第14話「謝らなきゃ」
「よしっ!」
4月8日の日曜日。女子寮の自室で私、桂木暮魔昼はついにある決心をつけていた。
「あ、もしもし明日香ちゃん」
『はーい、もしもし。どうかしたの魔昼ちゃん?』
意を決した私はまず第一段階としてチャットアプリの通話機能を使って明日香ちゃんと連絡を取る。
「昨日のこと、本当は加賀斗があの話を広めたのに、煉のこと間違えて殴っちゃったことやっぱり謝らなきゃと思ったんだけど、今あいつがどこにいるか明日香ちゃんわかる?」
本来ならその事実を知った昨日の時点で直接謝りに行かなくてはならなかったのだが、それを実行した時に恐らく煉が取るであろう勝ち誇ったような態度を想像すると、どうしても腹が立って今日までその実行を先延ばしにしてしまっていた。
だがこのままズルズルと尻込みしていると、本当に謝るタイミングを失ってしまいそうなのでそれだけはどうしても避けたいと思い私は行動を始めた。
『おー、さすが魔昼ちゃん律儀ね~。さっき加賀斗と暇潰しにチャットしてたら今煉と一緒に食堂にいるって言ってたから、まだそこにいるんじゃないかな?』
「食堂ね、ありがとう!」
それを聞くと魔昼はまだ耳にスマホを当てたままその場で立ち上がり部屋を出る準備を始めようとする。
「あ、私も暇だから行くよ、食堂の前で集合ね」
……
4月7日、高校生になって始めての日曜日。と言ってもこの学園の敷地内から出られない俺は特にやることもなく加賀斗、迅雷、陣の4人で昼食を一緒に食べた後、そのままぐだぐたと食堂の一角で雑談をしていた。
「それじゃあ加賀斗くんのその傷も魔昼さんにやられたんだね」
陣の今の発言からも分かるように目下の話題は昨日、魔昼に全てを明かした加賀斗が俺と同じように彼女にボコボコにされたことについてだった。
「あいつ俺たち2人だけには暴力的だからな。けど、まてよ……」
そこで俺は今更ながらあることに気が付く。
加賀斗が昨日のうちに魔昼へ自分が許嫁の件を言いふらしたと自白したなら、あいつはもう俺の冤罪に気づいてるはずじゃないか? 加賀斗の話だとそれはもう昨日の夕方のうちに済んだはずなのに、今もって俺には何1つ彼女からの謝罪を受けていない。
「そう思ったら腹が立ってきたぞ」
「いきなり不穏だな、どうした?」
思わず口に出てしまった俺の言葉に迅雷が反応し聞き返してきたので、俺はこの怒りを旨をそのまま吐き出すことにした。
「だって加賀斗と違って俺の場合は完全にあっちの勘違いだ! それなのにあいつ俺のこと散々ボコボコにしやがって!」
そうだ、今回は珍しく俺が完全に被害者なのだ。日頃の恨みも込めて今度魔昼と顔を合わせたらガツンと言ってやろうと、言意気込んでいると後ろから声をかけられる。
「あれ? 煉達じゃん、みんなで集まって何してんだ?」
声をかけてきたのは同じクラスの2人だった。1人は入学式の日に話しかけられた霞界人。入学式以来ちょこちょこ話してるから別に声をかけられても驚きはしなかった。そしてその後ろには入学式と同じく霞一花の姿もあった、恐らく彼女は界人の護衛なんだと思う。
「おっす界人、俺たちは特に何にもしてないただ暇だからここでずっと喋ってるだけ」
「よかったらお前も入るか?」
加賀斗は会話の流れで自然に2人を誘ったが、誘われた界人斗の方は少し困った顔をした。
「うん? ああ、俺は構わないが」
そういう界人は明らかに隣にいる一花の顔色を伺う。当然一花自身もそれに気づいたようで、口を開きはっきりとこう言った。
「好きにすれば、私はあっちに1人でいるから」
界人はこうなることを予想して一花のことを気にしていたのだろう。しかし入学式の時といい、なぜ彼女は俺たちのことを避けているのだろう? 気になるところだがこの状況で『え? なんでお前だけあっち行っちゃうの?』なんて聞けるわけがないしな。
「え? なんでお前だけあっち行っちゃうの?」
と思ったらなんかバカ(迅雷)が勝手に突っ込んでくれた。
「簡単な話よ、あなた達と違って私はこの学校に友達を作りに来たわけじゃないってこと」
そう冷たく言うと一花は俺たちに背を向けてさっき宣言した通りの場所に向かっていた。
「俺ひょっとして不味いことしたか?」
この場の空気と自分に対しての他の目線が集中し、ようやくそれに気づく迅雷。
