第6話 必死な奇妙キャラ

 それから2回、クラス替えがあった。


 2年生で俺は、志築しづきいかりと、別のクラスになった。

 志築と離れたのは大いにへこんだが、碇から離れられたのは正直ホッとした。


 そして3年生では、再び志築と碇と同じクラスになった。

 そしてこの中学3年生は、俺にとって激動げきどうの年となる。

 なんと俺はこの秋、作家デビューするのだ。

「天才中学生作家」と、日本中が注目する形で。



 経緯けいいを語ろう。

 本が出るまで、中学2年でも3年でも、俺は「奇妙キャラ」「異常キャラ」「裏表キャラ」を装ってふわふわしていた、ただの男子中学生だった。

 中1で俺の名声を上げた読書感想文も、賞味期限しょうみきげんはすぐに来た。中学生にとって、1ヶ月はうんざりするほど長い時間だ。同時に、数ヶ月前は遠い昔だ。風化ふうかは早いのだ。


 だから、何か発表や提出物について自由度があるときに、あえて「俺っぽい内容」を考え、選んで、評判の維持に努めた。授業で俺の発表となると、なんだかんだ、男子や女子も期待の視線を向けてくれた。内容や俺自身への好き嫌いがあるとはいえ、とりあえず眠いだけの発表内容ではないことが、俺のブランドとして確立されていたからだ。俺は俺の「普通じゃない」という心の拠り所を守るために、必死でやっていた。ある意味俺は、サービス精神旺盛おうせいな芸人だった。


『連続殺人鬼の共通点』『観測したときに事実が決まる』『完全洗脳』『禁断の読心術』……


 どれも、ネットから仕入れた知識だった。

 ネットを漂っていれば自然とさわりは入ってくる内容にも思えたが、そういうものに興味がない連中は、とことんえんがないものらしい。俺が語る真偽しんぎ不明ふめいの内容に、中学生たちは感激か懐疑かいぎか、とりあえず無反応以外のリアクションを寄こした。


 中2の間は、気持ちよく演説していればよかった。

 だが中3になってからは、少し具合が悪くなった。

 発表中、見てはならないものが、二つ現れたからだ。


 まず、志築の席。「またやってる……」と、あきれながら退屈そうに俺を見ている。意味深いみしんなことを語りながら、その内容はろくに理解できておらず、ところどころ誤魔化ごまかしながら喋っている俺を、見破っている視線だ。志築は、「必死だね」なんて嫌味なことは言わない。だから不満げな表情で「それ、いつまで続けるの?」と俺に小さな抗議こうぎをする。


 そして一番見てはいけないのは、碇の席だ。

 にへらと、他の生徒と同じように笑っている。他の生徒に無理にあわせているわけではない。俺の内容がスカスカだと軽蔑けいべつしているわけでもない。きっと「頑張ってるね」「すごいね」と、一段上から俺を応援しているのだ。初心者を見守る上級者の視線で、好意的に。あいつは頭がいいくせに、わかっていない。そういう優しさは、中学生男子が最も嫌う態度だ。


 そんなこんなで、俺は学校において微妙びみょうな立ち位置を保持していた。

 普通じゃないキャラ、何か一発やってくれそうなキャラ、そういう評価。

 だが中3になってから、明らかにウケが悪くなっていた。志築のようにしらけた視線を向けてくる人間が、少しずつ、しかし確実に増えていた。

 理由は明らかだった。


「でも阿久津って、勉強、全然ダメだよね」


 そう言われれば、ぐうのも出ない。

 俺はテストの成績が、下から4ぶんの1に収まり、抜け出せないようになっていた。

 そこは、魂が知恵に向いていない者たちが集まる、成績の谷だった。週7日のハードな運動部に通いながら塾にも通っているような器用なやつら……いや、「しっかりしたやつら」は、俺たちよりも上にいる。不良一派だって、家で親がしっかりしてるようなやつは俺よりも上にいたりする。ここは、もっとどん詰まりの場所だった。俺は「まだ本気を出していないだけ」という態度を取り続けていたが、俺が変わらずとも周りの見る目が変わっていった。


 普通に話しているだけで「こいつ、明らかに頭がいい」と感じる相手が増えてきた。

 話し方、言葉の使い方……いろいろな物事の考え方。全部が俺とはちがうという感じの大人びた連中。そういうやつらが目立つにつれて、俺の奇妙キャラは、奇矯ききょうキャラと目されるようになっていった。

 奇妙キャラに畏敬はあっても、奇矯キャラにはない。畏怖いふ尊敬そんけいもなくなり、「なんか変なことをするやつ」に評価はかたむいていったのだ。まるで、中学1年の夏休み前と同じ――転がり落ちていく感覚が、再び全身を襲い始めた。


 もっとも、家ではずっと散々だった。

 家では、俺が学校でどんな風に一目置かれているかなんて、何も考慮こうりょされない。親から見たままの俺が、家の中の評価だった。運動ができるわけでもなく、勉強は一切せず、愛嬌あいきょうもなく、飯の時以外は自室でゲームとネットに向かっている、困りものの息子というだけだ。


