第22話 邪眼と世界征服

 6月後半。

 梅雨つゆは長々と居座り、空は重たい雲におおわれている。


 朝、教室に入ろうとした時のことだった。

 教室の中から、声が聞こえてきた。


「文芸部の部誌、読んだ?」

「読んだ。3年の先輩、すげーよな。あれ、俺たちと同じ高校生が書いたのかよ」

「わかる。部長さんの学園ミステリ、終わり方やばいだろ。超感動した」

「2年生の人が書いたのもよかった。戦国時代ものとか初めて読んだけど、面白かったわ」

「やっぱり? ……俺、

「おい、やべーって」

「今日は休みだろ。もう予鈴よれい鳴ってるし」


 おいおい。どういう意味だよ。


 気にせず、笑い飛ばすように中に入ればよかった。足を止めてしまったのが失敗だった。

 遠慮えんりょのない声が、クラスの中から廊下に響いてくる。


「部誌の中じゃ、阿久津あくつのがいちばんしょぼかったというか……地雷でドカーンとか、銃撃でズドドドド、くらえええバッコーンとか、読んでてちょっと恥ずかしくなったというか……」

「2作目の『密告みっこくフェス』もそんな感じだったよな」

「あれは正直、部誌のよりも感想言いづらい……」

「だよなぁ……話がぶつ切りすぎて、ストーリーになってないというか……最後もアレだし」

「お前、ネタバレはやめろって」

「あ、ダメ? みんな読んでるでしょ?」


 感想言いにくい……?

 ストーリーになってない? 最後もアレ? 待て、どういうことだ。何を言っている?


「実行犯が自殺に見せかけて殺してた方法が『邪眼じゃがん』はな……相手の目をのぞき込むと、数日間、好きなタイミングで行動を操れるとか……いきなりそれはナシだろって」

「わかる。最初ワクワクしたから、最後にすっげー脱力だつりょくした。そんな超能力がアリなら、別にあの女生徒会長が犯人じゃなくてもいいよな。実は超能力を持ってました、っていうことで、出てきたキャラの誰でも犯人にできるというか」

「そう。しかも動機」

「あれ、ぜんぜんわかんなかったな……意味はわかったけど、なんでそうなるかが……」

「仮想通貨市場を操って世界を征服しようとしてて、中学にこっそりパソコンを持ち込んでた。その校則違反を知った生徒を、目安箱に誰かが殺人依頼をしてるように偽装ぎそうして、邪眼で自殺させて口封くちふうじしてたって……」

「仮想通貨? で100億円とかすでに持ってる設定だったよな? 俺なら学校行かないで、家でパソコンにへばりつくけどな」

「だよなぁ。校則違反がばれたから邪眼で自殺させる、って、そっちの方が大変そうというか。100億あるならいくらでも口封じできるというか、パソコン持ち込みとか先生に1回怒られれば済む話で、それを回避するために5人も自殺させたって……」

「超頭がいい設定のキャラなのに、やってることが全然頭いいとは思えないんだよな……作中のキャラたちは『頭が良すぎる……』って言いまくってるけど……」

「というか、考える? 世界征服。自分だけ、邪眼なんて反則技持ってるのに」

「考えねえ。人を操れるなら、それだけで億万長者だろ。どんな契約書もハンコ押させ放題」

「そういえば、デスバ島の恭兵きょうへいも、世界征服とか言ってたな」

「まあ、あいつは誇大妄想こだいもうそうのサイコパスだから。……でもそういえば、世界征服多いな」

「部誌の、学校に来たテロリストも世界を征服するとか言ってたぞ」

「世界征服したいのに、なんで学校を占拠しにきたのか……」

「わからん……全然わからん……」


 口調から、俺の作品が否定的に語られていることがわかった。

 怒りなんてかない。

 流れるのは冷や汗だ。


 それに、邪眼も、仮想通貨も、世界征服も、殺人の動機も、すべて白戸しらとさんから反対されたところだった。それを俺が「俺はいけると思います」と言って譲らず、強引に押し通したのだ。


 全部――失策――?


「なあ志築。お前、文芸部の部誌、読んだ?」


 俺は息をのんだ。

 志築の返事は聞こえなかった。口ごもったのかもしれない。


「読んだなら、どう思った? 先輩たちの方がすごくなかったか?」


 一呼吸置いて、志築の声が朗々ろうろうと響く。


「それは……阿久津くんがすごいから、先輩たちが鼻血出しながら頑張ったんでしょ。部誌でも、プロと一緒の本に掲載されるとか、勇気がいると思うし」


「あー、なるほど。まあ阿久津のも……一応……つまんなくはなかったしな……いつもの感じだったけど……」


「私はああいうの好みじゃないけど、面白いと思う人はいるんじゃないの。まあ……もう少し、話が繋がってるといいなとは思うけど」


「ふーん、そうか……いや、それよりいかり。碇くんですよ!」


 え、えー……? と碇の半笑いがかすかに聞こえた。


「おすすめ本紹介コーナーなんかでお茶をにごして! 対戦拒否か!? それでいいのか!?」


 男子たちが一斉に、面白がってはやし立てている。


「でもあれ、すごいラインナップだったって言ってたぞ。極めてるって」

「誰が? 親?」

「いや。知り合いの作家」

「うっそー!?」

「お前、作家の知り合いとかいるのかよ!?」

「へっへっへ、実は俺、SNSではちょっとした有名人でさぁ……」


 俺は、そろりそろりと後ずさる。


 やばい。雲行きが怪しい。

 今、教室に入っていくのは、俺とクラスメイト両方のためにならない。

 遅刻したことにして、一限目が終わってから現れよう。


 俺は足音を立てないように後退し、トイレの個室に駆け込んだ。

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