第6話 少女は魔女と出会う

登場人物

―リヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァー…軍人、魔術師、友を探すドミネイターの少女。



二一三五年、五月七日:北アメリカ大陸、ミシシッピ川条約機構議長国『新アメリカ連邦』領、旧フロリダ州地域、暫定グレーター・セミノール保留地近郊


 リヴィーナは世の中が明るく素晴らしいものであると考えようとした。そのように努力した。そうすれば親友が無事でいてくれると願っていたのかも知れなかった。

 駆け抜けていく中で風景は変わり続け、気が付けば海岸線にいた。やがて森林はビーチの都市へと姿を変えた。

 目を向けると、海に浸かった巨大な肉塊のようなものが毒々しく変色したり脈動したりしながら佇んでいるのが見えた。マイアミと呼ばれた海岸都市の廃墟が横たわっていた。

 青空の下でこの地を謳歌していた人々の姿は既に消えて久しく、ビーチパラソルの残骸に筋繊維のごとき物体が絡み付いて繁茂していた。

 恐らく腐敗EMPによって理不尽に墜落したであろうドローン戦闘機が徐々に朽ちながら機首からやや斜めに傾いて砂浜へと突き刺さっており、錆びているそれの破孔には鳥の巣が見えた。

 ガラスが割れたり雨風に晒されたりして朽ちた砂浜沿いのビル群はSF映画の崩壊した都市さながらであった。

 通りの罅割れた地面からは雑草や奇妙な物体が姿を現しており、ビルの多くは触腕か骨か判断の難しいドーン・ライトの植物によって覆われたりぐるぐる巻きになっていた。


 そのように風景を見つつ走っていると甲殻類と棘皮動物の中間じみた外見を持つ草食獣の群れが前方を駆けており、少女はすうっと立ち止まった。

 渋滞が消えた世界で信号待ちをする気分がいかに不思議かと考える事で、全てが上手く行っているように錯覚しようとした。そうだ、これは面白い体験ではないか。

 文明崩壊後のマイアミ周辺を歩く機会というのは、それはそれで貴重ではないか。

 ラヴクラフティアン・ホラーの怪物じみた生物達が、地球の生物と同程度に大人しくなり、それらが在来種と共に新たな生態系を都市の廃墟で形成している様であった。

 ふと沖で座礁している巨大な物体に目を向けた。かつて戦時徴用で大幅改造されたイントレピッド級タンカー改造空母『アパラチアン・マウンテンズ』であった巨体が、蒼穹の下で死んだ巨大怪獣のように佇んでいた。

 主に海鳥の住居である現在のそれは狂ったスケール観があり、今ひとつ現実味が無かった――平和な光景ではないか。

 気が付けば異次元産の草食獣の群れは消えていた。リヴィーナは再び風のように駆けた。全てが大丈夫だと信じて。

 旧ハリウッド市――なおもっと有名な旧LAのハリウッド一帯は文化保存センターとして機能していた――までもう少し、そう思ったところで彼女は気配を感じて、スライディングしながら不意に立ち止まった。

 風に吹かれてロング・テクスチャード・ロックス状のやや灰色がかった黒い長髪が揺れ、陽光の下で元の色の髪に混ざったメッシュ部の髪が赤く輝いていた。

「随分急いでいるようだが」と、やや低く聴こえる声が響き、リヴィーナは声の主と目を合わせた。

 リヴィーナはその顔に見覚えがあった――実際に会った事は今この瞬間まで無かったが。

「失礼、もしかしてドミネイター第三特殊任務群のドーニング・ブレイド少佐? 大戦の英雄の?」

 かくして少女は、文明崩壊後のフロリダ半島で魔女と出会った。

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