第13話 ガチでやばい俺のファン

 聞いてしまった。


 たずねた瞬間に、やめておけばよかったと思った。

 なんで、いかりにデスバとうの感想なんて聞いてしまったんだろう。

 志築しづきに嫌われて途方とほうに暮れて、3年生は受験ムードに戻っていって、でもなんとか2作目を書かないといけなくて……自暴自棄じぼうじきになった? 魔が差した?


 せっかく、こいつは今まで大人しくしていたのに。

 こいつは石の彫像ちょうぞう擬態ぎたいする魔物だ。人前では彫像のふりをして置物になり、人目のない時に動き出す怪物なのだ。だから、ずっと触れずにおけば、こいつから俺を攻撃してくることはなかったのに。よりによって、石の彫像に魂を入れるようなことをしてしまった。


 どうしよう、やっぱナシって言う?

 いやまて、それだと俺が、こいつにびびってるって認めることに……


「阿久津くん」


「うわっ!?」


 俺が自分の言葉にあわくっている間に、碇は目の前に迫ってきていた。

 近い。なんだこの雰囲気。地蔵じぞうがいきなり目の前に移動していたような恐怖がある。


「デスバ島の感想……大きな声では言えないけど」


「お、おう」


 碇はうつむいて、言葉をめる。

 そして次の一言は――



「すっごくすっごく面白かった」


「……!?」



 本当に?

 あんなに、変な本の読み方をするやつが?


「なんでだよ。面白かったなら、なんで大きな声じゃ言えないんだよ」


「だって……」


 碇は周囲をキョロキョロと見回す。


「他に誰もいない。言えよ」


 俺は、信じられない想いで碇を促す。碇は小さな口を開いた。


「……うん。友情のもろさと、とうとさが、描けてるなって思った。男同士、女同士、きっと本音ほんねはこんな感じだなって。生々なまなましくて、すごくよかった。あと……エッチなシーンもよかった。僕も、ドキドキしながら読んだ。あと、やっぱり最後。麻友子まゆこは、本気で瑞樹みずきを殺そうとして、おそいかかったよね。自分よりも美人で頭も性格もいい瑞樹がいると、自分は男子からは真っ先に殺される役だって恐れて、瑞樹をうらんで。ひどい話だけど、こんな状況になったらそうなると思った。で、瑞樹は隠し持っていた拳銃を構えて彼女に対峙して……細部は書かれないで、麻友子が血だまりの中に横たわってる描写が入る。瑞樹が、正当防衛とはいえ、ついに麻友子を殺したんだと思ったよ。理想ではなくて現実に即した行動、他人よりも自分を優先した行動、子供時代との決別。実際、この後の瑞樹は、この状況にどんどん適応していくからね。つまり最初の殺人を果たしたことで、瑞樹は一線を越えて吹っ切れた。そういうことだと思わされた。でも実はちがった。瑞樹はとっさの判断で、錯乱さくらんした親友に憎悪ぞうおをぶつけられながらも、麻友子を生かす方法を考えて、彼女をせたんだ。その方法も、麻友子は最後まで死んだふりをし続けるっていう大胆な方法で。血は、屋内で殺された男子の血を持ってきて使ったんだよね。そして、主催者側の定時観測の時間まで読んで、麻友子に支給されたゴムボールを麻友子の脇に挟んで一時的に脈を消して、主催者に死亡報告をさせた。これはすごい、すごいんだよ」


