第16話「1人だけ余ったんじゃね?」

 4月8日月曜日。今日は俺が待ちかねていた始めての実技試験の日。


 そのため朝食を食べ終えた俺たちは土曜の帰り際に桐八に言われた通りにジャージに着替え、いつもの教室ではなく裏山前に向かっていた。


「そういえばお前いつの間にか部屋からいなくなってたけど、何してたんだ?」


 俺は暇つぶしがてらすぐ横を歩いている加賀斗にそんなことを聞いてみた。


「うーん……別に、適当にその辺ぶらついてただけかな」


 なぜか一瞬迷うような仕草を見せてから加賀斗はそう答えた。


「なんだそれ、早起きしてやることのないおじいちゃんみてーだな」


 俺がそう言うと加賀斗は急に、キッ! とこちらの方を睨み付けてきた。


「あのなー! 俺だって出来たら大人しく部屋でのんびりしてたかったわ! けど部屋の中でお前が壊れたラジオみたいにずっとどうでもいいこと話してたから、それに耐えられなくて避難したんだよ。あと5分あの部屋にいたら俺はノイローゼになってたわ」


 今日の実技試験が楽しみで仕方ない俺はいつもよりかなり早い時間から目がさえてしまったので、その時まだ寝ていた加賀斗を起こし、今日の実習試験のために考えた桐八をあっと驚かす100の戦法の第47戦法を熱弁してるあたりで気づいたらいなくなっていた。


「なんだそれなら頑張ってあと5分逃がさないようにすればよかったな」


「お前は悪魔か」



……

 裏山は学校の裏門を出てすぐのところにある自然豊かな山で、放課後や土日は自由に利用でき魔法の鍛練をしたり、単純に鬼ごっこやかくれんぼなので遊ぶことも可能だとか。


 今はまだ立ち入り禁止だが俺たちもC級魔導師の資格を取得して正式に魔法使いとして認められでば利用できるようになるらしい。



「よーし全員いるな、改めて説明するがお前達にはこれから魔法を使った実戦形式の試験を受けてもらう。もしもその内容が合格評価に達しない場合は補習があるのでそうならないよう真剣に取り組むよう、というわけで今回の魔法実習内容の詳しい説明だが、できたばかりのこのクラス内の交流を深める狙いも含めて2人1組でやってもらう、らしい」


 らしいって前々から感じていたがどこか適当なんだよなこの担任。しかし俺は誰とペアを組んだもんか



……

 それを聞いた瞬間にクラスの殆どの人物(煉はこの殆どに属していない)が同時に悟った。


 このクラスは全員合わせて17人……つまり誰か1人がペアを作れず余ってしまい、先生とペアを組むことになる。するとその生徒は自動的に他のクラスメイトから『あいつ友達いないんだな』と哀れみの目で見られてしまう。


 まだ出来たばかりのクラスでこの印象は今後の学校生活に響きかねない大問題である。


(そんないきなり2人1組を作れなんて! どうしよう!!)


 この事態にいち早く気付き、とくに深刻に受け止めたのは臼井桃子だった。


(今クラスで仲いいのは桂木さんと椎名さんだけど、もし私がどちらかに頼んで残ってしまった方がそのままペアを作れなかったら悪いし、そもそも私なんか一般魔法使いとやったら成績が下がるって断られるかも! 私は一体どうすればー!!)


 みんながペアを作り始める中、桃子は1人パニックになり遅れをとっていた。


 おろおろしながら周りを見渡していると、ある一点に視点が定まる。その視線の先にいたのは桃子の隣の席に座る片桐夏樹だった。


(あれは片桐さん! 片桐さんとは隣の席だからなんとなく話すことはあったけどまだ友達とはっきり言えるような仲では……けど先生の言ってた通りここは交流を深めるチャンス!!)


 意外と決断力は高かい桃子はすぐに片桐の方に1歩踏み出して一度大きく息を吸い、勇気をふりしぼってから。


「片桐さんよかったらわたしと……!!」


「私とペアになってくれない?」


 声をかけようとした瞬間、逆方向から現れた別の生徒、黒森蓮見が正面から片桐に声をかけたため、彼女が背後から迫っていた桃子の存在に気づくことはなかった。


「うん? ああ、私でよかったらいいけど」


「!!」


 結果、桃子の目の前で片桐は黒森蓮見とペアを結成してしまい、彼女は一瞬にして絶望の淵へと叩き落された。



……

「ところでどうして私とペアに?」


 正直、これまでの学園生活で黒森とほぼ関わった記憶がない片桐はそのことが気になり、彼女に直接問いかけてみた。


「1番近くにいたから」


「あ、なるほどね」


 その答えに思わず微妙な表情になる片桐であった。



……

 そんな桃子から少し離れた場では。


「明日香ちゃーん」


 ペアを組もうとして魔昼は明日香に声をかけていた。しかしそれを察した明日香は顔の前で手を合わせ申し訳なさそうな顔をして言う。


「魔昼ちゃんごめんね、ペアのことなら悪いんだけど他当たってくれない?」


「あ、もう決まってたの?」


「いや決まってるわけじゃないんだけど……ほら」


 そういい明日香が視線を向けた先には『ワタシハドウスレバー』という呪文を唱えている桃子の姿が


「ちょっとあれを放っておくわけにはいかないかなーって」


「なるほどね」


 その光景を見て魔昼は自分の誘いが断られたことに納得をした。


「じゃあ、ちょっと迷える少女を助けて婚約の約束してくるね」


「頼んだら本当に勢いで約束しちゃいそうだからやめなさい」


 一言忠告を加えながら魔昼は桃子の元へ向かう明日香を見送った。


(うーん、そうなると私はどうしようかしら)


 と思い誰かまだ組んでいない相手はいないかと周りを見渡してみた。するとあるクラスメイトが目についた。


……

「何きょろきょろしてるのよ」


 1人、ペアを探す霞界人の所に声をかけてきたのは霞一花だった。


「なんだ一花か、いや誰に声掛けてペア組もうかなーって」


「ふざけてるの?」


 界人の言葉に気分を害した一花は少し怒りをこめて言った。


「ペアなら私がいるでしょ」


「けど先生の言ってた趣旨的には知らない人と組んだ方がいいんじゃないか?」


 界人と一花は同じ霞家で生まれ育った魔法使いであるため、この学園に来る前から親しい関係である。そのため界人は桐八がした試験内容の説明内で出てきた『できたばかりのこのクラス内の交流を深める』とい条件に当てはまらないため、彼女とペアを組むことに対して消極的だった。


 なのでなるべく一花の感情を害さないように気を付けながら界人はその自分の考えを伝えたが、それに対して彼女は首を横に振り言った。


「界人、これは大事な1回目の試験でもあるのよ。ここは確実に結果を残すためにも互いをよく知る者同士でペアになるのが懸命よ」


「まあそれもそうか」


 界人はまだ少し不服そうだったが、こうしてる間にも周りではぞくぞくとペアはでき始めているのもあり、一花とペアを組むのでほぼ決まりかけた、その時。


「一花ちゃんよかったら私とペアに……ってあれひょっとしてちょうどできたところだったかな?」


 彼女とペアを組もうと考えていた魔昼が声をかけてきた、当然それに対して一花は。


「そうよ、悪いんだけど私はたった今界人とペアを組んだところなの、あと名前に『ちゃん』をつけるのはやめて」


 一花は近づいてきた摩昼を一蹴し、そのまま界人の手を引いてその場を離れようとするが。


「いや、やっぱ俺は他に組みたい奴いるからお前ら2人で組めよ」


 界人は一花の手をあっさり振り払いながらそう言う。


「あんたさっきの私の話聞いてた!?」


 突然パートナーに裏切られた一花はその怒りをあらわにした。


「実習の成績を気にするのもいいが、クラスの人間関係もそれ以上に大事ってことだよ。じゃあな」


「ちょっと待ちなさいよ界人!」


 一花から逃げ出すように足早に立ち去っていく界人。一瞬、その後を追いかけようかとも考えたが、追いついた所で界人はどうせペアを組んでくれないだろうと察して諦めることにした。

