第10話 ワールドイズマイン
それから本が出るまで、俺は最高の日々を過ごした。
俺は
俺、最近小説にハマってて。え? 読むわけないって。俺は書く方……
例の、奇妙キャラアピールの一環だった。デスバ島を完成させたい情熱はあったが「受験期なのに小説を書いている、ひと味ちがう俺」も、アピールしたくてたまらなかったのだ。
べつに、取り立てて
他の連中も「部活の引退が冬だから」「大切な人ができたから」「ゲームで最強ギルドの運営を任されてるから」など、なんだかんだ「受験勉強どころじゃないことになってしまっている」属性を身につけていた。もちろん、出来事は先ではなくて後だ。勉強に向き合いたくない男女がカップルになり「忙しくなる」なんて山ほどだった。俺の場合はそれが、小説の
そんな風に、小説を書いていて忙しいアピールをしていた俺だが、それを聞いた友人たちに読んでほしいわけではなかった。「さすが
M県
作者は
「あれってもしかして……」「あいつ、前から小説書いてるって……」
そして夏休み直前に『デスバ島、星月社より書籍化決定。作者は中学生』の告知。
俺は
話題が
そして夏休みが明けると、生徒たちだけでなく、教師たちですら俺を見る目が変わっていた。
学年中どころじゃない。学校中で、だ。
奇妙ぶっているキャラ、異常ぶっているだけだと思われていた俺は、一気に「本物だった」の評判を得た。
俺たちがすごいと思っていた阿久津はやっぱりすごかった、俺たちはすごいやつと一緒に授業を受けていた、そんなヒーロー性までついてきた。
ほとんどの生徒が、デスバ島の中身に触れられていなかったのも大きかっただろう。
ネットで公開していたデスバ島は、白戸さんの話を受けると返事した時点で閉鎖された。
本が出るのは来月だから、「ネットで話題騒然」「書籍化決定」という報道はされていても、中身に触れられたのは一部の情報通の生徒だけなのだ。そしてデスバ島の内容を知るやつらは、「グロすぎる」「マジでエロい」「本当にやばい」とほのめかして、
そして
10月14日、中間テストが終わった週末に『デスバトルアイランド ~2名生存~』発売。
この日俺は、作家に、小説家・阿久津仁になったのだ!
本になったデスバ島は、何よりもかっこよかった。
表紙は、デスゲームものの元祖という作品に似せて作られた。
白地にゴツゴツした赤のアルファベットで、三段にわたって、
『DEATH
BATTLE
ISLAND』
デスとバトルの間に『デスバトル・アイランド』のカタカナ。
バトルとアイランドの間に『~2名生存~』の文字。
アイランドの下に『阿久津仁』。
本の下の方に巻き付けられている帯には
2行で上の段には『自分以外に、一人だけ残すなら。』
下の段には『鬼才の中学生作家が送る、最新にして革新の戦い』の文字。
表紙のデザインと帯を考えてくれたのは、白戸さんだ。
文句なしにかっこよかった。そしてこのデザインは大成功で、かつて
放課後に買いに行っても売り切れで、肩を落として帰ると親がすでに買っていた……そんな話をクラスでたくさん聞かされた。教室に本を持ってこられて、サインを求められた。
受験期間まっただ中にも関わらず、一週間はデスバ島の話題で持ちきりだった。
俺は完全なヒーローだった。
1学年下の女子から「ずっと前から好きでした。付き合ってください」と言われた。マジか。ずっと前からは、さすがに嘘だろう。第一、俺はその子のことを見かけたこともなかったし。でもなんか、本気みたいだった。だからこそ驚いた。時の人を見て「ずっと前から好きだったかもしれない、たぶんそう」と本気で思い込めることに驚いた。でも俺は付き合うなら
2学年下の男子は、デスバ島に
学校の先生たちは、俺を目の上のたんこぶのように見ていた。
なんせ、発売から一週間、連日のように校門の前にメディアが押し寄せる。
地元のメディアはもちろん、撮影機材一式を揃えて東京から来たのまでいる。
そういうとき、俺は親父の車に迎えに来てもらって難を逃れた。だが、他の生徒を捕まえてインタビューしようとする報道陣については、
しかし、メディアは全国規模だ。「地元ルール」や「
親父は俺を車で送りながら「いいことばかりではないな」と言う。だが、その声は明らかに
1週間がたつ頃には、3年生は一応の静まりを見せてきた。
11月末のテスト――2学期の定期テストで、高校に提出する
そんなある日の昼休み、悪友たちが俺に
「阿久津センセイ。お前高校、どうすんだよ」
「わからん」
「わからんって……行くんだろ?」
「たぶん。入れてくれる所に入る」
「なーんだ。じゃ、俺たちと同じか」
俺は自分の進路について、さっぱり考えていなかった。当然、受験勉強もしていない。
それよりも今は「なるべく早く2作目を出すべき」ということで、白戸さんも、親も、俺も、考えが一致していた。
目先の金のためにも、将来ってやつのためにも、今はそれが一番大事なのだ。
みんなにとって、デスバ島は出たばかりの本だ。
だが俺にとっては、4ヶ月も前に書き終えた作品だった。
白戸さんが言うには、半年以内に次を出さないと、次回作の売れ行きは大きく落ち込む――そういうものらしい。「今、最高にホットな人の本」になるか、「前、少し話題になった人の本」になるか。その境目が、1作目から半年以内に2作目が出るかどうか、ということらしい。俺のようなデビューをした場合は特に。
デスバ島は少し大きめのサイズ(四六判というらしい)で、1冊1400円。
売れた数ではなくて刷られた数の4%、それが俺に入る金だ。本当は8%らしいが、未成年だから半分は親が受け取ることに決まった……らしい。
初版は3万部が刷られた。俺には168万円の収入だ。
くらくらする数字だった。クリスマスプレゼントなんてなく、お年玉でも千円札が1枚の俺は、1万円札を財布に入れたこともない。168万円って……全然、現実感がない。働いてる大人は、毎年それぐらいは稼ぐらしいけど。
3万部はあっという間に品切れが見えて、さらに1万部の増刷が決まった。
プラス56万円。おいおい、マジか。いいのか、そんなに。
そんな風に、増刷分が尽きるたびにさらに増刷(
つまりデスバ島は、阿久津家が得た金のなる木だった。
親も俺も、とにかく金がほしい。
話題性があるうちに、デスバ島よりも面白い本を書いて、買ってもらうんだ。
デスバ島みたいなのが2本3本とできれば、億万長者だ。
そのためには、
親父とお袋も頑張れ、高校はなんとかなる、そう言ってくれている。
そう、俺は、作家なのだ。
俺は勉強なんかよりももっと大変な「仕事」をしているのだ――
「……あのさ」
「うわっ!?」
驚いた。
教室で次回作用のネタノートを書いていた時だった。
席の隣に立っていた。学級委員の、
「あんたさ……」
「な、なんだよ」
「……」
志築は無言だ。心なしか、元気がないように見える。
そして、どういうことだろう。教室には、他に誰もいない。
「……なんでもない。次、移動教室だよ。理科室」
そう言うと、志築は勉強道具
なんだったんだ、今の……
移動教室ってのを、教えてくれただけ?
やっぱり、志築はいいやつだな……
俺も、教材と筆箱と、ネタノートを持って理科室に向かった。
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