4月 魔法があるドッチボール大会

第8話「気づきなさいよ」

 遥か昔、世界には神と大いなる怪物の2種だけが存在し、闘争の限りを続けていた。だがその果てに神はついに怪物を撃ち滅ぼし、争いに巻き込まれボロボロとなった世界の再生とそこで新たに暮らす人間を創造した後、消滅したという。


 その際に神が振るった奇跡の力の残り香こそが魔力である……という話は誰もが一度くらいは聞いたことあるはずだが、それを大真面目に信じている奴はそうそういない。


 だが確かに魔力、そう呼ばれる目には見えない未知のエネルギーが大気中、人間の体内中に存在するのは紛れもない事実であり、それらを効率よく利用して物理法則を越えた超常現象を起こす方法、魔法を操る人間、魔法使いがこの世に存在することもまた確かだ。


 前置きが長くなってしまったが実は俺も魔法使いだ。そして今日から俺はこの国で1、2を争う魔法専門高等学校、神守学園の特別クラスに通うことになったのだ。


……

 昔から疑問に思っていたことの1つに、なぜこの国では年明けの1月からではなく4月から学年が進級するのだろうというのがあった。


 1月に新年を迎えて『今年は頑張るぞー!』と意気込んだタイミングで進級して新環境を迎えれば、よりやる気も向上しそうなものだが、実際に環境が変わるまではそこから約3ヶ月かかる。そのことが何となくテンポが悪いように感じていたが、俺はその比較的どうでもいい疑問というか不満に今日、3月31日、高校の入学当日に答えを得ていた。


「いい天気だ」


 春日和という言葉が似合う、空ではお日様が照り輝きそれでいて暑すぎず、いい感じに暖かく地上では桜が舞い散るこの環境は何となく俺がこれから迎える新生活を祝福してくれいるようで気分がいいい。これがもし1月だったら、いま俺を迎えていたのはもう葉などとっくに枯れ落ちた寂しい樹木に、人の活力を根こそぎ奪うような厳しい寒波だっただろう。


 そんな風にこの環境に後押しされ1人ポジティブな気持ちになっていると、


「いい加減ここで待つのも飽きてきたんだが、やっぱりアイツはもう先に来てたんじゃないか?」


 俺の想いに水を差すようにネガティブな発言をしたのは中学から引き続き同じ高校に通うことになった幼馴染の加賀斗暁だった。


 だがまあ正直、加賀斗がうなだれているのも仕方ないだろう。なんせ俺達はかれこれ30分近くもぐだぐだとこの校門でとある人物を待っているのだ


「だからさっき私が体育館の方を見てきたけど居なかったって言ったでしょ」


 加賀斗にそう言い返したのはこちらも中学時代から変わらず同じ学校に進学した幼なじみの椎名明日香。彼女は今自分でも言った通りこの後入学式が行われる体育館に1人足を運び見て回ったが俺達のお目当ての人物は見つらなかったらしい。


「だとしてもそろそろ行かねえと遅刻しちまうぞ」


 確かにさっきまでぞろぞろと俺達の横を通って入学式に向かっていた群衆も、今はもうピークを過ぎて少し落ち着いてきた。恐らく大方の生徒はもう体育館で大人しく入学式が始まるのを座って待っているのだろうな。


「魔昼ちゃんどうしたんだろう」


 桂木魔昼。今俺達に待ちぼうけを食わせている張本人にして去年の夏、突如現れ俺を魔道に引き戻したきっかけともなった人物。


「だいたいお前らなんで連絡先知らないんだよ?」


 魔昼とはあの御前試合の後、何度か顔を合わせる機会はあった。だから加賀斗の言う通り、そのタイミングで連絡先を交換しておけばこんなことにはなっていなかったんだろうが。


「言われなくても聞こうとしたわよ、けど」


「けど?」


「あいつスマホも携帯も持ってなかったんだよ」


「は?」


 俺も魔昼本人からそういわれた時に今の加賀斗と同じリアクションしたな。本人は別になくても困らないとか澄ました態度で答えていたが、絶賛俺達はお困り中だ。


「そういえばさっきから俺達なんか見られてね?」


 俺が気を紛らわせるついでに先ほどから感じていた違和感を口にすると、これには加賀斗も頷いて同意の意を示した。


「それな、さっきの奴とかめちゃくちゃジロジロ見た後で隣となんかひそひそ言いながら歩いってったぞ」


「ああ、多分私達のバッチを見てるんでしょ」


「バッチ?」


「ちょっとは自分の入る学校の資料くらいみなさいよね。制服の胸につけてるバッチの色は2種類あって、金は特別クラスの生徒、銀色は一般クラスの生徒って一目で見分けられるようになってるのよ」


 いま明日香が言った通りこの学園には一般クラスと特別クラスの2つがあるらしい。一般クラスは3年かけて魔道の基礎を習い、3年の最後にC級魔導士承認試験に挑むらしい。一方で特別クラスでは1年のうちから特例として現場に駆り出され、卒業するまでに最低でもA級魔導士まで昇格しているらしい。


 俺含めここにいる3人は今日から特別クラスに通うので制服についてるバッチは金色で、周りにいる生徒には銀色のバッチがついている。


「へー、このバッチそういう意味なのか……ってあれ?」


 俺は思わず声をあげた。なぜなら銀色のバッチをつけた生徒の流れの中でただ2人だけ、俺達と同じ金色のバッチ付きの生徒を見つけたからだ。


 魔昼?