 やばい……


「すごい点は3つ。1つは、はずれ武器であるゴムボール。ギャグ要素に見せて、最弱のあれが最強の敵をあざむ伏線ふくせんになってたこと。これって、ひたすら強い武器を集めれば負けないっていう恭兵きょうへいの発想の外で、価値観の否定で、瑞樹が恭兵を上回ってた象徴的しょうちょうてきなエピソードだよね。ガチガチに強い武器で固めたやつを、弱い武器で工夫くふうして倒すっていうのは物語の王道だけど、やっぱりいい。それに、カモフラージュの仕方もいい。恭兵は、死体のふりをしている麻友子の所に訪れて、麻友子が作った偽のダイイングメッセージ『みずき じゅう』を見てる。恭兵はそれで、瑞樹の隠し持ってる武器が拳銃だと知った気分になるんだ。瑞樹は、自分の武器がばれてないと思っている……と、恭兵は思う。恭兵は自分だけが知ってる情報を得たと勘違いしたことで、精神的優位に立つんだよね。しかも状況から麻友子が瑞樹に殺されたと思って、拳銃の弾は1発消費されていると当たりをつける。でも瑞樹は、自分の武器が拳銃だとばれていないふりをあえて恭兵の前でとり続けていた。それに何より、麻友子。麻友子も、恐ろしい恭兵を前にして、死んだふりをし続けることで戦ってたんだ。すごく怖かっただろうね。これは、瑞樹を信じてないとできない戦いだよ。二人は離れてたけど、一緒に戦ってたんだ。瑞樹は積極的に動き回って、他の生徒を引きつけるどうの戦いをしていた。同時に、麻友子は瑞樹が生き残ることを信じて、完璧に死んだふりを続けるっていうせいの戦いをしていたんだ。それが最後に、後からわかる構成なんだ」


 やばいって……


「でもこれは、かなり怖いことだよね。だって、瑞樹が生き残って最後に誰かと二人になったときに『実は麻友子は生きてる。麻友子を始末しに行って、このゲームを終わりにしよう』ともう一人に言ったら、麻友子は殺されるしかない。瑞樹の裏切りは察知できないし、手持ちの武器はゴムボールだけだからね。つまり、瑞樹も麻友子も、お互いを信じてないとこの結末は起きないんだ。だからそういう意味で、この物語はただのエログロデスゲームにとどまらず、太宰だざいおさむの『走れメロス』みたいな極限状態で友を信じられるかっていう人間ドラマになってる。あ、これが2つ目のすごいところね。そして3つ目は、この物語がとにかく同性の友情を否定する話で進んでて、それが前提として登場人物にも読者にも刷り込まれているのに、最後は、女子と女子の昔からの友情コンビが勝つっていう構図。それも、一度二人は極限状態で決定的に決裂けつれつしたはずなんだ。麻友子は瑞樹に抱え続けていた嫉妬しっとあらわにして、瑞樹はそれが妄想じゃなくて事実だから仕方がないっていう表情を見せてしまったからね。これはこれですごくリアルだと思ったんだ。でも、でもだよ? 二人ははぐらかしていた本心をむき出しにしても、やっぱり親友だったんだよ。そういうことがあっても、親友だから殺さない、見捨てない……瑞樹は、女の友情を選んだんだ。みんなが生存という未来を希求していた中で、瑞樹と麻友子だけは、デスバ島に来る前の過去や経緯を大事にすることを選べたんだね。まるで直木賞なおきしょう作品『対談たいだんの彼女』みたいな、タイプのちがう二人の女の友情ドラマなんだよ。そして……ああもう、ごめん、4つ目。この『親友だから見捨てない』、そう言い出したのは瑞樹だろうね。これはあまりにも器の大きな行為だよ。その大きさから恭兵の完全な盲点もうてんになってたし、同時に読者の盲点にもなってた。つまり瑞樹は、読者の目線を背負う主人公キャラでありながら、実際は、読者を超えていて、読者に勝っていたんだ。だから瑞樹は、読者全員が認めるヒーローの資格がある。この凄惨せいさんなデスゲームに勝利するだけの説得力が、これ以上ない形で提示されている。それも、きっとあり得ると思える、そうあってほしいと思いたい、仲違なかたがいした友人との仲直りっていう、読者にとっても感情移入しやすい身近な出来事を媒体にしてね。だから僕も、最後に予想を完全に超えられる形で、この物語を好きにさせられちゃったんだよ。クラスメイトを失って、殺しあいをさせられて、二人はもうボロボロ、たくさんのトラウマを抱えたと思うよ。でもそれでも、瑞樹と麻友子は一度ひび割れた友情を認めながら、それぞれの本心に近い後ろめたいところ、生き残るために犯してしまった罪、全部をそういうものだと抱え合いながら、今後も親友としてそれぞれの人生を生きていくんだろうなって」


 無限に……

 無限に聞いてられる……!


