第14話 長話

登場人物

―リヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァー…軍人、魔術師、友を探すドミネイターの少女。

―ドーニング・ブレイド…不老不死の魔女、オリジナルのドミネイター、大戦の英雄。



二一三五年、五月七日:北アメリカ大陸、ミシシッピ川条約機構議長国『新アメリカ連邦』領、旧フロリダ州地域、暫定グレーター・セミノール保留地、正面ゲートの内側


 ドミネイターの少女は己の体験をオリジナルのドミネイターであるドーニング・ブレイドに話した。彼女は時折頷きながら、言葉の一つ一つを飲み込むようにして理解しているようであった。

「大尉、ご両親に起きた事は大変残念だが…事情は把握した。では話を続けよう。第一次メンフィスの戦いでは大勢の死傷者が出たが、あの戦いで軍も市民も問わず多くが散り散りになった。かなり幸運だった人々は戦争の初期から新たな首都として機能していたウォール・シティ、かつてロサンゼルスとして知られたエリアまで逃げ延びた。それがどれ程困難な逃避行だったかは想像に難しくない」

 ドーニング・ブレイドの説明で改めてあの戦争の歴史を振り返っていると、リヴィーナは不意に新アメリカ連邦の前身国が実施したインディアン強制移住政策が浮かんだ。あるいは、第二次世界大戦における日系人を内陸部へと強制移住させた政策のようでもあった。

 ある人々に対して『強いた』USは結局のところ、その遥か後に起きた対異次元戦争における後継国家として同じような事を強いられたのであろうか。

 国家権力として強制したか、あるいは自発的かつ必然的に生存のために逃げ延びねばならなかったという違いはあれど、しかしアメリカの土地そのものが流された血や苦しみの代償を求めたのであろうか。

 無論それは恣意的な解釈だ。何故ならメンフィスからの避難民には当然ながらインディアンも含まれたし、当然ながらかつて強制収容や強制移住等でアメリカに苦しめられた人々の子孫も含まれたからだ。

 頭部本体のロックス状の髪を野球帽のように後ろ向けて横方向に流し、その下部から垂れ下がった各々のロックスが下へと長く伸びているロング・テクスチャード・ロックス状の美しい灰色寄りの黒い長髪が目を引くドーニング・ブレイドは、赤いメッシュで染めた前髪右側のロックスに軽く手で触れながら話を続けた。

 リヴィーナはその様を見ながら、少し前に会ったばかりの少佐がとても魅力的な人物であると感じていた――親友を亡くした酷い状況で、少しでも気を逸らしたい気持ちもあった。

「まああなたが何を考えているかはわかるよ。アメリカは己の都合によってインディアンや日系アメリカ人を立ち退かせたし、歴史を振り返るとどうにも何かしらの因果を感じずにはいられないだろう。と言っても、どう足掻こうと当事者である事を否定できない身としてあらゆるものを目撃してきた私は、果たしてどのように受け止めるべきなのか悩みはするがね。もし必要ならそういう話はまた後でしようか。話を戻そう。逃げられずにどこかで留まった人々もいるだろうが、しかしそういう人々の避難所はどれも長続きはせず、追っ手に飲み込まれて潰えたようだ…戦後そういう調査に少し携わったが、人々の痕跡を辿るのは本当に心が痛むものだった。

「そしてその他を見てみようか。ここでいよいよ本題となる――話が脱線し過ぎて申し訳無い。さて、メンフィスからこの地まで逃げてきた軍人や民間人の一団がいた。彼らは脱落者を気遣う余裕すら無く本当に必死に逃げて来た。ただひたすら、南西にまだ落ちていない避難所がある、フロリダ半島のビーチの方に要塞があるという話を信じて。通信網はほとんど回復していなかったし、連邦が放棄したこの地は外からすれば幻の地だったらしい――せっかく少しは立て直した通信網も再び破壊されたしね。さて…まるで、フロリダ半島がセミノール戦争におけるセミノール系インディアンや逃亡奴隷の最後の安息地だった事との奇妙な類似を感じざるを得ない。出発時には十万人はいたとされるそれらの脱出者のうち、ここまで落ち延びたのは二万五〇〇〇人。いかに必死の逃避行であったかを物語っているだろう…それらの人々を受け入れる余裕は、ちょうどこの地にあった。元々この要塞じみた戦時保留地に立てこもっていた人々もおよそ二万五〇〇〇人。合計するとちょうど半分ずつと言ってもいいだろう。

