第15話 世論の割れた保留地

登場人物

―リヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァー…軍人、魔術師、友を探すドミネイターの少女。

―ドーニング・ブレイド…不老不死の魔女、オリジナルのドミネイター、大戦の英雄。



二一三五年、五月七日:北アメリカ大陸、ミシシッピ川条約機構議長国『新アメリカ連邦』領、旧フロリダ州地域、暫定グレーター・セミノール保留地、正面ゲートの内側


「さて、話を続けよう…大体お察しの通り、メンフィスの生存者達の内、フロリダの避難所の噂に縋ってこちらへと逃げ延びた人々が住まうこの地の世論が分離し始めた。生存者達の多くにとって…まあ『部隊』は仇であるわけだから、それ故に人々は復讐を望んでいた。己らを避難民にして、更には愛する人々を虐殺した冷酷なモンスターをどうするべきか、しかもそいつらはフロリダ半島のどこかにいる…攻撃派の人々と、平穏派の人々。それが今の状況だよ」

 リヴィーナは壁の内側の喧騒を時折眺めたりしつつ話を受け止めた。やがて、少し離れた街のブロックで人々が何を言い争っているのかが理解できるようになってきた。

 デモ隊同士が古典的な手段でプラカードを振り上げ――それらはただのプラカードであったり、加工可能な安価なパネルであったりした――声を張り上げ、平行線の主張をぶつけ合う。

 治安部隊とて、それらの派閥争いには無縁ではないかも知れなかった。そして当然ながら、市民軍もまた…。

 であれば、かなり危うい対立なのではないかとも思われた。ラニがどちらの派閥にとってどのような立場であるとか、あるいはあの身元不明遺体の人物がどちらの立場であるとか、そのような話が今回の殺人事件に関わるのではないか。

 事の運ばれ方次第では、均衡や拮抗を崩す火種になる可能性もあろうか。

 己の親友の死がそのような厄介だが現実事でもある問題に関わるのかと思うと、リヴィーナは溜め息が出た。だが、己もまたあの日愛する両親を、例の『部隊』に殺害されている。

 復讐を望む攻撃派の事を安易に否定できるか、己でもよくわからなかった。もしかしたら、あの日フロリダ方面に逃げるグループに混ざっていれば、己もまた…。

「なるほど。先程も話しましたが、私はあの個体が操られているように感じました。いえ、あの個体に限らず、急に目の発光色が変わったかと思えば離脱していったあの『部隊』の全てが、憑き物から解放されたように見えました。その…なんと言えばよいのかわかりませんが」

「まあ…あなたが言いたい事は理解できるよ。つまりあなた自身も辛い体験をしたが、しかしその上で、あなたはあのニブ・ゼギド達がドーン・ライトの悪しき実体達に操られていたと考えている。実際、ニブ・ゼギド及びその他の『侵略性の』生物達は、戦争の道具として使役されていたという見方が今は軍や政府にとって一般的だ。

「だがその上で、そのような話は人々には関係が無いのかも知れない。かつてアメリカ合衆国であった地域においては、軍の上層部や政府にとってはそのように考えられていて、復興途中の北米大陸においてもある程度報道はあろうが、しかし全員がそうした事情を知ってはいないし、ここは外界から閉ざされた保留地であって、かつてのアメリカでも今のアメリカでもない。それに知っていたとしても、ニブ・ゼギドもその他の生物も、この保留地の攻撃派の人々にとってはグロテスクな殺戮モンスターでしかない。そうだね、もしも…古い時代のフィクションに登場したような、地球人とそっくりな地球外知的生命体であれば、それならば歴史の過程が同じでも今現在の結果は変わっていたかも知れないが…。