 ずっと、ずっと聞いていたい……!


「あ……ごめん、作者に感想を聞いてもらえるなんて初めてで、嬉しくて」


「やめるなよ」


「え?」


「もっと……もっと、めてくれよ!」


「え、いいの? ずっと喋っちゃうよ、僕?」


「いいんだよ。ずっと喋れよ。もっと、もっと褒めろ」


 俺は、涙をく。

 そういうことに、こいつは言及げんきゅうしない。


「あ、うん、じゃあ遠慮なく。瑞樹の武器がリボルバー拳銃っていうのもいいよね。弾が6発っていうのがすごくわかりやすくて、同時に1発消費するごとに追い詰められてる感がすごい。もしこれ、スナイパーライフルとかサブマシンガンとかにしたら、この話の緊張感が弱まると思うんだ。作り物感も出てくるというか。でもリボルバー拳銃なら、重さも1キログラム程度らしいし、女の子が隠しながら持ち運ぶのにも適してる。そう、それに、瑞樹が自分の武器を知られないように頑張るのもいいね。品行方正ひんこうほうせい、これまで嘘なんてついたこともない瑞樹が、信用できないと感じる相手に対しては、持ってる武器はチェーンワイヤーだと嘘のアピールをして、相手の出方を探る。実際は、空き家のバスタブから引き抜いたやつなのにね。その事に、他の生徒は気づいたり気づかなかったり……サスペンスの演出がすごくいい。ただ相手を殺す、相手から身を守る、そういうクライマックスの前にお互いの武器は何だと探り合う、だまう、そういう助走の楽しみがある。お互いが嘘をついていることがわかって、お互いに気づかないふりをする所なんか、最高だったよ。それに、瑞樹の武器がチェーンワイヤーで弱いと勘違いした男子は、守ってやるとか二人の方が強いとか言って、実際は瑞樹を手籠てごめにしようと考え出す。デスゲームものでも、主人公が相手を殺す展開は嫌悪感がつきまとうものなんだ。でも、瑞樹にいやらしいことをしようと強引にせまる男子や、瑞樹と手を組むふりをして罠を張る女子は、結果として瑞樹が殺すことになっても嫌悪感けんおかんが少ない。やらなければやられていたが明確だからね。これは、最終的な生存者が2名っていうアレンジがすごく生きてるところだよね。従来通り一人だけ生存だと、出会った瞬間に駆け引きもなく殺しあうのが普通で、そうでない行為は全部ミスというかぬるいというか、作り話めいてくるからね。でも2名だと、殺したくはないし、一緒に戦った方が生存率も上がるということで、まず仲間になることを考える。でも刹那的せつなてきで消極的な同盟だから、すぐに仲間の入れ替えを考える。相手チームに親友とか、恋人とか、憧れの人とか、当然に現れるからね。そこに疑心暗鬼や葛藤が発生するっていう流れが自然に思えるんだ。エッチなシーンが適量を超えて多すぎるし、どういう状況か不明瞭ふめいりょうな場面もあるし、セリフについては台無しなのも多いけど、でも、この物語が描いていることって、人の根源的こんげんてきなところを直視させ、同時に胸を打つ内容で……」


 そうなのか?

 そんなにすごかったのか、俺……!?


 掃除時間の終了を告げるチャイムが鳴った。


 碇は「初めて、掃除をサボったよ」と照れくさそうに言った。

 こいつは俺の話のすごさを、語らずにはいられなかったのだ。

 俺はこいつに、初めて掃除をサボらせた。

 俺の作品は、それだけのパワーがあった!


 帰りのホームルームで、俺は思い出し笑いをかみ殺すのに必死だった。

 志築が、怪訝けげんな目つきで俺を見て、すぐに顔を背けた。


 すまん、志築。

 お前に迷惑をかけたデスバ島だが、そういうのだけじゃなく、面白かったらしいんだ。


 だから俺は書く。書き続けようと思う。

 もう読んでくれないだろうけど……


 もし面白いのが書けたら、少しでいいから見直してほしい。


 ホームルームが終わると、俺は、降り出していた雨の中を急いで家に帰った。

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