 ようやくお目当ての人物が来たかと思い、視線を上げてバッチの持ち主を確認したがどちらも魔昼ではなく知らない顔だった。


「あれ? こんなところで早速クラスメートと対面とは」


 顔を覗き込んだ結果、俺とたまたま目があった男はそのままこちらに話しかけてきた。


「始めまして俺は霞界人(かすみかいと)、こっちは霞一花(かすみいっか)」


 男はそのまま自己紹介と後ろで不機嫌そうに突っ立っている少女の名前を教えてくれた。


「よろしくな、俺の名前は天神……」


「煉だろ? さすがにあの『御三家』の当主の実子の顔くらいは知ってるさ」


 お、ここだと俺ってちょっとした有名人か?


「ちなみに俺は出席番号2番だ。あっちの一花は……」


「界人! そろそろ行かないと遅刻するわよ」


 さっきから話には混ざらず、後ろで待機していた一花だったが急に界人の話を遮るように口を挟んで来た。なぜかはわからないが声色からしてかなり機嫌が悪いようだ、朝ごはん食べてないのか?


 界人はそんな一花の方を一度見てからまたこちらに振り向いて申し訳なさそうな顔をして言った。


「じゃあ話はまたゆっくり教室でしよう。とにかくこれから3年間よろしくな」


 結局挨拶の1つもなく早足で俺達の横を通り抜けていった一花という少女を追いかけるようにして、界人はそのままこの場を去っていった。


「……あれが噂の霞家の魔法使い達ですか」


「しかもしれっと出席番号2番ってどういうことよ」


「確かに霞って、頭文字が『か』で出席番号2番なんて変だよな」


 いくら特別クラスが少数とはいえ頭文字があ行の人間が1人だったとは珍しいこともあるものだ、と俺が思っていると明日香がため息混じりに話始める。


「まあバッチのことも知らないなら知ってるわけないわよね。どうもこの出席番号ってのは入試で得た私たちの実力の情報をもとに順位付けしたものって噂があるわ。もしそれが本当ならあの界人って奴の実力はクラスで2番目ってこと」


「なるほどな、頭文字は関係ないってことか」


 確かによく考えてみると俺の出席番号が5番というのもおかしな話だったが、頭文字は関係ないのなら納得だ。それに界人は恐らくあのままいけば自分だけでなく後ろにいた一花という少女の出席番号も明かしていた、だから彼女はそれを嫌っていきなり話に割り込んできたのだろう。



……

「やっぱりいないなー、魔昼ちゃん」


 霞界人と遭遇してからさらにそこから数分、魔昼が来るのを待ったがそれらしい人影が校門に姿を現すことはなかった。さすがにそろそろ体育館に移動しないと不味いと判断した俺達は体育館に来て改めて魔昼を探してみたがやはりここに彼女の姿はなかった。


「もしかしてどこかで迷子になってるのか?」


「いや校門からここまでそんなに距離ないんだしそれはないだろ。確か分かれ道も1つくらいしかなかったはずだし」


「人の流れもあるんだから余程の方向音痴でもない限りあの分かれ道を間違えるとは思えな……」


 そう言いかけたところで、不意に俺の頭にあることが頭をよぎりその口の動きを止めた。


 そういやあいつ実はめちゃくちゃ方向音痴だったな。


 長いブランクが空いて加賀斗と明日香は忘れているのかもしれないが、俺の中では去年あいつが昔散々出入りしていた天神家に行こうとして迷子になり、当方に暮れていた話はまだ記憶に新しい。


 ちらりと壁に貼り付けてある時計で時刻を確認すると始業式開始まではあと7分程度だ。さすがに今から学校の外を探して回るのは無理だが、校門からここに来るまでにあった分かれ道の反対方向をちょっと見てくるくらいなら行けるか。


「俺ちょっとトイレ!」


「え? ちょっと煉!」


 呼び止めようとする明日香の言葉を無視して俺はそのまま体育館を後にした。


……

 体育館を出た俺は、足早に入学式に参加しようとする人の流れをただ1人逆走して分かれ道まで引き返し、そこで体育館とは逆方向に続く分かれ道の方へ曲がった。


「……いない」


 道の先にあったのはこの学園の校舎だった。なるべく辺りを見渡しながらここまで来たが魔昼の姿は見当たらなかった。


 仕方ない、ここからまたダッシュで体育館に戻るか。


 そう思い俺がその場で回れ右をしたとき。


「いてっ!」


 小石か何かが後頭部に当たり、それが飛んできた方に振り返ってみたが、特別さっと変わった様子はみられなかった、しかし。


「気づきなさいよ」


 突然頭上から聞き覚えのある偉そうな声がした。俺は嫌な予感がしながらも声がした方に反応して目線を上げた。舗装された道の脇に等間隔で生えている桜の木、そのうちの1本の太い枝部分に彼女は腰かけていた。


 なぜそんなところでムスッとしているのか、もう分かりきっていることだが俺は一応確認する。


「お前また降りれなくなってんのか? 魔昼」


 それが高校生なった俺と桂木魔昼のファーストコンタクトだった。


続く

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