第32話 決意

 文化祭は、大盛況に終わった。


 阿久津あくつじんに会える、ということで足を運んだ中学生やその保護者は、前年に続いてそこそこいてくれた。俺は持ち込まれたデスバとうやレッドゲームに、延々えんえんとサインをすることになった。サインの許可は白戸しらとさんからもらっている。「西鳳せいほうの闇」も学校に甘やかされるだけではなく、少しは利益をもたらしているようだ。


 そして「西鳳の光」が生まれる。


 いくらプロが書いているからって、こう偏差値へんさちの高校だからって、高校生たちは文芸部の部誌なんて注目せず、無料配布でも受け取らず、まして隅々すみずみまで目を通したりはしない。文芸部の生徒と仲がいい生徒が「あいつ、どんなの書いたのかな」と友人の作品を探す程度だ。全員の作品をとりあえず読んでみるなんて生徒は、文芸部以外では志築しづきぐらいなんじゃないか。


 しかし今回は、昨年度末のクラスの騒ぎがあった。

 昼休み、碇が志築に「小説を書くから読んでほしい」と宣言したやつだ。


 あのとき「熱い告白」だと受け取った女子、「阿久津対碇」とはやし立てた男子、それらはこのバトルを密かな楽しみにしていたらしい。彼ら彼女らは、俺と碇を比べ読みした。


「え……なにこれ……?」


 そこからはドミノ倒しだった。

 静かなどよめきの波紋はもんは、ゆっくりと、だが確実に、広大な範囲をもって広がっていった。


 これって……すごいんじゃないの?


 そうだよな……? なんか、普通にめちゃくちゃすごいよな?


 あたし、めっちゃ感動したんだけど。これって、こういう意味だよね?


 これ書いたのが碇くん? 阿久津くんじゃなくて? 逆じゃないの?


 バカ、阿久津の作風とは全然ちがうよ。阿久津は阿久津らしいの書いてるよ。


 俺の親父が、天才だって言ってたぞ。


 知り合いの作家に送って感想聞いたけど、返事が返ってこねえ……


 めっちゃ漫画化してほしい。買う。


 文芸部に、なんかものすごいの、いる……



 碇くん、続き書いて!



 妙な感じだった。

 小説のヒーローという話題で、教室の中心が俺じゃないというのは。

 俺のもそこそこ好評だったが、碇ほどではない。

 というかやはり、読者に新たに提示できたものがちがいすぎる。


 昼休み、俺は碇と向き合っていた。


「碇。『熱砂の王』大評判だな。……ま、実際面白いし」


「ありがとう……いろいろな人にめてもらえて、嬉しいよ」


「志築は褒めてくれたか?」


「うん。面白かった、いくじなしなんて言ってごめん、って」


「よかったな」


「うん」


 本当に嬉しそうにしやがって。

 でも、そうだ。危険な冒険に挑んで大成果を手に帰った勇者なのだ。

 こいつは、いくじなしなんかじゃない。姫からのお褒めの言葉があって、当然だ。


 俺は、ある決意をもって碇にたずねる。


「二段組みで40ページだったよな。どれぐらいかかった?」


「4月、5月だから……2ヶ月かな」


「でもお前、5月はテスト勉強もしてただろ?」


「まあ……2週間ぐらいは」


「じゃあ1ヶ月半……どうせ、見直しに使った時間がほとんどだろ」


「えへへ……わかる?」


「初稿、何日ぐらいで書けたんだ」


「……2週間ぐらい。あとは何度も読み直しながら……表現を直したよ。台詞なんて、俳句を作るみたいだった。すごく大変だった」


「書いてる途中で、話の筋が大きく変わったりしたか?」


「ううん。それはなかった」


 ……じゃあ、ほとんど2週間で完成したのだ。

 どうせこいつの直しなんてのは、完璧主義者のやりすぎオーバーキルだ。こいつはわかっていない。俺を含めて読者たちは、お前ほど古今東西ここんとうざいの味を知ってはいないし、舌も未発達だってことを。好評という合格ラインを超えるだけなら、2週間で済んでいたのだ。それを1ヶ月推敲して、大好評のラインにまで持っていった。きっと、そういう書き方だ。


「今回の部誌、俺も出版作と同等の入れ込みようで書いたつもりだ。というか、レッドゲームの特別番外編だったし。いつか本にオマケとしてせるつもりの作品だ。で、お前に聞きたい」


「…………」


「俺とお前、どっちが面白いの書いた?」


「…………」


 これは儀式ぎしきだ。

 答えはわかりきっている。

 これは、俺なりの碇への賞賛しょうさんだ。


「言えよ」


「…………」


 長い沈黙の後、碇ははっきりとした口調で言った。


「……今回は……僕だ」


 満足した。


「……俺もそう思う」


「阿久津くん……」


 碇は息を吐いた。だが俺は畳みかける。


「でもな。まだ俺の方がすごいぞ。お前、長編書いたことないからな。本にして本屋に並べて、全国の一切仲良くない連中に読ませて、遠慮えんりょない批評にさらされたこと無いからな。そういう点では、ネットの投稿サイトで連載してる掛川先輩や一年生たちにも負けてて、威張いばれないぞ。次の作品はどうするんだ? 来年の部誌か? 毎年1作の短編だけじゃ、お前のことなんて誰も覚えてないし、楽しみにもしないし、評価もしないぞ。いいのかそれで?」


「…………」


「よくないよな?」


 俺って、ここまでお節介せっかい焼きだったっけ。


 ちがう気がする。入れ込んでる気がする。

 俺は碇に、もっと大舞台で、たくさん書いてほしいと思ってしまっている。


「長編を書くなら、俺の編集者を紹介してもいい。きっと見てくれる」


「長編……」


「短編書くのがしんどすぎたっていうのなら、やめといた方がいいぞ。たぶん、お前の大好きな読書も、テスト勉強をする時間も削られるし。もし才能ないって言われたら、きついしな」


 お前が一冊の本を出すのを、見てみたい。

 お前の本が書店に並び、図書館に収まっている。この世界がそういう世界であってほしいと思ってしまっている。


 だから、言葉が止まらない。


「……また、志築に発破はっぱかけてもらうか?」


「……ううん。そこまでおんぶにだっこだと、軽蔑けいべつされちゃうよ。志築さんは、自分の意志と責任で前に進んでいく人が好きなんだよ」


「へえ、くわしいじゃないか」


「デスバ島っていうのに書いてあったんだよ」


「それを書いたやつは天才だな」


 俺は笑った。碇も、少しだけ笑った。



「阿久津くん、僕、やるよ。編集者さんを紹介してほしい」

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