第42話 故郷の呼び声

 俺は就職活動をしないまま、大学を卒業した。


 卒業してから、あと少しで2年が経つ。

 俺は24歳になっていて、なんとか東京で暮らしている。


 現在の俺の収入は、3本柱だ。


 1つ目。『デスバトルアイランド~8名生存~』

 去年出した本で、デスバ島以来のヒットとなった。

 30人の中学生が修学旅行の際に拉致らちされ、孤島でデスゲームをさせられるのは従来通りだが、今度は「終了時間に生存者が8人ぴったりでないと全員死ぬ」という内容となっている。

 白戸しらとさんが帯につけたアオリは「生存者が多すぎる!」。確かに。俺もそう思う。

 主人公であるお嬢様・静香しずかは、例によって襲いかかってくる男子、寝首ねくびをかいてくる女子を当たり武器であるオートマチック拳銃で撃退しつつ、8人の中に残ろうとする。ポイントは、今回のルールだと「8人を下回る可能性を発生させる者」が一番恐ろしいということだ。殺戮さつりく享楽きょうらくにつかれて皆殺しを目論もくろむ者は真っ先に排除しなければならないし、生存した8人の中に自殺からの心中を目論む者がいても全員が死ぬ。なので、前半は憎い相手を殺そうと積極的に動く者もいるが、中盤からは善人も悪人も「人数調整」に頭を悩ませるようになる。極論、自死の願望を持つ者は先に殺しておかないと、どうあがいても自分が死ぬ未来が待つ。相手は本当に生きたがっているか? 生きる意志はあるか? そして、自分を殺さない意志も――『人は人を信じられるか』。という、浅いのだか深いのだかよくわからない小説になっている。

 ネジの飛んだ殺戮者である狂也きょうやの「くそ……俺が生き残るためにお前なんかを生かさないといけねえ~!」は、去年の流行語大賞にもノミネートされた。なぜか十代の若者たちだけではなく、サラリーマンの間でもよく売れた。


 なお、主人公である静香は最後の8人になった時点で狂也から犯されそうになるが「やってみなさいよ。あんたなんかにやられたら、どんな手を使ってでも自殺してやる。絶対に道連れにしてやる」とおどす。狂也は「……ま、いっか。島を出てから犯しに行くわ。俺は死なねー」と背後を向けたところで、静香から胸を撃たれる。

 狂也の最後のセリフは「人数……あわなくね……?」だ。

 半裸にかれた静香は「あんたじゃたぶん、一生かかってもわかんない」と、死体となった狂也を見下ろして言う。なんと、生存者の中には、1つの体に2つの人格を持つ『二重人格』が混ざっていたのだ。しかも、その人格は微妙に性格が異なるというほどに似ていて、当人の親すら認知していない二重人格だったのだ。それは静香の親友、芽衣めいだった。

 物忘れが激しい芽衣。約束をやぶりがちな芽衣。

 それは、芽衣が上位人格(もう一つの人格を認識できている人格)である『メイ』と、時折入れ替わっているために起きていたことだった。

 静香は小学生の頃、ある事件をきっかけに、芽衣の中にメイがいることに気がついていた。だから島で芽衣と会ったときにも「芽衣、ルール説明聞いてた?」と確認し、どちらの状態で聞いていたかを確かめている。

 誰もが8人だと思っていた生存者は、実は9人いたのだ。

 体は7つ人格は8つで、この凄惨なゲームは終了する。

 全員が、争い、疑い、罪を犯し、決して好きでもない相手を信じ、傷ついていた。

 だが運営――地獄のバスガイドヘルズコンダクターは「続き」を告げる。

「次はこの8人で、『協力して』クリアしてもらうレクリエーションを用意しています。聞いてない? いやいや、言ってましたよ。皆さんが眠らされる前に、私、バスの中で。ベスト8には豪華賞品と素敵なレクリエーションが待ってるって……ぐすん。みなさんお喋りに夢中で、全然聞いてくれていませんでしたけど……」

 静香は唖然あぜんとする。

「言ってた……誰も聞いてなかったけど……」

 ふふふ……皆さん、甘いですねえ……

 本当に生存率を上げたいなら「誰が役に立つか」だって考えて選別しないと。みなさんは、自殺しない人に絞りすぎて、その観点が抜けていましたねえ……

 ふふふ……

 この8人が残ったのって、本当に「正解」だったんでしょうかねえ……?

 ふふふふふ……地獄のバスガイドの笑い声が響く……

 つづく。


 ……というわけで、俺は今年いっぱいは『デスバ島8の2』の執筆にあてている。もともとは1作完結として書いていたが、執筆終盤で白戸さんと相談し、急遽きゅうきょ続き物としたのだ。理由は、俺も白戸さんも勝機を充分に感じるほど面白く仕上がっていたから。実際、手応え通りのヒットとなり、「早く続きを書いてくれ」という声が中高生とサラリーマンたちから出ている。その勢いを受けて、ペースを前倒しての刊行もありだと言われている。


 収益の2本目の柱は、忘れたころに重版じゅうはんがかかる『デスバ島完全版 文庫版』だ。

 文庫版なので、重版がかかっても大きな収入にはならないが、細々と食わせてくれる。

 読者の評判では、デスバ島8より王道を貫いているデスバ島完全版の方が好き、という声もある。もちろん、より文明的になった8の方が好き、という声もある。俺はどっちも好きだ。


