第15話「ごめんなさい」
煉に謝罪をするため私と明日香ちゃんはグランドに移動した。そこですぐにバスケットコートの中でボールを取り合う人影を見つけ、近付いて行くがその途中で私はあることに気がつく。
「煉がいない」
ある程度近くなったところでバスケットコートにいるメンバーの顔を確認できたが、そこにいたのは加賀斗と陣くん、迅雷くんの3人だけだった。
「あれ? 本当だ煉だけいないね、とりあえず3人に話を聞いてみようか」
もしかしたらトイレか何かで一時的にここに居ないだけかもしれないし、明日香ちゃんからさっき聞いた話によると少なくとも食堂まであの3人は煉と一緒に居たはずなので、彼の行方を知ってる可能性は高い。ひとまずその辺の話を聞くために私達はそのまま加賀斗達の元へ向かう
「おーい加賀斗ー」
ある程度近づいたところで声をかける魔昼。加賀斗はその声でようやく2人が近づいていたことに気がつき、ドリブルする手を止めて振り替える。
「何だお前らもバスケに混ざりたいのか?」
「いやそういうわけじゃなくて、煉のこと探してるんだけど」
「あー、あいつなら今……」
……
「サッカーをしてたらボールをぶつけて窓ガラスを割った!?」
「すいません」
今から数十分前、俺は加賀斗達とサッカーで遊ぶ中で誤ってボールを校舎の方に思いっきり蹴り飛ばしてしまい、その先に会った窓ガラスを1枚割ってしまった。
それからすぐ自分の蹴ったボールで割った窓ガラスの破片で誰も怪我してないことを確かめた後、その報告と謝罪をするために職員室にいる桐八の元までこうして来ていた。
「ったく気をつけろよな。ほらとりあえずこれにまずは名前かけ」
なんだ、大目玉をくらう覚悟をして来たのに意外とあっさりした対応だな。
俺はその対応を少し不自然に思いながらも桐谷が引き出しの中から出した紙を受けとると、その考えは全くもって甘かったと即座に理解する。
「あのこれ退学届けって書いてあるんですけど」
「そりゃ退学届けを書かなきゃ退学できないからな」
「しれっとした顔でいいやがってこのクソ教師が! もっと生徒にたいして慈悲というものがないのかこいつは!!」
「全部声に出てるぞお前、マジで退学にさせてやろうか」
『しまった!』と思い、慌てて口を手で塞ぐ俺を尻目に桐八は開いていたノートパソコンの電源を落として椅子から立ち上がる。
「とりあえずお前が割った窓ガラスの所に案内しろ」
……
「……ってことで今頃桐八に怒られてるはずだ」
私は加賀斗の口から、煉がサッカーの最中に誤って校舎の窓ガラスを割り、その報告のために桐八の元へ向かった一連の流れの説明を受けていた。
「あいつ入学してからたった1週間で何してんのよ」
「高校生になっても問題児なんだから」
予想外の出来事を聞かされて私も明日香ちゃんも揃ってその場で頭を抱えてしまう。
「いや、煉くんだけのせいじゃないよ。僕たちも校舎の位置を考えて遊ぶべきだった」
「いいのよ陣くんが謝らなくて、全部あの煉がアホなのが悪いのよ。あいつ昔からすぐ格好つけようとしてよく失敗してたのよ」
「そういやなんで魔昼は煉のこと探してんだ?」
そう聞かれて私は思わずドキッとしてしまう。出来たらその理由はあまり人に教えたくないものだ、この場は適当に誤魔化すことも可能であるが、これも元はといえば自分が蒔いた種だと観念して私はその理由を正直に告白する。
「えっと、それはその……昨日ちゃんと話も聞かずに煉のこと殴っちゃったこと謝ろうと思って……」
「あー、そのことか。けど今頃あいつは桐八に捕まって説教くらってるはずだろうから、しばらくは帰ってこれないと思うぜ」
「やっぱりそうよね……」
加賀斗の話を聞いた時からわかってはいたが、今すぐ煉の元へ行って謝罪するのは難しいようだ。
「どうする魔昼ちゃん? 今日はもう煉と会うの難しそうだし、私が煉のチャット教えてあげるからとりあえずそこに謝罪の文を送って、明日また改めて顔を合わせた時にもう1回ちゃんと謝ったりすればいいんじゃない?」
どうしたものかと困った私に明日香ちゃんは1つの案を出してくれた。その提案を採用するかどうか判断する前に、どうしても今の発言の中で確認しなければならない部分があった。
「え? 煉と直接連絡先交換しなくてもチャットできるの?」
「うん、アプリに友達紹介って機能があるから、それを使えば私経由で魔昼ちゃんは煉のことを友達に追加できるよ」
じゃあ最初から煉に直接聞こうとするんじゃなくて、そうすればよかったじゃん!!
