第18話 苦々しい現在に耐えながら
登場人物
―リヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァー…軍人、魔術師、友を探すドミネイターの少女。
―C.M.バースカラン…リヴィーナの後輩、年若き二〇代の青年。
―パトリック・ウィリアム・オブライエン…リヴィーナの上官、ラニの幼馴染み。
―ドーニング・ブレイド…不老不死の魔女、オリジナルのドミネイター、大戦の英雄。
二一三五年、五月七日、夜:北アメリカ大陸、ミシシッピ川条約機構議長国『新アメリカ連邦』領、旧フロリダ州地域、暫定グレーター・セミノール保留地近郊、コースト・プラザ・ビル、屋上レストラン跡
楽しい時間や日々というのは思っていた以上の速度で過ぎ去って行く。少なくとも主観的にはそうである事が多かった。時にそれは残酷に思えたが、しかしどうしようもなかった。
「待って待って待って待って待って! 嘘だろ!? ラニが? そんな事無いよな!?」
笑っているようで今にも泣き出しそうな表情を浮かべるバースカランに、眼前のリヴィーナもウォールシティで通信しているパトリックも、『そうだ、冗談だ』と言いたかった。それで彼の不安を鎮めたかった。
だが誠実さ故に、深い悲しみ故に嘘は言えなかった。そもそも、ラニが死んだのは事実であり、騙したところで何の意味も無かった。問題はどうやってそのような悲しい事実を周囲の人々に受け入れてもらうかだ。
かようなある種の『日常』における殺人事件は、恐らく何十年ぶりの事ではないか。それだけの事を誰かがやらかして、その矛先が己らの愛するラニ・フランコ・カリリを殺した。
「バースカラン、照合したがあいつだった。ラニが…殺された」
リヴィーナはぐっと感情を抑えて、曇天のような暗い表情でそう告げる事しかできなかった。パトリックは口元に力が入っており、目を細めて俯いていた。
『ヴァンマークスも俺も悲しい。心が張り裂けそうだ』
ラニの幼馴染みの当影像は悲しみに満ちた表情で佇んでいた。
「嘘だ! 嘘だろ! なんで! なんで!?」
リヴィーナはバースカランに『来いよ』と両手を広げて迎えた。彼女よりかなり背の高い青年は膝を衝いて泣き崩れ、ドミネイターの少女は慰めるように抱擁したが、己もまた強いショックに貫かれていた。
そうか、なるほど。己が直面した『親友の死』という事実も当然厳しいものだが、同様にして『他の友人が同じようにして死にショックを受けている』という光景を見るのもまた、大声で叫びたくなるような辛い体験であった。
そう考えるとパトリックがぐっと堪えてくれているのはありがたかったが、しかし彼がどれ程悲しんでいるかを想像すると、それに甘えるのが恥ずかしく思えた。ホログラム越しにパトリックと目を合わせると、彼は決壊しそうなダムをなんとか抱えているような雰囲気ですらあった。
ブラック・セミノールの不死の魔女は多くの死を見てきたが、しかし未だにそれに慣れていない事を再認識した。悲痛なものはいつであろうと悲痛であり、薄れる事も慣れる事もない。
だが彼女は彼女で義憤を感じており、真相を明かす義務感に燃え始めていた。
「ヴァンマークス大尉、私は一旦席を外すべきかな」と彼女は感情を抑えて尋ねた。
「いえ…こいつなら心配ありませんよ…まあ一分ぐらいすれば」
するとリヴィーナに縋って泣いていた青年は俯いたまま立ち上がり、涙を拭って立った。陸軍迷彩の改造アーマーを着た彼は目の奥に燃え盛る何かを秘めていた。
「ヴァンマークス、僕達でラニのために復讐をしよう」
「ああ、そのクソったれを探し出し、残りの一生を塀の中で過ごさせる。深い後悔と共にな」
「いいね、僕達向けの復讐だ。それが実現する時が楽しみだよ」
青年は指で軽く髭を拭うような動作をしながら立ち直り、決意を新たにした。
ドーニング・ブレイドはそれらの言葉を聞きつつ、そういう復讐ならいいかも知れないと考え、心の中で暗い笑みを浮かべた。殺人犯を捕まえて司法によって罪を償わせる、いい復讐だ。
「『そいつら』がどういう理由や覚悟の上で殺人に及んだか、歴史を逆行させるような暴挙に出たか、見てやろうじゃないか」
泣いていたバースカランの姿は既に無かった。綺麗に保たれた屋上階に怒りの色が満ちた。遮光ガラスの向こうでは夜闇が広がり、晴れた星空が遥か高くに広がっていた。
『ほう、どういう理由で複数形なんだ、バースカラン?』と答えがわかった上でパトリックが尋ねた。
「決まっているさ、パトリック。そういう卑劣な犯人ごときがラニとサシでやり合えるわけがない」
それに関しては皆異論が無かった。さて、待っていろよ、まだ見ぬクソったれども。お前達が調子に乗っていられるのはそう長くはない。何せ、お前達にはラニが死ぬ間際に掛けたであろう魔術的な橋があるから。
逃げられるものか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます