第7話 デスゲーム

 中3になってから、家では、居間いまで1時間勉強すれば、おふくろの不機嫌も少しはやわらぐという法則があった。


 だから俺は、せまいリビングで1時間はぶっ通しで勉強しているふりをして、ひたすら架空かくうの世界にいる自分を夢想むそうし、その設定やストーリーをっていた。そして1時間が経てば「はい、1時間。あー疲れた。頭痛てえ」とわざとらしく言い、家に1台のノートPCを抱えて自室に向かう。これで動画なんて見ようものなら大目玉だが、なぜか文章を打つことは許されていた。


 そう、中3になってからは、許される息抜きと、許されない息抜きがあったのだ。

 許されないのは、動画、ゲーム、睡眠。

 許されるのは、SNS、漫画、そしてなぜか文章を打つこと。


 父と母は40を超えて結婚し、そして生まれた一人っ子が俺だ。つまり、他の生徒たちの親に比べて俺の両親は高齢だった。人によっては、親ではなくて祖父母世代に見えたことだろう。小さな会社に務める父も、パートで働く母も、PCには苦戦を強いられていたらしい。だから、俺がPCでブラインドタッチをしていることは「仕事ができる可能性」として頼もしく映ったようだ。息子の勉強がモノにならないことは、もう見えている。だったらせめて、将来の労働に繋がることをしてほしい、そういう想いがあったのだろう。それが、PCで文字を打つことが許されていた理由だったらしい。


 PCで俺がしていたことは、学校や家で勉強するふりの中で練った妄想の、具現化だった。

 頭の中で組み立てた空想を、出力しゅつりょくする作業。

 自然とそれは、小説という形になった。

 もちろん、国語の教科書にっている小説のようにはならない。ほとんど会話文で、それも、書いた本人である俺じゃなければ、誰のセリフかわからないようなものが並んでいた。地の文は、俺がその場面を後から読んで思い出すためのメモだった。だから、最低限しか書かない。それよりも、キャラクターが会話してストーリーが進む方が、書いていて楽しい。


 1時間勉強するふりをして妄想し、その後、2時間ほど書く。

 最初はノリノリだが、自然と疲れて嫌になってくる。

 だからまた1時間勉強するふりをして、妄想を練る。そしてまた書く。


 つまり俺は、中3の春において受験勉強もテスト勉強も一切せず、ずっと小説を書いていたことになる。書いたものは見直しもせず、話題になりつつあった小説投稿サイトに投稿した。そしてそれが、まさかの大人気を博したのだ。


 俺が書いた小説のタイトルは……


 『デスバトルアイランド ~2名生存~』

 通称『デスバとう


 昔あった、中学生の1クラスが無人島に連れて行かれ、それぞれに異なる武器を与えられて、最後の一人になるまで殺し合うという作品のパロディだ。原作は小説だったらしく、映画化もされたそうだが、俺は友人宅で漫画版を読んだ。どぎついグロ描写とエロ描写が、大いに興味をそそった。そして、たぶんこれは中学生の特権なのだと思うが「もし、自分のクラスでこの状況になったら」という妄想に浸った。


 俺は生き残れるだろうか?

 ためらわずに殺せるやつは? どうしても殺せないやつは?

 どんな武器を手に入れて、どんな風に使う?

 志築は俺に銃や刃物をつきつけて、その後どうするだろうか?

 俺を殺すのを躊躇ちゅうちょする? じゃあ俺は、躊躇する志築をどうする?


 着想ちゃくそうはそんなところだ。

 だが妄想が何周もするころに、俺はさらなる刺激を求めて、あるアイデアに辿り着いた。


 この殺し合いのゲーム、生存者が一人だけというのがお決まりだけど……

 それよりも「最後に残った二人が生還できる」とした方が、面白くないか?


 そのルールなら、当然みんな、二人一組のチームを組んで戦おうとするだろう。

 みんなばらばらに一人でスタートし、最初に出会った一人目を、殺すのをためらう意味からも、仲間にしようとするんじゃないか。でも、大して仲良くないやつと組んだら? 相手側に、自分の好きな女や男がいたら? そこに、疑心暗鬼ぎしんあんきや裏切りが発生するんじゃないだろうか。大して仲良くない味方を殺してでも、相手側の組みたいやつを手に入れようとするんじゃないだろうか。そしてその発想は、相手から自分にも向けられるんじゃないだろうか。


 その程度の思いつきで、俺はネットの投稿サイトに連載を始めた。


 主人公は、中学3年生の女子。

 元気でしっかり者で好奇心旺盛おうせいで思いやりがある、学級委員長の美少女だ。

 アイドル並に可愛くて性格もいい、非の打ち所のない女子。だから、密かに想いを寄せる……というか欲望の対象としている男子は大勢いて、内心ないしんねたんでいる女子も大勢いる。それが、無法地帯で様々な危険や裏切りにあい、傷つきながらも生き延びる――そういう話。


 法律というものが取っ払われ、全員に武器と殺人の大義名分が与えられたら、それはひどいことになる……というのは元祖がんそがさんざんやったことだ。だが中学生の孤島バトルロイヤルは、一人ではなく二人生存のルールにするだけで、もっと毒々しい世界になると思ったのだ。そしてそこに、志築のような誰もが独占か排除を考える主人公がいれば……本人の意志に関係なく、勝手な欲望や憎悪ぞうおの対象となり、争いの種となる運命にさらされる。


 勝って生き残るために、好きでもない男に体を捧げるか?

 それとも純潔じゅんけつを守るために、大事な協力者を抹殺まっさつするか?

 どちらをとるべきなのか? どちらなら自分はとれるのか?


 俺が男子中学生だからそう思うだけなのかもしれないが、最後の二人が男男ペアや女女ペアになることはないと思った。志築のようなヒロインが生きている場合は。

 男子は、最後の最後に仲間の男を裏切ってでも、志築を「もう一人」にして残そうと考えるだろう。志築と組んでいる女子は、男男ペアや男女ペアと遭遇したときに、駆け引きの対象になるのが志築であり、自分でないことはわかってしまう。つまり、自分が殺されることは確定する。志築に死体となってもらう以外、自分の生存の可能性は限りなくゼロなのだ。


「相手は男子二人だよ? 今、あんたを殺しとかないと、私は絶対に殺されるじゃん」


 このセリフを思いついたとき、なんだか楽しい話になりそうだと思った。

 たぶん志築も、逆恨さかうらみだと思いつつ、それが事実であることを理解してしまう。

 自分が美少女であり、男子たちから他の女子よりも自然と手心を加えられる――そういうごうを背負った『強者きょうしゃ』であることと向き合わないといけない場面が訪れる。しかし、無人島でのデスゲームという状況だから強調されるだけで、現実においてもそんな特別扱いはありふれていて、志築だってその友人たちだって、見て見ぬふりをしているだけなのだ。もちろん、男子たちも。


 漠然と思いつく場面の細部がどうなるかなんて、わかっていない。

 だから考えて、書きながらも考えてみて、どうなるか、どうするか、その場その場での閃きに、物語の続きを教えてもらいたい――


 そんな調子だったから、書けば書くほど夢中になっていた。

 ゲームにのめり込み、一日中その事しか考えられなくなるあの感覚、そのものだった。


 毎日書いて、更新した。

 宣伝とか、アクセス数とか、気にしなかった。

 元より、世間的な評判で上手くいくなんて思っていなかった。


 自分の空想がネット上とはいえ形に残る、コレクションとして埋まっていく面白さに夢中になった。何万ピースもあるジクソーパズルや、途方とほうも無いパーツ数のプラモデルを、ひそかに毎日作りづけて、征服の道のりを日々眺めては楽しむ感覚だった。


 今思えば、労力と喜びが全然釣り合っていない遊びにも思える。

 だが、ゲームも携帯も取り上げられ、ひたすら勉強、それ以外に良しとされるのは、PCで文書を書くこと……そんな環境が俺を後押しした。俺――阿久津あくつじんという人間を、この偏屈へんくつな遊びに熱中させた。


 そして6月のある日、一気にアクセス数が跳ね上がった。

 検索してみると、SNSで俺の『デスバ島』が話題になっていた。


『今、一番楽しみにしてる小説』

『注目作。いろいろ粗いけど、やりたい放題書かれてて楽しい』

『毎日の更新を楽しみに生きてる』……


 中には「下手くそ」「意味がわからない」「中学生の妄想」などとこき下ろす声もあったが、それ以上に「めっちゃ面白い」「普通に楽しい」「続きが気になる」という声が多かった。


 一話あたりのアクセス数は、一気に数千を超えて数万。

 マジで……? 俺の小説を、数万人が読んでるの?