 収益の3本目の柱は、ゲームシナリオの執筆だ。

 3年前、俺は白戸さんに紹介されて初めてゲーム開発の現場に入り、シナリオ制作をした。

 スマホゲームの膨大な数のキャラクターについて、それぞれを主役とした個別のシナリオをひたすら書くという仕事だ。

 俺は初めての現場で、思いのほか上手くできた。

 すぐに、毎月のイベントシナリオまで任せてもらえるようになった。

 ただ、これについては運がよかったとかではなく、俺が積み上げてきたものが、前任者たちを超えていた結果だ。各キャラクターには、すでに前任者たちが書いたボツシナリオがあったが……正直、『密告フェス』や『超かくれんぼ』的なものも散見された。俺はそれが、どんな習慣の人たちがどんな気持ちで書き、出来上がったものを前にどういう風に言い張ったかが、わかってしまう。すでに中3と高1の頃、自分が通った道だからだ。

 小説なら失敗してもダメージのほとんどは作家にいくだけだ。しかし、ゲーム開発となると膨大な人数が関わる集団創作だ。未熟なシナリオのせいで各分野のトッププロたちを乗せた船が沈むのは、あっていいことではない。出身業界を問わず立て直しを図るのは、当然だろう。

 だが、最初の現場は、ゲームのリリースから1年で解散となった。

 俺が手がけたシナリオは好評で、キャラクターたちもSNSでファンアートが描かれるほど人気者になったので、寝耳に水だった。当然だが、ゲームはシナリオやキャラクターだけではない。みんなが遊び続け、お金を払いたいと思える構造が成功しないと、運営困難という判断になるらしい。俺は全力で、突然の閉幕を迎える最終シナリオを書いた。せめて、プレイヤーと共に旅をして、一つ一つの出来事で成長したキャラクターたちが、これからも豊かな冒険を続けていく未来が見えるように。

 最初のゲームは終わったが、そこで一緒に頑張ったプロデューサーやディレクターからは、仲間として認められた。おかげで、今でも彼らの現場から「力を貸してほしい」と声をかけてもらえている。

 ただ、この仕事はいくら頑張っても、俺の名前は出ない。

 シナリオの制作者はあくまで「シナリオチーム」で、俺はその中の執筆作業者Aだ。

 小説でもゲームでも、もっと実績をつめば、いつかは「ストーリー原案・キャラクター原案 阿久津あくつじん」で、デスバ島的なゲームを作らせてもらえないだろうか。それが俺の、密かな願いだ。


「もうそろそろ、社会人3年目か……」


 窓の外には陽光が照り、冬が去って春が訪れている。

 東京に住んで、あと少しで7年。

 最初は灰色に感じた街にも、一年の季節を感じるようになっていた。


 ここ数ヶ月はゲームの仕事がなかったので、次の10月予定の『デスバ島8の2』はほとんど書き終えてしまった。少し間を空けてから、あと一周ブラッシュアップすれば完成だろう。


 1年に1冊の本だけの仕事では、はっきり言って暇だ。時間は余りすぎる。

 そして、ふところさびしくなっていくし、将来も不安になっていく。

 毎月、多少忙しいぐらいの方が精神的に健康でいられる。暇が一番怖い。

 ……よし、ゲーム業界の人たちに、入れそうな仕事がないか聞いてみよう。

 なければ……何か、勝手に書いてしまおう。

 売れそうないいものが書ければ、白戸さんだって刊行ペースとか言ってられないはずだ。

 もし出せないと言われても、他の出版社に持ち込んだり、ネットで発表したり……

 とりあえず、書いといて損はないのだ。書き上げてから使い道を考えればいい。


 もう10年来の相棒となったOAチェアに座った瞬間、机の上のスマホが震えた。

 断続的に鳴り止まないそれが、通話だということを知らせている。


 志築しづきからの着信だった。

 そこで俺は、今日が土曜日だったことに気づく。

 大学卒業と同時に宮国みやぐに市役所に就職した志築は、平日の日中に連絡を寄こさないからだ。


「お仕事中?」


「いや、今は大丈夫。まだ書き出す前だった」


「それじゃあ、4月のこの日なんだけど……三中さんちゅうに来られない?」


「へ? 三中? 西鳳せいほうじゃなくて?」


「そう。三中から、あんたに連絡とれないかって言われたの」


「俺に……?」


「3年生向けに進路学習みたいなのするんだって。働いてる卒業生を招いて、体育館でお話を聞く……とのこと。きっと、3年生を受験ムードにするための第一手ね」


 新中3生向けに、そろそろ将来を真面目に考えましょう、というイベントらしい。


「志築も呼ばれてるのか?」


「うん。学校側は二十代半ばで、企業勤め、公務員、自営業で3人揃えたいんだって」


 公務員は志築か。適任中の適任だろう。

 で、自営業が……俺?


「……いいのか? 中学生が殺しあう話で飯食ってるやつだぞ」


「先方は、あんたを名指してるのよ」


 やばいだろ……三中も変わったな……


「来月か……俺でいいなら、時間の都合はつけられる」


「そう。じゃあ先方にはOKって伝えておく。詳細はメッセージで」


「よろしく頼む」


「せっかくだし、ちょっとはゆっくりしていけば?」


「そのつもりだ。どっか行こうぜ」


「いいけど……私、運転するの嫌だなーって」


「しかし俺はペーパードライバーだ」


「練習、付き合ってあげる」


「うげえ」


「きっと楽しいよ」


「お願いします」


 じゃ、またね。

 少し弾むような声が聞こえた後、通話は終わった。


 宮国――三中。

 海鳴りのように、故郷が呼ぶ声がする。


 俺はスマホのカレンダーを開き、4月某日に「三中」と書き加えた。

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