「お前早死にするタイプだな」
「迅雷、いい加減最低限の空気は読めるようになろう?」
「なんだよお前ら!! ただちょっと気になって聞いただけだろ!!」
「いやーうちの一花がごめんね。あいつ悪いやつじゃないんだけどちょっと真面目すぎて……あのまま1人で食事するわけにもいかないし、悪いけどまた今度ゆっくり話そうな」
申し訳なさそうに手を顔の前に合わせて界人は俺達に謝罪した。まあ確かにあのいかにも『馴れ合う気はない』オーラを出しまくってる彼女に突っ込んでいった迅雷も迅雷だが、正直あそこまではっきり言われるのは……っていう気持ちもある。
「気にすんなって、というか俺たちもそろそろどっか移動しようぜ」
「どっかってどこだよ」
このままここで界人達の周りで盛り上がっていたら気まずいだろうから俺は移動を提案したが、実際行くあても特にないから、そう聞かれると困ってしまう。
「そういえば休日はグラウンドを自由に使っていいみたいだよ。2年の先輩がドッチボールやっててその人達からちょっと聞いたんだが」
界人のその一言で俺たちの移動先は瞬時に決定した。
……
「あれ?」
明日香ちゃんと合流して、煉を探して食堂の中を一通り歩き回った私は思わず呟く。理由はお目当ての人物である煉の姿がどこにも見当たらなかったからだ。
「加賀斗たちもう移動しちゃったのかな? ちょっと待ってて、今チャットで聞くから」
そう言い明日香がポケットからスマホを取り出していると
「煉達のこと探してるの?」
声をかけてきてくれたのは私達とは1つテーブルを挟んだ席で食事をしていた霞界人と霞一花だった。
「こんにちは桂木さん」
「こんにちは、一花さん」
渋々といった様子で挨拶をしてくれる一花さん。彼女には何度か話しかけてみたことがある。しかしそれでお世辞にもあまり友好的な関係を結べたとはまだ言えないが、どうやらこの状況ではさすがに挨拶をしなければいけない相手、とは認識してくれているようで少し嬉しかった。
「ちょっと、ちょっと、いつの間に魔昼ちゃんあんな美人さんと友達になったの?」
知らない間に出来ていた私と彼女の友好関係に明日香ちゃんは驚いたようで、加賀斗に送るメッセージを打ち込む手も止めて私に迫ってくる。
「いえ、ただのクラスメイトですよあなたも桂木さんも」
しかし私に説明させる隙すら与えぬように彼女は冷たく断言する。
「まあそういうことみたい、今は」
「なるほどね~」
私の耳打ちに小声で答えながらも明日香ちゃんは嬉しそうに一花さんを見つめる。
「それはそうと界人は煉達がどこか行ったか知ってる? ちょっと用があって探してる最中なの」
一花さんとのやりとりもこの辺にして私は本来しようとしていた話題に戻し、何かを知っていそうな界人くんに煉の行方を聞いてみる。
「ああ、俺が休日はグラウンドが自由に使えるって教えたら『サッカーだー』って目を輝かせてこの食堂から出ていったよ」
「まるで昼休みの小学生ね」
「あいつら本当にいつまでたっても子供なんだから」
大はしゃぎしてグランドに向かう煉と加賀斗の様子が瞬時に頭の中で浮かぶ。そのことに思わず呆れ、自分の額に手を当ててうつむいてしまう。
「ははっ! 確かに小学生みたいな感じだったね」
「ありがとう、助かったわ」
とりあえず煉達の移動先を掴んだ私は界人くんへの礼も済ませ、すぐに煉のことを追おうとするが、数歩進んだ所ですぐ横を歩いていた明日香ちゃんが、くるっと2人の方を振り向いて言った。
「界人も一花ちゃんまた後でね~」
「いっ、一花『ちゃん』!?」
不意をつかれていきなり『ちゃん』づけて呼ばれたことに一花さんはかなり動揺した様子だった。
「ちょっと! そんなちゃん付けで呼ばれるような仲にあなたとなった覚えは!!」
彼女はすぐに立ち上がり、こちらに向かって抗議の言葉を放つがそんな彼女を尻目に当事者である明日香ちゃんはすでに食堂の入り口へと向かってこの場を去っていた。
私は一応彼女に対してお辞儀をして謝罪の意を示してからその場を後にしたが、内心では悪趣味だと自覚しながらも『ちゃん』づけで呼ばれただけで慌てふためいた彼女の様子を思い出して少し笑っていた。
続く
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