第10話 ワールドイズマイン

 それから本が出るまで、俺は最高の日々を過ごした。


 俺は書籍化しょせきかの話が来る前から、デスバ島の連載を仲のいい友人たちに言っていた。

 俺、最近小説にハマってて。え? 読むわけないって。俺は書く方……

 例の、奇妙キャラアピールの一環だった。デスバ島を完成させたい情熱はあったが「受験期なのに小説を書いている、ひと味ちがう俺」も、アピールしたくてたまらなかったのだ。


 べつに、取り立てて幼稚ようちというほどでもなかったと思う。

 他の連中も「部活の引退が冬だから」「大切な人ができたから」「ゲームで最強ギルドの運営を任されてるから」など、なんだかんだ「受験勉強どころじゃないことになってしまっている」属性を身につけていた。もちろん、出来事は先ではなくて後だ。勉強に向き合いたくない男女がカップルになり「忙しくなる」なんて山ほどだった。俺の場合はそれが、小説の連載れんさいだったというだけだ。


 そんな風に、小説を書いていて忙しいアピールをしていた俺だが、それを聞いた友人たちに読んでほしいわけではなかった。「さすが阿久津あくつ」「お前は本当に変人だ」そんな風に言ってほしかっただけだ。だが、そう言ってもらうことは、俺にはとても重要なことだった。


 M県宮国みやぐに市なんていう田舎でも、若者の間でネットは浸透しんとうしていた。中3の頃はついに宮国の中学生にもスマホが浸透し始めた時期で、ネット文化全盛期だったと言える。それまでは家に1台のPCで動画を見ていた生徒たちが、スマホから自分だけのネット活動を始めるようになった。だから自然と『全国的に話題の』デスバ島の話題が学校で持ち上がる。

 作者は阿久津あくつじん実名じつめいで投稿していたから隠しようもない。

「あれってもしかして……」「あいつ、前から小説書いてるって……」

 そして夏休み直前に『デスバ島、星月社より書籍化決定。作者は中学生』の告知。

 俺は一躍いちやくときひととなった。


 話題がく形で、夏休みに突入した。

 そして夏休みが明けると、生徒たちだけでなく、教師たちですら俺を見る目が変わっていた。


 学年中どころじゃない。学校中で、だ。

 奇妙ぶっているキャラ、異常ぶっているだけだと思われていた俺は、一気に「本物だった」の評判を得た。

 俺たちがすごいと思っていた阿久津はやっぱりすごかった、俺たちはすごいやつと一緒に授業を受けていた、そんなヒーロー性までついてきた。


 ほとんどの生徒が、デスバ島の中身に触れられていなかったのも大きかっただろう。

 ネットで公開していたデスバ島は、白戸さんの話を受けると返事した時点で閉鎖された。

 本が出るのは来月だから、「ネットで話題騒然」「書籍化決定」という報道はされていても、中身に触れられたのは一部の情報通の生徒だけなのだ。そしてデスバ島の内容を知るやつらは、「グロすぎる」「マジでエロい」「本当にやばい」とほのめかして、特権的とっけんてきかたに収まっていた。俺も、内容について聞かれても、含み笑いで「本を買ってくれ」と言うだけにとどめておいた。白戸しらとさんから、そうするのが一番だと言われていたから。


 そしてエックスデーはやってくる。


 10月14日、中間テストが終わった週末に『デスバトルアイランド ~2名生存~』発売。


 この日俺は、作家に、小説家・阿久津仁になったのだ!


 本になったデスバ島は、何よりもかっこよかった。

 表紙は、デスゲームものの元祖という作品に似せて作られた。

 白地にゴツゴツした赤のアルファベットで、三段にわたって、


『DEATH

BATTLE

ISLAND』


 デスとバトルの間に『デスバトル・アイランド』のカタカナ。

 バトルとアイランドの間に『~2名生存~』の文字。

 アイランドの下に『阿久津仁』。

 本の下の方に巻き付けられている帯には

 2行で上の段には『自分以外に、一人だけ残すなら。』

 下の段には『鬼才の中学生作家が送る、最新にして革新の戦い』の文字。


 表紙のデザインと帯を考えてくれたのは、白戸さんだ。

 文句なしにかっこよかった。そしてこのデザインは大成功で、かつて元祖がんそを読んだ大人たちも、いつか元祖を読みたいと思っていた他の世代も、どちらも話題にし、「読んでみるか」とレジに向かわせた。


 宮国みやぐに市の数少ない書店では、どこもその日のうちに再入荷待ちになった。

 放課後に買いに行っても売り切れで、肩を落として帰ると親がすでに買っていた……そんな話をクラスでたくさん聞かされた。教室に本を持ってこられて、サインを求められた。


 受験期間まっただ中にも関わらず、一週間はデスバ島の話題で持ちきりだった。

 俺は完全なヒーローだった。

 閉塞感へいそくかんただよう中学生の日常に、風穴かざあなを開けた存在だった。


 1学年下の女子から「ずっと前から好きでした。付き合ってください」と言われた。マジか。ずっと前からは、さすがに嘘だろう。第一、俺はその子のことを見かけたこともなかったし。でもなんか、本気みたいだった。だからこそ驚いた。時の人を見て「ずっと前から好きだったかもしれない、たぶんそう」と本気で思い込めることに驚いた。でも俺は付き合うなら志築しづきと決めていたので、お断りした。