 俺は、三中の体育館にぎっしり生徒が詰まった全校集会を思い浮かべた。

 えーと、あれが全員読んで……500人とかだよな?

 1万っていうのは……その20倍!? じゃあ数万って……!?


 現実で、そんな大人数に俺の小説が回し読みされていると考えると、吐きそうになる。

 しかしこれは、ネットを介しただけの現実……らしい。

 俺は夢でも見ている気分だった。

 俺の書いた話が、見ず知らずの人たちに読まれている。

 それも、中学生とは限らず、高校生や大人たちにまで読まれている。

 更新を待ち望む声は日に日に増え、『デスバトルアイランド ~2名生存~』はネット上で知る人ぞ知る作品になった。先の展開や、物語の結末に対する予想がファンの間で交わされるようになり、大型掲示板では専用のスレッドが立てられては、すぐに書き込みで埋まった。


 主人公、吉田よしだ瑞樹みずき。中学3年生。

 クラスで人望じんぼうを集める、才色さいしょく兼備けんびの学級委員長だった美少女。

 引き当てた武器はリボルバー拳銃。弾は6発。最強ではないが、大当たりの武器だ。

 だが瑞樹は、それを使うことをためらう。また、自身がそのような強力な武器を持っていることを隠そうとする。しかし、ばれそうになったり、奪われそうになったり、脅迫きょうはくされたり、おかされそうになったり、殺されそうになったり……とにかく、毎話瑞樹は何かしらのピンチに陥る。そしてそれを、機転きてんをきかせて乗り越える。その方法には、やむを得ず相手を殺すことも含まれる。徐々に瑞樹は「殺らなければ、殺られていた」という現実と向き合いはじめる。

 結局、最後まで生き残ったのは瑞樹と、無敵の快楽殺人者シリアルキラーである美男子・恭兵きょうへいの二人だった。

二人は手を組んでいたわけではない。それぞれ、紆余曲折うよきょくせつて単独行動となり、互いの敵を倒し続けた結果、最後の二人となったのだ。

 勝者決定。プログラム終了となり、瑞樹を殺せないことを惜しむ恭兵に、瑞樹は最後の弾丸――存在しないはずの7発目を撃ち込む。脳天に穴を開け、物言わぬ死体となる恭兵。

 7発目はどこから出てきたのか?

 瑞樹は、序盤に裏切って襲いかかってきた親友・麻友子まゆこを始末していなかったのだ。

 長年連れ添ってきた麻友子の本心の吐露とろにショックを受けながらも、瑞樹は麻友子を必死に説得し、「死んだふり」を指示して銃弾を一発温存していた。恭兵は屋内で血だまりに倒れる麻友子に遭遇そうぐうしていたが、その指が描いたダイイングメッセージ「みずき じゅう」を見て、麻友子が瑞樹によって射殺されたと勘ちがいしていた。それも、瑞樹と麻友子の作戦だった。

 また、プログラム主催者が毎日流す「死亡報告」は、爆弾ブレスレットに伝わる脈拍みゃくはくの有無だとわかる手がかりがあった。そこで瑞樹は、死亡報告直前に麻友子に与えられた最弱の武器ゴムボールを脇に挟むことで、いつわりの死亡報告を流せるかもしれないと麻友子を説得していたのだ。その試みは主催者のさじ加減一つの賭けだったが、結果として成功した。瑞樹と麻友子以外の全員が麻友子は死んでいると思っていて、その前提で最後の二人になろうとしていた。

 生存者は、瑞樹と麻友子。

 序盤、麻友子が今までの嫉妬心や劣等感をむき出しにして瑞樹に襲いかかるシーンが好評を得ていたため、麻友子が生きていた、瑞樹が麻友子の愛憎あいぞうすら許容して、二人で生きることを選んでいたという結末は、想像を遙かに超えた評判となった。

 天才だ、すごい作品だ、ネタバレ禁止、とりあえず最後まで読んでほしい……SNSで検索すれば、そういう声があふれていた。


 最終話を投稿した翌日だ。

 楽しかった、やってよかった、次はどんな話を書こう――そう思ってPCを立ち上げると、メールボックスによくわからないメールが届いていた。


 それは、出版社の編集者からのメールだった。

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