第41話 ノックバックの力
フル単位のお祝いとして親父とお
酒には全然強くない俺だが、白戸さんの飲み方がすごかった。
『
白戸さんは泣きながらくだをまいた。
「阿久津くん……僕だって『熱砂の王』は大好きだ。神がかってると思っている。でもね……小説を書くのは神じゃない。いつだって人なんだよ。
おしまいってレベルまで行ってるのか? マジ? 大丈夫?
電子を含めて、漫画はともかく小説は地獄のような出版不況、そもそも本を読む人が減っている、今の若者の親世代はすでに本を読まなくなった世代、だから幼少からずっと家に小説がない、なければ興味も持つはずがない……白戸さんはそんな業界の常識をまくし立てた後、
「だから僕は反対だったんだ。
俺は、碇の3作目が出ない真相を、
『月と太陽の影』は、やはり抜きん出てすごい作品だったからだ。
近未来。ずっと
その「新太陰暦」が試行されてから5年がたったある日――
ディアナ国を含む世界各国の宇宙飛行士が集う、国際宇宙ステーションで殺人が起きる。
どうやら犯人の動機は、5年前の「記録に残らない11日間」に起きたある事件らしい。
記憶には残っているが、記録には残っていない過去の11日間。そこで起きていたことは罪に問えるのか? 人は、個としての記憶よりも種としての記録という侵略者に支配されているのではないか――? そんな、滅茶苦茶な長編小説。
『熱砂の王』では現代と異時代で、異なる文化風土で連作ミステリを書いた碇らしい、「常識を疑う」系のミステリ。今回は歴史ではなくSFが
太陰暦の文化圏で35年間育ったと自負する宇宙飛行士が、太陽暦換算だと34歳で年齢規定に弾かれる……その隠されていた動機は、作品内で明かされる前にわかった。だが、やはり発想のスケールがちがう。そしてそれを物語としてまとめ上げる手腕も見事に尽きる。すぐにでもハリウッドで映画化されそうだと思った。
ただ、確かに『熱砂の王』のような、小説を読み慣れていない人でも入りやすい雰囲気ではなかった。それを『熱砂の王』で出会った読者から「凝りすぎている」と指摘されたのだろう。
いや……でも……
同時発売だった俺の『ホーリー・ダーク』の何倍も売れてたし……
というか、累計部数で『デスバ
俺の2作目なんて『密告フェス』だぞ?
大注目の中、全国に恥をさらしきったアレだぞ? トリックの真相は犯人だけが持っている特殊能力――人を操る
というか……もし凝りすぎてるという感想が嫌だったなら、次、直せばいい。
そうじゃないのか、碇。
「阿久津くん。作家になるための才能と、作家であり続けるための才能は、少しちがうんだ」
俺は黙って聞く。
「もちろん、必要な才能はいろいろある……
一つ目は、度胸だ。
君ならわかるだろう。自分の作品を書くのも度胸、他人の作品を読むのも度胸だ。怖いよね、自分に才能がないかも、自分がただの不勉強かもと思わされる行為は。今のままで、なんとか言葉でうまく
二つ目は、打たれ強さだ。
うまく書けない自分を認めて、なお書く。自分より上手い人がいることを認めて、なお読む。自分の不勉強が知れたら、勉強する。読者が斜め読みして変な感想を送りつけてきたら、読む価値なしとスルーする。読者の指摘が的を射ているのなら、改善点を教えてくれてありがとうと思う。書いたり読んだりして自信がなくなれば、今までの好評を思い出したり、自分よりも下手な人だっているんだと思ったり。へこんでも復帰する力。そもそもへこみきらないような考え方を持つ力。編集者が作家に、感想を選り分けて伝えられる時代じゃない。現代の作家業は、タフじゃないと続けられないんだよ」
白戸さんは、言い切った。
「阿久津くん、度胸と打たれ強さだよ。
打ち出して…打ち返す…そういう力。
ノックバックの力だ」
君は……気づいているかい?
碇くんは……自分が得意なことを、周りがやれと言うから書くんだ。
そこまでお膳立てが整わないと動かない力が、彼だ。
阿久津くんは、そういうのは関係ない。勝手に書いている。そして、自分が苦手なことでも矯正して書こうとする。執筆者としての能力は、今はまだ碇くんに劣っても、好きな女の子にかっこつけるために……生き残るために……勝手に動き続けるうちに……
君は……気づいているかい……?
さっき君が挙げた一番の本たち……
かなりが……君の……高校1年生の部誌の……
碇くんのおすすめと……かぶっていたことを……
君は……もうそこまで来ている……
よく読んだね……
初めて会った日……最後……玄関で……通り……
僕は君の……ファンだよ……阿久津くん……
白戸さんはちゃぶ台に突っ伏し、寝息を立て始めた。
俺は白戸さんをベッドに引き上げて、横向きに寝かせる。
ちくしょう。
なんで俺は、刊行点数を減らされたのに、ありがとうとか思ってんだ。
いや、思うだろ。
ゲームシナリオの仕事、どうかなって、持ってきてくれて。
星月社の利益になる仕事じゃない。ただ、俺の生活を支える金にはなる。
年に1冊の刊行でも、俺は作家を廃業せずに続けられる可能性が増える。
確信した。
この人は、間違いなく、俺のファンだ。
ネットにあげていたデスバ島の最終話が更新された翌日、真っ先にメールをくれた人だ。
きっとあのメールは、俺の心を
密告フェスや超かくれんぼでの俺の暴走を最終的に許したのも、俺のためを思った
この人は馬鹿だ。恐るべき小説馬鹿だ。だからこそ、すべての作家と小説文化の
そんな人が、俺をここまで認めてくれているんだ。
俺はPCを立ち上げる。
そして、大きないびきを背に、シナリオライターの仕事について調べ始めた。
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