 2学年下の男子は、デスバ島に感銘かんめいを受けて、自分も小説を書き始めたらしい。そんなのは、下の学年にちょこちょこいるとのことだった。そういう生徒から「先生と呼ばせてください」と言われたこともある。勝手にしてくれと言っておいた。


 学校の先生たちは、俺を目の上のたんこぶのように見ていた。

 否応いやおうなしに、学校に浮ついた空気を呼び込むからだ。とくに、3年生を受け持つ先生たちは、せっかく作り上げてきた受験勉強ムードが崩されたと怒っているようだった。


 なんせ、発売から一週間、連日のように校門の前にメディアが押し寄せる。

 地元のメディアはもちろん、撮影機材一式を揃えて東京から来たのまでいる。


 そういうとき、俺は親父の車に迎えに来てもらって難を逃れた。だが、他の生徒を捕まえてインタビューしようとする報道陣については、強面こわもての先生たちが対応していた。

 しかし、メディアは全国規模だ。「地元ルール」や「三中さんちゅうルール」が通用しないことは先生たちもわかっているらしい。いつものように高圧的に接することができず、具合の悪さを感じ、苛立いらだちを抱えているようだった。


 親父は俺を車で送りながら「いいことばかりではないな」と言う。だが、その声は明らかにはずんでいた。俺だって、学校に迷惑をかけながらも、悪い気はしていなかった。


 1週間がたつ頃には、3年生は一応の静まりを見せてきた。

 11月末のテスト――2学期の定期テストで、高校に提出する内申点ないしんてんが決まるらしい。受験をあきらめていないクラスの半分ほどの生徒は、生気せいきとぼしい顔で勉強の日々に戻ろうとしていた。

 そんなある日の昼休み、悪友たちが俺にたずねた。


「阿久津センセイ。お前高校、どうすんだよ」

「わからん」

「わからんって……行くんだろ?」

「たぶん。入れてくれる所に入る」

「なーんだ。じゃ、俺たちと同じか」


 俺は自分の進路について、さっぱり考えていなかった。当然、受験勉強もしていない。

 それよりも今は「なるべく早く2作目を出すべき」ということで、白戸さんも、親も、俺も、考えが一致していた。

 目先の金のためにも、将来ってやつのためにも、今はそれが一番大事なのだ。


 みんなにとって、デスバ島は出たばかりの本だ。

 だが俺にとっては、4ヶ月も前に書き終えた作品だった。

 白戸さんが言うには、半年以内に次を出さないと、次回作の売れ行きは大きく落ち込む――そういうものらしい。「今、最高にホットな人の本」になるか、「前、少し話題になった人の本」になるか。その境目が、1作目から半年以内に2作目が出るかどうか、ということらしい。俺のようなデビューをした場合は特に。


 デスバ島は少し大きめのサイズ(四六判というらしい)で、1冊1400円。

 売れた数ではなくて刷られた数の4%、それが俺に入る金だ。本当は8%らしいが、未成年だから半分は親が受け取ることに決まった……らしい。


 初版は3万部が刷られた。俺には168万円の収入だ。

 くらくらする数字だった。クリスマスプレゼントなんてなく、お年玉でも千円札が1枚の俺は、1万円札を財布に入れたこともない。168万円って……全然、現実感がない。働いてる大人は、毎年それぐらいは稼ぐらしいけど。

 3万部はあっという間に品切れが見えて、さらに1万部の増刷が決まった。

 プラス56万円。おいおい、マジか。いいのか、そんなに。


 そんな風に、増刷分が尽きるたびにさらに増刷(重版じゅうはんと言うらしい)がかかる。

 つまりデスバ島は、阿久津家が得た金のなる木だった。

 親も俺も、とにかく金がほしい。日帝にってい高校に行って卒業したところで、宮国ではマイナスの履歴書りれきしょになるだけだ。どういう場所で、どういう生徒がどういう消極的な理由で行くところか、知れ渡っている。体格に優れているならまだしも、俺のような人間が行けば「何もかもダメ」を証明する名刺にしかならない。だから高校受験を頑張るよりも「作家」として独り立ちして、金のなる木の2本目3本目の植樹にはげむ……そういう考えで、阿久津家は一致していた。


 話題性があるうちに、デスバ島よりも面白い本を書いて、買ってもらうんだ。

 デスバ島みたいなのが2本3本とできれば、億万長者だ。

 そのためには、しゅん逃さない――


 親父とお袋も頑張れ、高校はなんとかなる、そう言ってくれている。

 そう、俺は、作家なのだ。

 俺は勉強なんかよりももっと大変な「仕事」をしているのだ――


「……あのさ」


「うわっ!?」


 驚いた。

 教室で次回作用のネタノートを書いていた時だった。

 席の隣に立っていた。学級委員の、志築しづき麻衣まいが。


「あんたさ……」


「な、なんだよ」


「……」


 志築は無言だ。心なしか、元気がないように見える。

 そして、どういうことだろう。教室には、他に誰もいない。


「……なんでもない。次、移動教室だよ。理科室」


 そう言うと、志築は勉強道具一式いっしきを持ってスタスタと教室を出ていった。


 なんだったんだ、今の……

 移動教室ってのを、教えてくれただけ?


 やっぱり、志築はいいやつだな……


 俺も、教材と筆箱と、ネタノートを持って理科室に向かった。

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