「過去を振り返ってみよう。人類は恣意的かつ人工的な概念である人種概念であるとか、異なる信念や信仰、イデオロギーの違いを克服し、違う者同士での理解を図ってきた。全てをゲームとして消費するソヴリンらの下らないゲームを打破し、ヴァリアントを巡る問題を解決してきた。作られた戦争を乗り越えた。だが…これまでの歴史において、己らとあまりにも姿形が異なる異種族と共存を図った事は無かった。私も長い間生きているから、南極には人類に先行する種族が住んでいる事は知っていたとも。だが彼らは人類の主流社会とは交わらなかった。人類は『アタック・フロム・ジ・アンノウン・リージョン事件』以降様々な異種族に侵略を受けたね。時には、理解を超えるような超越者――例えばジャッジメント・デイを始めとする四巨神であるとか、『コラプテッド・ゲーム事件』のレベル5の異常重力体――と対峙せねばならなかった。まあ四巨神は一応人型ではあったがね。しかしいずれであれ、こうした来訪者達と我々人類は、真に交流する機会が無かった。同胞同士で憎しみ合う段階を乗り越えた人類にとっても、結局のところドーン・ライト側の侵略者達はそれまでの歴史で対峙してきた異形の敵達と何ら変わりが無かったのかも知れない。その上で同じように攻撃を受けたのであれば、まあ印象が最悪でもそれは不思議ではない。私も戦時中に多くの人々の死を見た。多かれ少なかれ縁のある人々も例外無しに死んでいった。だがね」

 そこで彼女は話を区切った。ドーニング・ブレイドはリヴィーナの目を真っ直ぐ見据えた。

「その上で私は平穏派として立つ。ああ、本当に多くを破壊されたとも。先程『置いておこう』と後回しにした件を話そう、私が長い間住んでいたフォート・ピアース保留地は…本当に酷い有り様となっていた。戦後になって愛しきあの地を訪れた時、避難を選ばず故郷で死んでいく事を選び、恐らく殺されたであろう少数の人々の遺骨の残骸を発見した。私はかつて生き証人としてコミュニティ・センターの落成に立ち会ったが、それが破壊された光景についてもまた、生き証人として目撃したという事になる。ガラ・ギーチーのコミュニティがどのようになったかも見てきたが、向こうもまだ復興は程遠いようであった。そして、あえてこれも言っておこう。私のように無駄に長い年月を生きている者にとっては、当然の事ながら第一次メンフィスの戦いで私の知人、友人、縁のある人々、愛する人々も犠牲者に含まれていたとも。戦前、人類が様々な対立を乗り越えた時期には、私もアメリカ各地を改めて歩き、そこで様々な人々と出会ったからね…。

「だがその上で、私は復讐を選ばない事にした。私には責任があるし、何よりそれを望まなかったからだ。ああ、殺された人々について考えると…心の中に砕いたガラスを投げ込まれたような気分になるとも。それらの人々が歩むはずであった余生が消え去った事について考えてしまうとも。だが…相手の事情もよく知らないまま冷酷なモンスターだと決め付けて復讐に走るのは、私の道ではない。ラニと私はその点で一致していたし、彼もまた平穏派であった。そしていずれであれ、ラニは何者かと一緒に殺害されたのであり、私には彼の死の真相を探る責任がある」

 リヴィーナはふと、己の頬の上を涙が伝うのを感じた。

「失礼、その…」と彼女は涙を拭い、決まりが悪そうにして首元の火傷痕に触れた。

「今ふとこう考えてしまいました。あいつは、ここでも人々に愛されたのだなと。私も、他の部隊のメンバーも、そしてあいつの家族も、あいつの事が大好きでしたから。あいつは自然と人々を引き寄せて、その中心で暖かく、規範的に、責任を持って振る舞う奴でした」

 大柄なラニ・フランコ・カリリの姿が浮かんだ。優しい巨人のように周りを見守る姿が。リヴィーナの大親友であった彼の生前の姿が、どうしようもなく遠く離れてしまった事に気が付いた。

 ああ、今でもまた会いたいと思う。だがそれは無理だ。ならば、すべき事をしなければならない。

 見ないようにしていたラニであったもの、ドミネイターが死んだ際に変化するぼうっと光る物体を見た。その物体は一旦地面に敷かれたシートの上に載せられており、遺体というよりは何かよくわからないものにも思えた。

 親友がそのような得体の知れない物体へと変わり果てた事を意識すると、どうしようもないぐらいグロテスクな事に思えてならなかった。

 やがて、先程ここを離れたガブリエラ・ヒメノ上級曹長が別の兵士と共に、ラニを運ぶための担架を持って来た。

 リヴィーナは彼女と目を合わせ、互いに頷き合った。担架に載せられる『かつてラニであった物体』をドーニング・ブレイドと共に眺め、離れて行くのを見た。一瞬手を伸ばしたがそれをすぐに引っ込めて、現実を受け入れざるを得なかった。

 ああ、そうだとも。あいつはもう死んだのだ。

 ならば、あいつを殺した者を探さなくては。あいつの最期の抵抗によって橋が掛けられたままであろう誰かを。

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