して理不尽なまでに怒り狂うが、これは普段から「アイドルにはギャップが必要だ」と考えている渚が大地と共に考え出したコントの1つに過ぎない。実際2人の関係は至って良好なもので、大地がナルシズムさえ発揮しなければ番組内であっても仲の良さが見て取れるし、大地自身がSNSで「渚くんのキレ芸が許されるのは渚くんがあんな人じゃないって僕達がわかってるからだ」と述べている。
「何か気分悪いとかあったら言ってよ」
「大袈裟ですよ、頭打ったぐらいで」
「いやいや本当に事例あるから頼むよ」
言いながら渚は大地の肩をポンポンと叩き「じゃあお疲れ様」と大地を解放した。そしてスタッフに頭を下げつつスタジオを出ていく大地を見送っていると、バチンという音と共に肩への強い衝撃を感じた。振り返れば渚の目線よりも少し低い所に赤茶色のナチュラルヘア。幼子のように頬を膨れさせた亜希斗が肩へ叩きつけたであろう右手を上げたまま立っていた。
「僕も心配してほしいなぁ〜いきなり渚くんがのしかかるからぁ、肩痛めちゃったかもしれないんだよなぁ〜」
不満げにそう言いつつ肩を回す亜希斗に、渚は「妬いてやがる」と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
いつからかは定かでないが、渚と亜希斗はお互いを特別な存在だと捉え、他の人間と接する時よりも遥かに強い愛情を持って接している。その様子は傍目から見れば恋人のようで、敏感なファンはもちろん他のメンバーや事務所の人々までをも困惑させ社長に「もう少し離れろ」と言わせた程だ。
「よしよし可愛いねぇ」
渚はからかうような物言いをしつつ亜希斗の頭を撫でた。亜希斗は満足気な笑みを浮かべて身を委ねたが、すぐに「ハグもしてほしいなぁ〜」と要求を重ねてきた。
「今日は随分と甘えん坊だなぁ」
「渚くんが大地にやたら優しくするんだも〜ん」
「世間一般では普通な方だろ〜」
亜希斗のヤキモチに呆れつつ、その少年とも見紛うような小さな身体を渚は抱き寄せた。亜希斗の柔らかい髪から香るシャンプーの匂いが鼻をくすぐり、渚に得も言われぬ昂りを感じさせる。
心地好い熱情だ。少しでも気を緩めれば人の形を失って、獣にでもなって目の前の子を丸呑みにしてしまいそうな。性の衝動にも似ている。腹の底から湧き上がる昂りを言語化しつつ、渚は思った。「俺は確かに亜希斗が好きなんだ」と。
「亜希斗、好きだよ」
「え〜何ですか急に。僕も渚くんのこと好きですけど」
唐突な愛の囁きに照れながら応じる亜希斗が、渚には更に愛おしく思えた。感情のままに強く抱きしめる。そこへ渚の肩がトントンと軽く叩かれた。
「次の移動あるんだけど…」
渚の背後には困惑した様子の榛名が立っていた。
「あ、すいません」
「荷物まとめといたから。忘れもん無いかチェックして」
「すぐ行きます。亜希斗、行くぞ」
無の境地に達したと言わんばかりの表情から不満を滲み出させた亜希斗に呼びかけつつ、渚は自分達の抱擁の現場に榛名が何も突っ込んでこないことに心の中で感謝した。
周囲ではスタッフ達が機材等の片付けに勤しんでいた。
秘めたるふたり むーこ @KuromutaHatsuro
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