第13話「何て謝ろう」

 高校生になった私、桂木魔昼はついにスマホを与えられた。


 強がりでも何でもなく、こんなものがなくても別に特別困った事はなかったが、あるとあるとでやはりこれは便利である。例えば明日の天気や家からこの学校までの道のりもこれを使えばすぐに分かった。


 そんなわけで、これまで空いた時間はもっぱら鍛錬か読書かだった私にも新たにスマホを弄るという選択肢ができ、今まさにそれを実行していたのだが、そこであることに気が付いてしまう。


「……少ない」


 私の視線の先にはこの間スマホに入れたばかりのチャットアプリの友達一覧という画面が開かれており、そこにはこのアプリを入れさせた張本人の明日香ちゃんの名前と、この学園で始めてできた友人、臼井桃子さんの2人の名前のみが載っていた。


 前に明日香ちゃんの画面をチラッと見たときは画面一杯に友達の名前が出ていた。別に多い方が偉いわけではないんだが、いくらなんでも2人は少し寂しい気がする。


 かといってクラスメイトに片っ端から申請を申し込むのも何だか違う気がする。やっぱりちゃんとお話したいと思う相手と交換すべきだろう。だがこの2人を除いて、そんな相手は果たしてクラスにいただろうか?


「……煉」


 そう思って真っ先に思い浮かんだ顔の主の名前を無意識に口ずさんでいた。


「いや! いや! 別にこれは例え夜とか普段顔を合わせられない時間でもあいつと話ししたいとか、そういう気持ちの表れではなく! 形だけだけどあいつとは許嫁という関係があるから一応、そう一応有事の際に連絡が取れた方が便利だからっていうただそれだけだから!」


 急激に熱を持ち始める自分の顔を冷ますため、私は顔を左右に激しく2、3度揺さぶった所であることに気が付く。


「そういえば私、入学してからあんまり煉と話してなかったな」



……

 翌日、4月6日。


「おはようございまーす」


 私が朝の挨拶を済ませながら教室に入ると既に教室に来ていた煉とたまたま視線が合う。そのことに思わずドキッとしながらも私は何とか平然とした態度を装い、そのまま彼に話しかける。


「確か初日の授業以来じゃない? 煉が私より早く教室に来てるの。少しは真面目に授業を受ける気になったの?」


「たまたまだよ」


「まあそうよね。無駄な期待だったみたい……」


 さてきっかけも出来たところで後は煉の奴に『そういえば私もスマホ貰ったから連絡先交換しない?』と聞くだけ、なのだがここに来て今さら言葉に詰まる。なぜだろう、その言葉に別に特段おかしなことなど何もないはずなのに煉にそう聞くことに強い恥じらいを感じてしまう。


 不味い、そうこうするうちに時間は過ぎて私と煉の間で奇妙な沈黙が続いてしまう。というかあんたもこの状況を不審に思って『まだなんか用あんのか?』とかそっちから気を利かせて聞いてきなさいよ!


「おー朝から仲良しじゃないですか」


 そんな状況を打開してくれたのは後ろから突然やってきた迅雷くんだった。彼はこの学園で始めて煉と仲良くなった人で私も何度か話をしたことはある。


「もー迅雷君たら私たちはただの昔馴染みだって、こないだ言ったでしょー」


 私は彼を使って一度この場をリセットしようとするが。


「なーに言ってんの2人はいいな……」


「いい感じの雰囲気なんてどう見てもでてないぞ迅雷君!! ところで少し男同士で話したいことがあるから廊下に行かないか!?」


 迅雷君の発言の途中で煉は突然席から立ち上りそのまま彼の肩をガシッと掴んで廊下まで連れ出して行ってしまう。


「……行っちゃった」


 一連の急展開についていけず、ただ1人その場に残された私は仕方なく席に着こうとするが。


「あ、ちょっといいですか?」


 横から声をかけられたのでそちらの方を向くと、そこにいたのはこれまた煉とこの学園で仲良くなった少年、成嶋陣くんがいた。


「うん、いいわよ。どうかしたの?」


「えっと……昨日聞いたんですが魔昼さんと煉くんが許嫁というのは本当なんですか?」


 ガラガラー、ちょうどその時私の目線の先にあった教室のドアが開かれ、ついこの間私とした約束を反故にして秘密を漏らした裏切り者が現れた。


「えーっとちょっとその話をする前に時間をくれるかな陣くん。あーちょうどよかった煉くん、私たった今あなたに話したいことができたのー」


「お前、陣のくん付けうつってるぞ」


 引きつった笑みを浮かべながら訳の分からない指摘をする約束破りを連れて私は人気のない階段裏まで移動した。



……

「結局、交換しそびれたちゃったなー」


 午前授業が終わり、自室のベットに寝転びながら私は昨日の夜から変わらず、たった2人しか表示されない友達一覧を眺めながら呟いた。


「けどあれは約束破ったあいつの方が悪いし!」


 そう、あれだけ釘を刺したのにも関わらず煉は1週間も経たないうちに私達の許嫁という関係を勝手に漏らしたのだ。結果私はその制裁として煉の奴に何発か雷魔法をぶちこんでやり、当然その流れで連絡先を交換できるはずもないため、今もって私のチャット相手は明日香ちゃんと桃子さんの2人だけのままだ。 


 ただ今思うと少しやり過ぎた気もするし、そのことに対する詫びを伝えるついでに今度こそ連絡先を交換しようかとも一瞬考えたが……


「なんで私、悪いことしてないのに謝らなきゃいけないの?」


 という思考にすぐ辿り着いてしまう。


「そうよ、元を正せばアイツがみんなに話したのが悪いんじゃない!」



……

「え? 煉は話してない?」


 明日香ちゃんに呼び出された先で私は数分前に自分が出した結論を完全否定されていた。


「そう、陣くん達に許嫁の件を漏らしたのは煉じゃなくてここにいる加賀斗なのよ!」


 えー!! それじゃあ私何にも悪いことしてないのに煉のことボコボコにしちゃったの? というか無実ならアイツも少しは弁明しなさいよ! ……まあしても多分私は信じなかったけど。


 とりあえず今は煉のことはひとまず置いておいて。


「……今明日香ちゃんが言った通りあんたが陣くんに私と煉の関係を言いふらしたってことでいいのかしら加賀斗?」


「そうです」


 加賀斗と1メートルにも満たない程度の距離にいる私でもギリギリ聞き取れるくらいのか細い声加賀斗の声が私の神経を逆撫でする。


「いつもは無駄に大きな声出すのに今日は随分静かなのね~? 体調でも悪いの?」


「えっと少し気分が悪いからもう部屋に戻りたいかな~、なーなんて」


「気分が悪いのはこっちのセリフよー!!!」



……

 数分後、私の足元には虫の息となった加賀斗の姿があった。


 はっきり言って今の制裁には自分がしたミスに対する八つ当たりという、非常に子供じみた感情が出てしまい少し反省はしているが今、私の中ではそなんことよりも遥かに大きな問題が出来てしまっていた。


「煉の奴に何て謝ろう」


 全ては自分に非があると分かっていてもそのことを考えると思わず憂鬱になった。


続く

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