第4話 睡眠できない超人兵士

登場人物

―リヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァー…軍人、魔術師、友を探すドミネイターの少女。



二一三五年、五月七日:北アメリカ大陸、ミシシッピ川条約機構議長国『新アメリカ連邦』領、旧フロリダ州地域、暫定グレーター・セミノール保留地から北西に二三マイル地点


 かつて戦争のために使役された怪物じみた異形の生物と触れ合い、穏やかな気分になるのをリヴィーナは感じた。

 己よりも遥かに巨大な、直立させたピックアップトラックのように威圧感のある多腕多脚の強靭な生物と、犬や猫とするような触れ合いをするのは新鮮であった。

 焼けたゴムのような匂いを発するこの生物は屈んで無防備になっており、ドミネイターの少女は束の間その巨体に身を預けて座った。背中の向こうでそれの脈動が感じられ、異なる者同士の平和的共存を喜んだ。

 お前は、どれだけ私の仲間を殺したであろうか。そして私は、どれだけお前の仲間を…しかしその上でも、人々は、そして生存者は、かつての敵と共存する事もできる。その意志があれば。

 ドミネイターになった事で睡眠できなくなった彼女は、微睡むような感覚に到達する事ができるだけでも他のドミネイター達よりも幸運であった。

 第二世代のドミネイターは睡眠できない事による様々な心身の問題にも対策が取られ、その辺りも視野に入れて肉体改造を受けていた。彼女の親友ラニ・フランコ・カリリは第一世代であり、専用の薬物を摂取する事で心身のバランスを保っていた。

 ただの睡眠不足や不眠症ではなく、『リヴァイアサンへの回帰』のポーランド語版写本とタガログ語写本においてのみ、控え目の記述があるロイド=ブソスと呼ばれる尋常ならざる神格との契約がドミネイターという超人兵士計画の基幹であった。

 不意に、ドミネイター改造手術の最終段階におけるその実体との遭遇を思い出した。アルコールに酸化鉄の粉末を加えた水溶液を特殊な手法で加熱した際に立ち上る気体を吸い込み、朦朧とした意識が時空間を超えていくのをぼんやりと意識した。

 あべこべに変化していく光景が流れ、どこかの古びた駒形切妻屋根の表面に吸い込まれて行った。拡大されていく視界に、屋根の表面で吠える畸形の牛が見え、その牛を更に拡大すると今度はまた別の建造物が映り、そのような変化の続く異次元じみた光景が続いていた。

 するうち、それらの光景が不意に終わり、緑色のオーロラじみたものに覆われた空間にいるのを感じた。肉体を置いて精神だけでここに来ているのか否かもわからず、どことなく夢に似ていた。

 そして、その夢のような不確かさに、もしかしたら何かしら意味があったような気がしていた。

 夢を見ない今となっては、どうにもそう思えてならなかった。不眠の生活は何かが致命的に欠けているような気がして、時々何かが寂しく思えた。

 異界の非ユークリッド的な角度を備えた神は、彼女が捧げた『今後一生分の睡眠』というトリビュートを、信じられないような美によって讃えられた、腐敗しては再構築されるぶよぶよとしたやや赤い皮膚を震わせながら、咀嚼していると考えられた。

 それを思うとどこか腹が立つ事もあった。だが、これが今の生き方なのだ。考えても仕方無い。


 リヴィーナは巨獣と名残り惜しく別れ、互いにちらちらと振り返りながら残りの道を歩いた。午後のフロリダ半島は燦然と輝き、生命がどこまでも満ち溢れていた。

 束の間道を外れると、鬱蒼とした木々に覆われた沼の中でわにが休んでいた。その鰐の隣に腰を降ろし、沼地を観察した。濃厚な何かが腐ったような匂いがしていて、それは腐敗した倒木の匂いかも知れなかった。

 木々には触腕じみたものが巻き付き、それが奇妙な調和によって成り立っているのを感じた。新たな生態系は排他的ではなかった。

 名前は忘れたがアリオンなんとか系の大きな蛞蝓なめくじが近くにおり、そのすぐ近くに何かしらの甲虫がいた。不意に水の中で紫色の細長い生物が見え、多分ドーン・ライトの水棲生物か何かであろうと考えた。

 こうしていると、世間の喧騒から離れられる気がした。大自然の中で佇むと、やはり心が落ち着く気がした。

 満足するまでそうした彼女はゆっくりと立ち上がり、その場のあらゆる生物に心の中で別れを告げた。

 道路に出るとまた駆け出し、外套から垂れる触腕じみたものどもが後方へとはためていた。

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