第14話 西鳳高校説明会

「そいつが言うには『走れメロス』で、『階段の彼女』? 的な要素もあって……」

「ふーん、そんなことがあったんだ」


 週末、俺は制服を着て、白戸しらとさんと一緒にバスに乗っていた。


 バスの中には、同じように制服を着た男女が保護者と一緒に座っている。仲良く話しているところもあれば、それぞれスマホを眺めているところもあった。

 バスは満員だ。俺たちは座れたが、乗り切れないで次のバスになった人たちも大勢いた。


阿久津あくつくん、その子が言ったのは『対談たいだんの彼女』かな」


「あ、そうかも。たぶんそれです」


「デスバ島を読んでそう思うか……メロスはともかく、『対談の彼女』とは……」


 やっぱり、白戸さんもすごい。

 いかりが言った宇宙語がわかるんだ。

 いや、当然か。碇はただの中学生で、白戸さんはプロの編集者なんだから。


「……その子も、何か書いてるの?」


「え?」


 俺は、なんだかまずい気がした。

 白戸さんの興味が、俺からあいつに移ろうとしているような……やばい流れを察知した。


「いや、書いてないです。知らないです。きっと、書いてないんじゃないかな。勉強だけって感じだし」


「小説以外でも、何か書いてたりしない?」


「え……いや……ぜんぜん知らないですね」


「そうか……ブログでもあれば、覗いてみたかったんだけどな」


 俺は初めて、白戸さんに嘘をついた。


 碇が書いたものなら、一つだけ知ってる。

 中1の時の、あの読書感想文だ。


 あの冊子は、まだ家にとってある。

 見せようと思えば、いつでも見せられる。


 だが俺は、白戸さんにその存在を隠していた。見てほしくなかった。

 自分が書いた『完全犯罪』は、見てもらいたいぐらいだった。

 朽木くちき先生からは穴だらけと言われたが、中1でこんなの書いたんですと見せれば、白戸さんは感心するにちがいない。阿久津くん、やっぱり君は才能のかたまりだよ……そんな風に。


 ところが、俺のページの裏にひっついている碇の感想文は、アレだ……

 頭の良さというか変態さというかで、あのときは碇の方が抜群にキレていた。


 そもそもあの冊子は、碇の感想文があったから作られたのだ。

 白戸さんが見たらどう思うのか……それを知るのが、俺は怖い。


「……阿久津くんらしくない顔をしてるね」


「え? そんな、どんな顔ですか」


「よく考えてる顔」


「なんですか、それ」


「おっと、ついたみたいだ」


 バスが、大きな学校の前に停車する。


 西鳳せいほう高校前――西鳳高校前――


 乗客の全員が降りて行った。

 俺たちも降りて、外の空気を胸いっぱいに吸う。

 そして、校門の前から、その建物を見上げた。


 でかい……さすが高校? さすが私立? なにあれ? ステンドグラス? とにかく、三中とは全然ちがう……


 門の横には「西鳳高校 学校説明会」という看板が立っている。

 門の奥で人垣を作っているのは、西鳳高校の生徒……生徒会の人たちだろうか。

 バスから降りてきた親子に「まっすぐお進みください」と声をかけている。

 高校生も、説明会に来てる親子も……この場にいるみんな、頭良さそう……


「白戸さん……俺、来た意味あるんですかね?」


「ま、やるだけやってみようじゃないか」


 俺は白戸さんの後に続いて、門をくぐる。

 一生関わることがないと思っていた西鳳高校に、一歩足を踏み入れた。



 どうしてこうなったのか。

 2作目『密告みっこくフェス』のプロット(全体のあらすじ……何を書くかの設計書みたいなもの)にかろうじてOKが出た俺は、急ぎ足で本文の執筆に入っていた。

 碇からめられたこともあって、本文はずいずいと書き進められていた。一方で、高校受験は完全にそっちのけだった。なんとかなる、の精神だった。


 宮国市の中学生も、ほとんどは高校生になる。

 その進学先は、6つの高校のどれかだ。


 県立が3つで、北高きたこう東高ひがしこう南高みなみこう。それぞれ偏差値へんさちは上・中・下らしい。

 そして私立が3つ。西鳳せいほう泰洋たいよう日帝にってい。これらの偏差値も上・中・下とのことだ。


 県立の方が難しくて私立はその滑り止め……というのがお決まりらしい。

 東京なんかだとちがうらしいが、M県では県立こそ伝統でんとう格式かくしきのある「ちゃんとした高校」で、私立は業者がお金稼ぎのためにやっている高校……そんな感じの扱いの差がある。少なくとも、俺の家ではそうだった。もっとも、費用が安い公立に行ってほしいから、不当に低く言われていた感はある。だが事実として、宮国のほとんどの家では県立が第一志望、私立は落ちた場合に行く場所、という見方が主流だ。


