第27話 がんばれ

『なんであんたが本屋に?』

『参考書を買いに来た』

『勉強の?』

『そう。小学校の。理科と社会』


 店内に入るとすぐに、スマホが震えた。

 志築しづきが、LINEでメッセージを送ってきている。


『なるほど。算数もあった方がいいんじゃない?』

『やっぱそう思うか?』

『面積とか体積とか、わかる?』

『どうだろう』


『1メートルの1000倍が1キロメートルです。では、1平方メートルを何倍すると1平方キロメートルになるでしょう?』

『1000倍』


『算数も買った方がいいと思う』

『了解。金はある』

『というか、待って』

『何を?』

『あんた、外に出といて』

『寒い』


『私が買って、あんたの自転車のかごに入れとく』


 俺は予定を変更し、ネットで話題になっている漫画をレジに持っていく。

 バーコードを読み取る時、店長の目がさらりとタイトルに目を通した。


「お買い上げありがとうございます。阿久津あくつ先生、頑張ってくださいね」

「どうも」


 俺がそう言って出ると、入れ違いで志築が店の中に入った。

 自分の自転車のかごが見える場所で、スマホを触りながら時間を潰す。


 すぐに大きな紙袋を持った志築が出てきた。

 志築は、遠目で俺のことを確認する。

 志築は紙袋を俺の自転車のかごに置くと、自分の自転車のロックを解除して走り去った。


 宮国みやぐに市は田舎で、せまい。

 面白いものなんてほとんどなくて、そうなると人々の娯楽は噂話うわさばなしおもになる。

 だから、制服姿の男女が一緒に本屋で買い物をするなんて、もっての他だ。

「浮いた話」として一日のうちに学校中を、三日のうちに市全体を駆け巡る。


 実際俺は、他の高校に行った中学の同級生たちで、誰と誰が付き合ったとか、誰と誰がいい感じだとか、そういう情報をたくさん持っている。LINEで自然と流れてくる。


 志築なんか、特にそうだ。偶然街中で男子とあってにこやかに会話をした、それだけで芸能人の熱愛発覚的な報道がされる。それに志築がうんざりしていることも知っていたから、俺は本屋の玄関口で会ったときに、あいつを無視したのだ。


 しかし、あいつのその後の行動がわからなかった。

 俺の代わりに参考書を買って、ひそかに俺に渡す。

 しかしそれも、漫画をレジに持っていったときの店長の目を見たとき、わかった。

 駄作ださく続きの阿久津あくつじんが小学校の参考書なんてレジに持っていったら、大評判のニュースになっていただろう。『天才高校生作家・阿久津仁。小学校からやり直し?』ゴシップの記事がまざまざと目に浮かぶ。


 ラッキーで成功しただけの、期待外れの落ち目のやつは、とことんまでぶっ叩く。

 ネットは俺の故郷だ。だからネット民たちが日々何を望んでいるかも当然知っている。今、阿久津仁に求められている話題性がそっち方面だということは、俺というコンテンツの活用法として納得しかない。そしてネット世界のそれは、宮国という田舎町にもそのまま当てはまる。


 店長が、そこまで悪意のある人間とは思っていない。しかし店に居合わせた客が「阿久津仁が、小学校の参考書コーナーをうろうろしていた」と、見て、言って、聞くだけで充分なのだ。きっと、真実ですらなくていい。それっぽさが重要だ。そして、真実だったらなおいい。


 だから、志築が代わりに買ってくれたのだ。

 たぶん、親から弟用に選んでこいと言われたとか言って。あいつの弟は、小6だ。


『助かった。ありがとう』


『がんばれ』


 返信はそれだけだった。

 俺はレシートの金額を封筒につめて、スクールバッグの中に放り込む。


 こんな最高の女が応援してくれているのだ。

 どれだけみじめでも、無様ぶざまでも、頑張るしかないだろう。

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