「まあなんであれ、元々の避難民――及び在来者であるフロリダのセミノール――と後から来た避難民は市民軍としてよく戦ったのだ。直接戦いに参加できない人々にも可能な戦い方は無数にあった――例えば少しでも味がよく様々な文化や好みに合わせた料理を提供するとか、壁の内側を少しでも清潔かつ景観を綺麗に保つとか、そういう事が士気に関わる――し、それらの奮闘こそがこの地を陥落させなかった。私もまた、この地の支援のために、ドミネイター計画が一段落して反撃が始まると部隊を率いて主に旧フロリダ周辺で戦ってきた。あなたが私を『戦争の英雄』と呼ぶのであれば、恐らくそれは知っていると思うが。新アメリカ連邦としても東海岸にまだ陥落していない人類の拠点があるのは軍事作戦上の都合がよかった。その地が落とされないようにするために大部隊を送る余裕が無かろうと、まあ侵攻を食い止めるために超人兵士部隊を送る程度の余裕は都合よくあったという事だろう。

「戦争が終わると、私の部隊員はそれぞれ別任務に就かせた。私は長い人生で己の故郷と定めた地、つまり帰属意識のあるフォート・ピアース保留地の再建も兼ねて、かつてのハリウッド保留地を戦時避難所として臨時拡大したこのグレーター・セミノール暫定保留地におけるフロリダ・セミノール中央政治やその中央行政の様子を見に来た。連邦は暫定保留地の扱いを決めかねていたから、視察自体は必要な措置だった。どうせ、戦後はそれ程ドミネイター達は忙しくなかったしね。しかし、私は戦時中には全く考えてもいなかった問題がここで進行している事を目撃した。そう、ここで第一次メンフィスの戦いが問題になり、更に言えばあなたも知っていると思うが、ドーン・ライト側の離反者達が問題となってくる。

「まず…そうだな、第一次メンフィスの戦いの避難者がここにいるという事は、そこには多くの『遺族やそれと想いを共有する人々』がいるという事になる。あの戦いで起きた大量殺戮は本当に壮絶であったと私も聞いているし、それに…まあその話は置いておこう。つまり、大勢の人々はあの戦いで己らの愛する人々を奪った『醜いモンスターども』の事が憎いのだ。私は己の部隊の数人と共にそれらの離反者達を調べた事がある。それらと直接接触まではしなかったが、しかし私は部下がその『醜いモンスターども』のすぐ近くをわざとらしく通り掛かっても何もされなかったのを目撃しているし、その映像も撮っている。戦後の協定でドーン・ライト側の知的種族であるニブ・ゼギドはこちら側の次元から完全撤退したが、戦時中に離反したと思われるあの『部隊』については種族としてのリンクが途切れたのではないかと推測している。まあいずれであれ、『仇』が地球からいなくなればこうはならなかった可能性はあるが…しかしそうはならなかった。不幸な事かも知れないが、今ではこの保留地の多くの人々が、その『部隊』こそがあの第一次メンフィスの戦いで先陣を切って大暴れし、殺戮を振り撒いた者達であると知っている。ここで一旦区切ろう、質問はあるかね?」

 リヴィーナは頷いた。

「では…何故この保留地の人々はそれらの…『部隊』が…」

 ドミネイターの少女は言葉を飲み込んだ。私の両親の仇。私はそれらを冷静に捉える事が可能か。よく考えろ。無理はするな。瓦礫の中で荒い息を必死に押し殺して震えたあの日を思い出せ、憎悪を優先せず、正義を優先できるか。

 考えた末、彼女は話を続けた。

「その離反者達の『部隊』があの戦いに参加していた虐殺の張本人達だと、何故知られているのですか? その、つまりその言い方ですと、虐殺の張本人達がこの近くにいるかのようですが」

「ああ、その件を説明するつもりだった。実は…あなたが遭遇したというその球体状の個体を複数の市民軍の兵士が目撃してしまってね。海上を高速で飛んでいるのが目撃されていたのだ」

 リヴィーナは徐々に物事が見えてきたような気がした。第一次メンフィスの戦いの生存者が兵士や市民として住んでいる保留地、その戦後。

 もしかすると、それらの対立故に、一年経ったというのに今でも保留地の外に人々が出ていかないのではないか。いつまで経っても壁の内側でいがみ合っているのか。

「更に言うと人々の怒りは実行という形で現実となった。つまり、市民軍の一部の兵士達が球体状の個体が通るのを待ち伏せ、対空兵器で攻撃したのだ」

 戦争が終わっていないような気がしてきた。残存する敵兵士、溢れ返る敵愾心。

「なんという…では、あの個体は反撃などは?」

「いやそれがね、その個体は反撃して来なかったらしい。だがそれ以来、その個体は現れていない。私と少佐は大体同時期、およそ半年前にこの保留地に来たが、しかし『保留地近郊では』ニブ・ゼギドは目撃していない。さて、話を続けよう」 

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