 とはいえ、北高の滑り止めである西鳳ともなると「立派な高校」「頭がいい生徒」という目で周囲から見られる。中には第一志望で受ける生徒もいるらしい。県立を受けないと約束することで合格率を少し上げてもらえる「専願せんがん」というやつを使うそうだ。


 宮国市は大卒自体が少ないので、学歴は「どの高校の卒業生か」で語られることの方が多い。北高は神様、西鳳は偉人いじん、東高はしっかり者、泰洋は普通、南高は一応普通、日帝は駄目人間……在学中から卒業後まで、話のたびにそういうレッテルが浮かび上がる。だから、祖父母や親戚は「どこの高校に行くのか」という話をしたがる。俺が、日帝に行くことになりそう……というかほぼ確実にそこしかない……ことは、親父はともかくおふくろにとって、肩身の狭い思いをさせる一因だったようだ。価値観が古く画一的かくいつてきな宮国では、子供が日帝高校に行くというのは「母親業の失敗」と見られるらしい。ひどい話だ。


 だから「推薦すいせんなら、西鳳に受かるかもしれません」と白戸さんが電話口で言ったとき、お袋は「本当ですか!?」と飛びついた。その食いつきようは、白戸さんでも気圧けおされるほどだった。


 その後、お袋と白戸さんは長々と話していた。

 そして週末、なんと白戸さんが再び、東京から飛行機でやってきたのだ。

 俺と一緒に、西鳳の学校説明会に行くために。


 二階建ての体育館、その1階で俺と白戸さんはパイプ椅子に座っていた。

「西鳳高校の教育理念」というやつを語るスライドが、延々えんえんと映される。


 白戸さんは、静かに、だが油断のない目つきでそれを見ていた。

 うへー……こういうの、真剣に見る人いるんだ……と俺は驚いた。

 もし親父やお袋を連れてきていたら、堂々と居眠りをしていた可能性が高い。


 俺は、スライドに映る女子高生がひたすら美人なことに驚き、喜んでいた。

 西鳳に受かれば……こんな美人なお姉さんたちと文化祭とか体育祭とか、できるのか……

 すごい……すごいな高校……!


 あっという間にスライドが終了し、全体説明が終わった。

 この後は、校内を歩き回って見学するもよし、体育館に残って入試相談を受けるもよし。


 俺と白戸さんは体育館に残り、「推薦入試相談」と書かれたブースの前に並んだ。ブースの前のパイプ椅子には、推薦入試の説明を受けに来た生徒たちがぽつぽつと並んでいる。


「白戸さん、順番、来ましたよ」


「ちょっとトイレに行こう」


「今? せっかく順番来たのに?」


「きっと、入試課のボスは一番左のブースの人だ。あそこに行けるまで繰り返すよ」


「え……?」


 やっぱり、白戸さんはすごい。見てるところがちがう。

 俺たちはトイレに行ったふりをして、ふたたび座り直す。順番にいけば、一番左のブースの人に呼ばれる位置に。


「君を売り込むわけだからね。部下からの又聞またぎきよりも、直接話したっていうのが大事なんだ。なんたって、自分一人の手柄てがらにできるからね」


「あの……それ、入試の話ですか?」


「ここは私立だろう? ビジネスの話だよ」


 懸念けねんがあるとすれば、地方だから話が通じないかもってだけだな……と白戸さんはつぶやく。


「あの、俺、何かしましょうか?」


「いや、真面目なふりをして、黙っていてくれれば一番いい。全部僕がやるよ。そうだ、僕が本の話をふったら……」


「な、なるほど……」


 完全に悪だくみな気がするが、大丈夫だろうか。


「次の方、どうぞ」


 左端のブース、狙い通り、一番偉そうな人に呼ばれた。


「いくよ」


 白戸さんは俺の目を見てうなずく。俺も小さくうなずき返す。



 白戸さんは、かすかに周囲に聞こえるぐらいの声で、はっきりと言った。

 俺は「うむ」って感じで立ち上がる。


 周囲の生徒や保護者が、なんだなんだと奇異きいの目で俺たちを見ていた。

 どう見ても親子ではない。歳の離れた兄と弟という感じだろう。

 それだけじゃなく、白戸さんにはこの地域の大人にはない洗練せんれんされたオーラがある。

 その人が、生徒の方を「先生」なんて呼んだのだ。

 すでに周囲から「まさか」の声まで聞こえた。


 白戸劇場は、もう始まっていた。

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