 勉強しろ、小遣いを減らす、携帯を止める……様々な手が使われたが、俺はそれでも、勉強しなかった。勉強をしようとすると、頭が痛くなり、眠くなるのだ。中1の頃はまだワークを解くぐらいはしていたが、中2からはワークを開くのも無理になった。勉強をしてしまうと、俺がどれほど遅れているか、他の生徒と比べて何も知らないか、知恵者キャラではないかが、わかってしまう。それが嫌なのだ。『完全犯罪マニュアル』で奇跡的に手に入れ、以後も必死にたもち続けている拠り所がハリボテで、倒壊とうかい寸前すんぜんだと思い知らされる。そんなことに向き合うぐらいなら、家で親父とお袋から延々と小言こごとを言われ続けた方がマシだった。


 そうだよ。俺なんてどうせ、ろくでもないよ。


 俺は知恵者なんかじゃない。勉強が嫌いで、地道な努力というやつができなくて、でも調子のいい誤解に乗ることは平気で、なるべく嘘はつかないけど、相手が勝手に誤解してくれるのならラッキーぐらいに思ってて、そして誤解させるための仕込みだけは熱心で……


 でもそれもバレ始めてて……いや、親と先生には、とっくにバレてて。そもそも親も先生も、俺のことを最初から、一秒たりとも、知恵者とは見てなくて。たぶん、志築も。どういうことだ? 大人には通用しないのか? いや、中学生にだけ通用するのか? それでみんな、歳をとって大人へと向かって行ってて……だから、通用しない相手が増えているのか?


 再びの落日らくじつが、俺の日常に濃い影を落とし始めていた。


 受験勉強とかいうやつとも、そろそろ向き合わないといけないらしい。

 受験勉強どころか、普段の授業もまったくわからない俺が。

 無理だ。どれだけ頑張ったところで、真ん中よりも下への不時着が見えている。


 だから、半年後も、一年後も、その先も……考えるのが嫌になった。

 どう考えても、その未来において、状況は今よりも悪化しているとしか思えない。

 机に向かう姿の自分なんて想像もできず、となると、地域一帯の不良たちが集まる高校――日帝にってい高校に俺のような軟弱者が混ざることになる。肉食動物の群れに投げ込まれた草食動物だ。たぶんそれは、にえとか供物くもつとか呼ばれる。含み笑いをして「実は俺本当はヤバイんだよ、怒らせない方がいいよ」なんて言えば、大爆笑と共に鼻っ柱に拳が飛んできているだろう。


 やばい……高校を生き抜ける気がしない。

 ましてその先、地域でも札付ふだつきとされる底辺高校を卒業した、自称知恵者キャラなんて……


 俺の人生ってもう、そんな道しか残ってないのか……?


 気づいたときには、人生が始まる前に終わっていたと知った。

 漫画や映画で描かれるような、恋に友情の青春ドラマはすでに閉ざされていて、スーツ姿の会社員になって、仕事や家族で悩んだり張り切ったりという可能性も断たれているらしい。


 なんだこれ。ひどくないか。

 たかだが勉強してこなかった程度で、この仕打ち?


 肉体系じゃない頭脳系は……真ん中より上じゃないと、かっこつかないよなぁ。

 でも、俺にとって真ん中より上の高校というのは、夢のまた夢だ。


 ……志築は、北高きたこうに行くんだろうな。

 北高は、宮国みやぐに市トップの県立高校だ。M県全体で見ても、2番か3番らしい。

 通知表がオール5に近いやつしか受けさせてもらえないという高校だ。

 志築は、北高に行って……それで北高の、完璧超人な男子と仲良くなるんだろう。そんなのがクラスに何人もいて、中学の頃は「男子ってどうしてこんなに子供っぽいの」と思っていた志築の世界観が塗り替えられる。あの志築が、この人に愛されたいと男子相手にあこがれをいだいたりする。まさか、志築がふられることはないだろうが……とにかく、俺が観測できない、俺が想像するだけの世界に、志築は行ってしまう。そして俺のことなんて、存在自体忘れてしまう。志築が放課後、北高の彼氏と楽しく商店街をぶらついてる時に、俺は日帝高校の校舎裏で地面に転がされているのだ。そして、財布から金を抜き取られている。ああ、なんていう差だ……でもすっごくリアル……


 嫌な想像、だけどどこか確信的な予想は、毎日俺をむしばみ続けた。


 高校生活への不安に耐えかねて、一念発起いちねんほっきして受験勉強に取り組む友人たちも出てきた。

 だけど俺は、そうはならなかった。『完全犯罪マニュアル』以降、知恵者ぶっていた過去と対峙し、清算することが、どうしてもできない。


 そして俺が逃げたのは、妄想の世界だった。

 俺は勉強しているふりをして、妄想を文章に起こし始めたのだ。


 現実的な意味では、何の逃げにもなっていない。

 何の逃げにもなっていないはずのそれは――


 確かに、九死に一生の活路を開くのだった。

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