 

 観念した一花はため息を一度ついてから魔昼の方を向き、一応釘を刺しておくことにした。


「あくまでもこの実習中限定の仲ですから、これで仲が深まったとか勝手に勘違いしないでくださいね」


「うん、一緒に頑張りましょうね」


(ちゃんと聞いてたのかしら?)


 魔昼のにこやかな表情から本当に自分の忠告を聞いていたのか不安になる一花だった。



……

「あれ? なんだ魔昼の奴もうペアできちまったのか」


 一花と魔昼のやりとりを少し遠くから見ていてペア成立を察した煉。


「じゃあ仕方ない別の誰か探すか」


 煉は本来、加賀斗とペアを組もうとしていたが、少し目を離した隙に加賀斗は迅雷とペアを組んでいたため、加賀斗の『魔昼と組めばいいんじゃないか』という助言に従い魔昼とペアを組もうとした。


 が、結果これも空振りに終わってしまい、本人はまだ気づいていないがある危機に陥っていた。


「なんだ煉まだ1人なのか?」


 まだペアが出来ていない人間を探す煉に気づいた加賀斗は声をかけた。


「ああ、それが魔昼もいつの間にかペア作ってたみたいで」


(クソ! 何やってんだ明日香の奴は、それとなく煉と魔昼にペアを組ませる手はずだろ)


「そうだ! 陣は誰かと組んだのか?」


「さあ? 俺は知らないが」


「迅雷は知らないか?]


 ペアを組み加賀斗の横にいた迅雷にも煉は聞いてみたが、その声は届いていなかったのか、迅雷からの返事はなかった。


「おい聞いてんのか?」


 二度声をかけてようやく迅雷は自分が話しかけられていることに気がついた。


「あ! わりー聞いてなかったわ」


(さっきここに来る途中で少し話した時から思っていたが今日はどうも迅雷の様子がおかしい。あいつも俺と同じで今日の魔法実習試験を楽しみにしていたはずなのに、さっきから上の空って感じだ)


「陣ってもう誰かとペア組んだのか聞いてたんだよ」


「陣ならそこでアロスとペアになってるぞ。ていうかお前……ひょっとして1人だけ余ったんじゃね?」


「……え?」


 そんなわけないと思いながら煉は周りを見渡すが、確かに自分以外の他のクラスメイトはみな2人以上で固まっている。この時、彼はようやくいま己が置かれている状況に気が付いた、自分は今このクラスの中でいわゆるボッチなのだと。


「そんなバカな……!」


「せんせー! 煉のペアがいませーん! ぼっちでーす!」


 膝と両手の平を地面につき、愕然としている煉を尻目に加賀斗は淡々と余計な情報までつけて桐八に報告する。


「あ? そんなわけねーだろ確かにちょうどペアが8組できるはずだ」


 そう言うと桐八はいま出来ているペアを数えていく。しかし当然できたペアは8組みで煉が1人余っているという状況だ。


 そのことに気づいた桐八は少し考えるような素振りを数秒みせると、何かに気づいたようで口を開き。


「……ってそうか実戦向けの魔法じゃない片桐は今回は別試験を受けてもらうことになってるから参加しなくてよくて、それから誰と誰がペアになるかは前もって学校が決めてあったんだった……あー、忘れてたすまん」


「……ちゃんと伝達しろーー!!!!!」


 1週間ぶりに煉の大声が神守学園の裏山に響いたという。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る