第19話 PTSD

詳細不明:


 夢を見る事がこれ程に苦痛だと知っていれば、更に未来を悲観していたであろうか。それとも全ては運命であり、どのような過程を経ても無駄であるのか。

 終わりの無い過去の巻き戻しが身を蝕んだ。これは夢なのだとわかっていたが、しかしそれでもどうしようもない状況であった。悪夢に限って目が覚めるのは遅い。

 夜、破壊された構造物が立ち並ぶ場所、散乱する異種族の死体。殺されゆくそれら。

 己の部下達が獲物に殺到する獣のごとく、勢いよく集る光景。引き裂かれる犠牲者。飛び散る血飛沫。ぐちゃぐちゃと音を立てて何かしらの器官を喰らう音。

 聞くだけでぞわぞわとする。だがどうしようもない。拒絶できない地獄めいた光景。殺戮に参加させられるという悪夢の根源の記憶。あの日は特に酷い事が起きた。あの日こそが全ての苦しみの…。

 いかにもありがちな話であるが、部下の殺戮の様子から目を背ける事ができない。集団リンチでずたずたに引き裂かれ、歩行用の器官を咀嚼されつつ引き千切られ、思考用の器官が収まっている部位をあえて残す。

 最大限の苦痛を与えるようにして。部下達の目を見た。ああ、無論そうであろうとも。やりたいはずがない。

 異種族の血液かその他の循環液に染まった口の周辺、ぬらぬらと輝く牙、飛び散って付着した肉片。己が責任をもって統率している者達の様がこれか?

 苦しかった。そのような本来の在り方から大きく歪められた振る舞いを強いられている姿を見なければならないのが。

 そして無論であるが、それこそがあの忌々しい闇の神々の望みなのだ。心の中に苦痛の主任設計者の厭わしいせせら笑いが響いた。やめろ。

 気が付けば己もまた殺戮を強要されて動き始めていた。抵抗できないという苦しみがどうしようもなく膨れ上がる。やめろ。

 獣のように高速で駆け、抵抗する異種族の兵士を一人踏み潰した。勢いで空中に弾き飛ばされたそれの千切れた思考部位を飲み込み、攻撃して来た他の残存兵力に〈砲撃手の怒り〉が発生し、それがもたらす結果に向けてのカウントダウンも始まった。

 殺戮が目的であればこれは成功なのであろう。虐殺された異種族の残骸に顔を突っ込み、それらを喰わされ、化け物じみた鳴き声を強要される。

 これが楽しいか? このような事が。どこまで侮辱すれば気が済む?

 これが、貴様らにトリビュートを欠かさなかった我々に対する仕打ちか?

 口の中で異種族の生肉が転がり、無理矢理咀嚼させられる事がか? そのどうしようもない吐き気を我慢させられ、今すぐ身を清めたい一心でありながら、しかし殺戮とその汚濁の中で血と泥の混合物、得体の知れない何かが表皮に張り付いて悪臭を放つ様を体験させられる事がか?

 やめろと叫びたかった。だが叫んでもそれすら奴らを喜ばせるだけなのだ。苦痛に終わりはない。

 そしてそこでこれが夢であったと思い出した。巻き戻された屈辱と苦しみの記憶に過ぎないと思い出しながら、しかしそれは今もこうして影響力を持っている。

 いつまで苦しめばいい?

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