第6話 必死な奇妙キャラ
それから2回、クラス替えがあった。
2年生で俺は、
志築と離れたのは大いにへこんだが、碇から離れられたのは正直ホッとした。
そして3年生では、再び志築と碇と同じクラスになった。
そしてこの中学3年生は、俺にとって
なんと俺はこの秋、作家デビューするのだ。
「天才中学生作家」と、日本中が注目する形で。
本が出るまで、中学2年でも3年でも、俺は「奇妙キャラ」「異常キャラ」「裏表キャラ」を装ってふわふわしていた、ただの男子中学生だった。
中1で俺の名声を上げた読書感想文も、
だから、何か発表や提出物について自由度があるときに、あえて「俺っぽい内容」を考え、選んで、評判の維持に努めた。授業で俺の発表となると、なんだかんだ、男子や女子も期待の視線を向けてくれた。内容や俺自身への好き嫌いがあるとはいえ、とりあえず眠いだけの発表内容ではないことが、俺のブランドとして確立されていたからだ。俺は俺の「普通じゃない」という心の拠り所を守るために、必死でやっていた。ある意味俺は、サービス精神
『連続殺人鬼の共通点』『観測したときに事実が決まる』『完全洗脳』『禁断の読心術』……
どれも、ネットから仕入れた知識だった。
ネットを漂っていれば自然とさわりは入ってくる内容にも思えたが、そういうものに興味がない連中は、とことん
中2の間は、気持ちよく演説していればよかった。
だが中3になってからは、少し具合が悪くなった。
発表中、見てはならないものが、二つ現れたからだ。
まず、志築の席。「またやってる……」と、
そして一番見てはいけないのは、碇の席だ。
にへらと、他の生徒と同じように笑っている。他の生徒に無理にあわせているわけではない。俺の内容がスカスカだと
そんなこんなで、俺は学校において
普通じゃないキャラ、何か一発やってくれそうなキャラ、そういう評価。
だが中3になってから、明らかにウケが悪くなっていた。志築のように
理由は明らかだった。
「でも阿久津って、勉強、全然ダメだよね」
そう言われれば、ぐうの
俺はテストの成績が、下から4ぶんの1に収まり、抜け出せないようになっていた。
そこは、魂が知恵に向いていない者たちが集まる、成績の谷だった。週7日のハードな運動部に通いながら塾にも通っているような器用なやつら……いや、「しっかりしたやつら」は、俺たちよりも上にいる。不良一派だって、家で親がしっかりしてるようなやつは俺よりも上にいたりする。ここは、もっとどん詰まりの場所だった。俺は「まだ本気を出していないだけ」という態度を取り続けていたが、俺が変わらずとも周りの見る目が変わっていった。
普通に話しているだけで「こいつ、明らかに頭がいい」と感じる相手が増えてきた。
話し方、言葉の使い方……いろいろな物事の考え方。全部が俺とはちがうという感じの大人びた連中。そういうやつらが目立つにつれて、俺の奇妙キャラは、
奇妙キャラに畏敬はあっても、奇矯キャラにはない。
もっとも、家ではずっと散々だった。
家では、俺が学校でどんな風に一目置かれているかなんて、何も
勉強しろ、小遣いを減らす、携帯を止める……様々な手が使われたが、俺はそれでも、勉強しなかった。勉強をしようとすると、頭が痛くなり、眠くなるのだ。中1の頃はまだワークを解くぐらいはしていたが、中2からはワークを開くのも無理になった。勉強をしてしまうと、俺がどれほど遅れているか、他の生徒と比べて何も知らないか、知恵者キャラではないかが、わかってしまう。それが嫌なのだ。『完全犯罪マニュアル』で奇跡的に手に入れ、以後も必死に
そうだよ。俺なんてどうせ、ろくでもないよ。
俺は知恵者なんかじゃない。勉強が嫌いで、地道な努力というやつができなくて、でも調子のいい誤解に乗ることは平気で、なるべく嘘はつかないけど、相手が勝手に誤解してくれるのならラッキーぐらいに思ってて、そして誤解させるための仕込みだけは熱心で……
でもそれもバレ始めてて……いや、親と先生には、とっくにバレてて。そもそも親も先生も、俺のことを最初から、一秒たりとも、知恵者とは見てなくて。たぶん、志築も。どういうことだ? 大人には通用しないのか? いや、中学生にだけ通用するのか? それでみんな、歳をとって大人へと向かって行ってて……だから、通用しない相手が増えているのか?
再びの
受験勉強とかいうやつとも、そろそろ向き合わないといけないらしい。
受験勉強どころか、普段の授業もまったくわからない俺が。
無理だ。どれだけ頑張ったところで、真ん中よりも下への不時着が見えている。
だから、半年後も、一年後も、その先も……考えるのが嫌になった。
どう考えても、その未来において、状況は今よりも悪化しているとしか思えない。
机に向かう姿の自分なんて想像もできず、となると、地域一帯の不良たちが集まる高校――
やばい……高校を生き抜ける気がしない。
ましてその先、地域でも
俺の人生ってもう、そんな道しか残ってないのか……?
気づいたときには、人生が始まる前に終わっていたと知った。
漫画や映画で描かれるような、恋に友情の青春ドラマはすでに閉ざされていて、スーツ姿の会社員になって、仕事や家族で悩んだり張り切ったりという可能性も断たれているらしい。
なんだこれ。ひどくないか。
たかだが勉強してこなかった程度で、この仕打ち?
肉体系じゃない頭脳系は……真ん中より上じゃないと、かっこつかないよなぁ。
でも、俺にとって真ん中より上の高校というのは、夢のまた夢だ。
……志築は、
北高は、
通知表がオール5に近いやつしか受けさせてもらえないという高校だ。
志築は、北高に行って……それで北高の、完璧超人な男子と仲良くなるんだろう。そんなのがクラスに何人もいて、中学の頃は「男子ってどうしてこんなに子供っぽいの」と思っていた志築の世界観が塗り替えられる。あの志築が、この人に愛されたいと男子相手に
嫌な想像、だけどどこか確信的な予想は、毎日俺を
高校生活への不安に耐えかねて、
だけど俺は、そうはならなかった。『完全犯罪マニュアル』以降、知恵者ぶっていた過去と対峙し、清算することが、どうしてもできない。
そして俺が逃げたのは、妄想の世界だった。
俺は勉強しているふりをして、妄想を文章に起こし始めたのだ。
現実的な意味では、何の逃げにもなっていない。
何の逃げにもなっていないはずのそれは――
確かに、九死に一生の活路を開くのだった。
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