第23話 世界征服やめろ

 9月中旬、3作目『超かくれんぼ』が出た。


 デスバとうの頃は賞賛しょうさんであふれていた……は言い過ぎだとしても、賞賛の方が多かったネットは、俺への非難の声であふれるようになった。


「つまらない」「金返せ」「いつも同じ」「くだらない」「脱力」「作者の倫理観りんりかんが不快」「デスバ島はまぐれ」「一発屋」「頭悪そう」「ちゃんと勉強しろ」「小説というかメモ書き」「思いつきを片っ端から書いても小説とは呼びません」「編集者はちゃんと面倒見てやれ」「編集部は作家を使い捨てにすんな」「日本語がいろいろと変」「めてるやつが心配」「エロが書きたいだけの猿」「どんなコネ?」「親が政治家とか」「表紙の無駄遣い」「M県西鳳せいほう高校らしい」「偏差値へんさち高!」「今の高偏差値ってこのレベルなのか?」「小説、ぜんぜん読んだことないって雑誌記事で言ってたな」「ああ……(察し)」「自称書ける人だったか」「嘘話じゃなくて物語が読みたい」「とりあえず世界征服やめろ」


 総攻撃。袋叩きだ。

 デスバ島で俺を絶賛していたテレビの芸能人たちも、揃って「2作目は……」「3作目は……」と、感想を求められれば言葉をにごすようになっていた。すごい刊行ペースだとか、勇気があるとか、内容以外のことでめた後で、最後には「若い子には、ああいうのが人気なのでしょうね!」と、ひきつった笑みでまとめる。面白かったとは、一言も言わないのだ。


 うるせえ、馬鹿にしやがって。

 自分たちでは書かないくせに。

 本を出せば、金がもらえるんだ。

 金がもらえる限り、俺は何を言われたって書き続けてやる……


 そんなモチベーションだったから、と言われた時は、ショックだった。


 文庫本というのは、葉書はがきサイズの小さな本だ。

 作家になるまで知らなかったことだが、小説というのは、まず大きな単行本で出て、数年後に、同じ内容で小さな文庫本で出る――1つの話で時期をずらして2回出るのが普通らしい。


 単行本は先取り版でありデラックス豪華版で、どうしても買いたい読書文化の熱心なファンをターゲットにしている。だから、値段も高い。そして文庫本は、装丁そうていを簡略化して安くした普及版だ。『文庫化まで待てる』か『安いなら買ってみようかな』と思う人たちを対象にした形だという。


 文庫書き下ろしというのは、新作を単行本では出さずに、いきなり文庫で出すということだ。

 文庫の値段は、単行本の半分から3分の1。

 つまり、1冊刷られたときの俺の収入も、単行本のときの半分から3分の1になる。

 書くのに4ヶ月かかっていることを考えれば、『超かくれんぼ』のような売れ行きでは普通のアルバイトと大差がない。それも初版1万部での計算で、このまま低調が続く場合、最初に刷ってもらえる数も減るという。


『デスバ島』……現在6万部。未だこつこつと売れ続けている。

『密告フェス』……現在2万部。重版じゅうはんの目処立たず

『超かくれんぼ』……現在1万部。重版の目処立たず


 新たな柱になると思っていた2作目・3作目は、完全に不発に終わっていた。

 どちらも、ネット上のレビューは記録的な低評価になっている。


 そして、売上げが落ち込むにつれて、阿久津家まで暗くなった。

 親父とお袋は「刊行ペースを倍にしたらどうだ?」「もっと優しい内容を書いたらどう?」とか言ってくる。そんなこと言われても、それがいいのかもわからないし、どうしたらそれができるのかも、わからないのに。

 俺はこれでも、精一杯やってるんだ。


 10月、『超かくれんぼ』の評価が固まった頃には、クラスの中に見えない壁ができていた。

 積極的な迫害はくがいを受けなかったのは、みんながいいやつだからだろう。

 れ物に触る感じ、というやつだ。みんな、俺にどう接すればいいのか測りかねていた。


 ありがたいことに、クラスのお調子者が「作家・阿久津あくつじん」というキャラではなくて「作家もしてる高校生、阿久津仁」という風に音頭を取って、クラスに馴染ませようとしてくれた。ただ、俺が授業に一切ついて行けていないことはバレバレだったので、そこに尊敬はない。