突然ここ数日煉から連絡先を聞き出そうとして失敗してきたあの葛藤が無駄だと聞かされ、私は精神的ショックを受けたが、今はそれよりも優先して決めなければならないことがあると、何とか気を保つ。
「確かに明日香の言う通りかもな。煉の奴ちょうどさっきまでお前に理不尽にボコられたことに腹を立ててたし、さらに今頃桐八から窓ガラスの件で説教くらってかなり機嫌悪くなってるだろうから、今お前からの謝罪を受けたらそれまで溜まりに溜まったストレスを全部ぶつけてくると思う」
確かに加賀斗の言う通りこの状況下で煉と直接顔を合わせて謝罪した場合、想定していた以上の横柄な態度をとって私をけなしてきそうだ。その時のことを少し想像するだけで既にイライラしてくる。
明日香ちゃんの提案通りにすれば、少なくともいま連想された最悪の状況は回避できるだろう。それに不本意ながら私は煉の連絡先も流れで手に入れられる。
……しかしそれでも私はこの時、首を縦ではなく横に振った。
「ごめん、それでも私はやっぱり悪いことをしたんだから、直接謝って想いを伝えるべきだと思う」
私は煉に悪いことをしたのだ。それなのにちょっとタイミング悪いからといって彼と直接会うのを避けるのはなんだか負けた気がするので私は嫌だった。
「……それもそうね、私が間違ってたかも」
「ううん。別にあってる間違ってるの問題じゃないと思うけど、私はそうするべきだと思うからちょっと職員室で煉を待ってみることにする」
決心を固めた私はそれが鈍らないうちにこの場を後にし、煉の元へと向かった。
……
「ここっす」
俺は桐八に言われた通り自分が割った窓ガラスの場所まで案内をした。
「お前ちゃんと後処理はしてるな」
既に窓ガラスの破片などは一通り新聞紙に包んで通路の隅に俺が置いていた。
「まあ自慢じゃないですけど俺よく窓ガラス割って何度も自分で破片の片付けとかさせられてるんで!」
「本当に自慢じゃないな。けど後処理もそうだけどお前のこと少し見直したよ」
「え?」
「いやお前はよく俺の授業で居眠りとかなめた態度をとってくるから、家の力に溺れたいけすかない名家のクソガキかと思ってたんだが」
さらっととんでもない悪口を正面から言われて衝撃を受けている俺をおいて、担任は話を続ける。
「けどこうやって悪いことをしたらちゃんと自分の口から謝りにこれる奴なんだな」
「別に悪いことしたら直接頭を下げて謝るなんて当たり前じゃないですか?」
「まあその通り、当たり前なんだが意外と大人になってもそれが出来ない奴ってのは結構いるんだよ。特にお前みたいないい家で生まれ育った奴は無駄なプライドとか持ったりしてな……まあ今回は自分から謝罪しに来たことと後処理までしっかりしていることに免じて退学はやめてやろう」
よし! 俺は心の中でガッツポーズをしたが
「ただし今から職員室で反省文をたっぷり書いてもらう」
もうサッカーでロングシュートを狙うのはやめようと思った16の春だった。
……
2時間後。
「ったく今日だけで一生分の反省って漢字を書いた気がするぜ」
ようやく反省文地獄から解放された俺は間違ってもまだ職員室に残っている桐八の耳には入らぬ様、小声で悪態をつきながら職員室から出ると
「わっ!」
出た先の廊下の壁にもたれて突っ立っていた魔昼と不意に出くわし俺は驚きの声を上げてしまう。
「お疲れ様」
「お、おう」
……って違うだろ!
反射的に俺を労う言葉に素直に返事してしまった自分自身にツッコミを入れながら一方で、俺の頭の中で昨日の一件に対する魔昼への怒りが沸々と湧き上がり、その衝動に身を任せてガツンと言ってやろうとしたが
「昨日はごめんなさい! ちゃんと話も聞かずにあんなことして!」
それを実行するよりも早く、魔昼はこちらに対して深々と頭を下げて謝罪をしてきたので、俺は驚いた。だってまさかあのクソほどプライドの高そうな魔昼がよりによって俺にこんな丁寧な謝罪をしてくるなんて夢にも思わなかったからだ。
だがまあそれはそれ、これはこれだ。あんだけ無罪の俺を好き放題ボコボコにしといて、たかだか謝罪の1つで『はい、いいですよ』と許すわけにはいかない。俺は今度こそ魔昼を断罪する言葉をぶつけてやろうしたが
『別に悪いことしたら直接頭を下げて謝るなんて当たり前じゃないですか?』
数時間前に自らが口にした言葉が頭の中を過った。
「……まあこれに反省して次から気をつけてくれでばいいよ」
何だか少し損した気分になりながらも、俺はそう言って魔昼のことを素直に許した。
「……え?」
魔昼は下げていた頭を上げ俺の顔を『信じられない』という顔で見てくる。
「なんだよ、その顔は」
「どうせ素直に謝ってもぐちぐち言ってきてムカつくんだろうけど、絶対に我慢しようって覚悟決めて来てたから」
「あのなあ、俺だっていつまでもそんな器の小さい人間じゃねーんだよ」
まあ、あの窓の一件がなかったら多分いま魔昼が言った通りぐちぐち言ってたろうけど。
「そうね、うん、ちょっとあんたのこと見直したわ」
「偉そうに、まあいいわ、そういうことでこの話はもう終わりな。早く飯食いに行こうぜ俺もうお腹ペコペコなんだよ」
「あ、ちょっと待って!」
俺を引き留めた魔昼はそのままゴソゴソと自身のポケットの中をあさりだし、あるものを取り出した。
「あれ? お前それスマホじゃん。ようやく買ってもらえたのか、それなら連絡先交換しておこうぜ」
俺がそう言うと魔昼の表情はそれまでしていた何かに葛藤するようなものから、勝ち誇った満面の笑みへと変化した。
「まあ! あんたがそこまで言うなら仕方ないわね!」
やれやれ何がそんなに嬉しいんだか。
続く
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