 中学の頃、幸運に一発当てて作家になった、阿久津仁。

 その一点をもって無理して西鳳にぶら下がっている、苦労人。


「いいなぁ」という羨望せんぼうは無くなり、「お前、大変だな」という同情に変わった。

 少数ではあるが、俺がデスバ島以来、小金こがねを稼いでることを指して「せこい」という陰口かげぐちを叩くやつが出てきた。それについては戦った。ふざけんな。俺の金は、俺が自分で書いたもので白戸しらとさんを認めさせて、自分で稼いだ金だ。自分で稼がないでも小遣いが出てくるお前の方が俺にはずっと羨ましいぞ、と。


 教室での居心地は入学時よりも悪くなった。

 俺は交流を求めて、放課後には文芸部に向かうことが増えていた。

 溜まっていた提出物を出してから、部室に向かうと――


「だからさ……阿久津くんって、大したことないじゃん」


 2年の先輩……掛川かけがわ先輩の声だった。

 クソ、ここでもかよ。


「おい、掛川……」


 足立あだち部長のうわずった声がした。

 むきになったような、掛川先輩の声が響く。


「阿久津くんが書くの、全然面白くないじゃん。というか文章になってないじゃん。あんなので本になるなら、誰だって書ける。もちろん、俺だって……う、うわっ!?」


 ガタンッ、ガシャンと、椅子が倒れる音がした。


「お前な……思うのは自由だ。でもそれ、絶対にここで言うなよ」


「で、でも……実際……」


「阿久津くんの作品の評判は、この際いい。でもな、彼は本物の編集者に見せて、アイデアをたくさんボツにされて、でも書いて、全国の読者に発表してるんだ。しかも、1冊あたり何百ページも、年に何冊ものペースでだ。僕たちにできるか? 小説を書く書くと言って、部誌に20ページの小説すらしんどかった僕たちが。書きたいものを『つまらないからボツ』って大人に駄目出しされながら、本当に書き続けられるか?」


「そ、そんな……それは……」


「できないだろ。少なくとも僕にはできない。彼の2作目以降の評判が良くないのは、誰でもわかる。僕だって、読者として内容的に光る物があるとは思えていない。でも、文芸部だからこそ、彼の苦労の部分をわかってやらないでどうする。というか、自分たちにはできもしないことを笑うなんて、そんなの……人として!」


「わ、わかったよ。わかったから、離せって」


「もうやめて! 私も、書けなかったのに同じこと思ってたから……」


 足立部長の絶叫。掛川先輩の涙まじりの声。狭山さやま先輩も大声で割って入る。



 肝心かんじんの俺がいないのに……なんという修羅場しゅらばだ……



「あ……」


 背後から聞こえた声に、俺は振り向いた。

 夕暮れの中、志築しづきが目を丸くして立っていた。

 文芸部内で起きた一部始終を、聞いていたのだろう。


「泣いて――?」


 志築は、そう言いかけた。

 俺はうつむいて首をふり、指で目をこする。

 志築は近づいて、俺の腕をとった。


「こっち来て。広報部として、取材を申し込みます」


 志築は俺を部室から引き剥がすように引っ張って、足早に階段を上がった。


 こいつは本当に……いい女だ。

 きっと、俺があこがれちゃいけないぐらいに。


 あと、足立部長、ありがとう。

 それと……


 俺は階段を上がる直前、部室を振り返った。

 部屋の中にあった気配は、4人。

 足立部長と掛川先輩が長机の向かいに座っていて、部長が身を乗り出して胸ぐらをつかんだのだろう。狭山先輩が止めに入った声はドアの近く、部長のななめ向かいから聞こえた。


 狭山先輩は恐らく足立部長に気がある。

 隣が空いていたら必ず隣に座る法則がある。

 足立部長の斜め向かいに狭山先輩がいたということは――

 足立部長の隣には、だんまりを決め込んでいた4人目がいた。


 碇――

 お前は本音のれた修羅場で、どんな顔で、どんな想いで、そこに座っていた?

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